第五十六話 雑談してては無双できない
今日も忙しく事務仕事をしている。
このところ朝から晩まで机に向かって書類とにらめっこで運動不足だ。
この忙しさの所為で朝のトレーニングの時間も取れない。
本当に勘弁してほしい。
そんなある日の出来事だった。
コンコン
ドアをノックする音がクロードの執務室に響いた。
貴也は慌ててドアに出迎えに向かう。
そして、そこにいたのは
「なんだ、アルかよ」
「なんだはないんじゃないですか。ひどいなあ」
「そうですよ。貴也さん。いまは公務中です。アルはいけません」
「失礼しました。クロードさん。――なんだ。アレックス様かよ」
「よろしい」
クロード的にはこれで問題なかったみたいで一つ頷いて書類仕事に戻っていた。
「あのぉ。扱いがぞんざいな気がするんですが……」
「諦めろ。どうせ、エリザベートさんから逃げて来たんだろ。いま、忙しいんだ。用がないなら帰れ」
この場にはクロードしかいないので貴也には敬語を使う気などなかった。
クロードもこのことは諦めているのか何も言わない。
「そんなぁ。匿ってくださいよ。昼食までエリザベートと一緒じゃあ。食べた気がしないんですから」
アルの再教育はまだ続いている。
あの時、公爵は期間などを設けなかったのでエリザベートはこれ幸いにと徹底的に教育し直しているのだ。
このことに関しては公爵も陰で悪かったと思っている。
ただ、マナーなど貴族に必要なことなので文句は言えない。
それはさて置き、アルの言葉を聞いて貴也は時計に目を向けた。
「ああ、もうそんな時間か、クロードさん。昼食はどうしますか?」
仕事に集中していた為、時間をすっかり忘れていた。
すでに十二時を回っている。
意識すると途端に腹の虫が騒ぎ出した。
「わたしは忙しいのでここで済ませてしまいます。貴也さんは自由にしてくれていいですよ」
そういって、机から弁当箱を取り出した。
クロードは毎日、愛妻弁当持参なのだ。
実はクロード、愛妻家で恐妻家として有名である。
職場では公爵にでさえ意見するクロードだったが、家では完全に尻に敷かれているらしい。
一度だけあったことがあるが、奥さんは非常に穏やかで優しそうな三十代半ばくらいの女性だった。
実はクロードさんと同い年の五十代というから驚きだ。
この奥さん、実に奥ゆかしい方なのだが、怒るとかなり怖いらしい。
公爵家最恐と言われるエリザベートさんに「あの方を怒らせては絶対にダメです」と言わしめる逸材である。
実は彼女、元々は公爵家のメイド長をしていたらしく、クロードが惚れ込んで公爵家に仕えることを条件に結婚を許してもらったそうだ。
公爵としては非常においしい出来事だったのである。
そして、今でも二人はラブラブ生活を続けている。
クロードは別に惚気話をしないがきっと聞いたら口の中が甘々になることだろう。
アルも公爵もそれは止めておいた方がいいと言っていた。
「貴也さん。何か余計なことを考えていませんか?」
「いえ、お昼に行ってきます」
ギロリと睨まれた貴也は逃げるように部屋から出ていった。
「今日はA定食で」
「じゃあ、わたしも同じのでお願いします」
アルが一緒なのに貴也は職員食堂に来ていた。
本当は公爵家の人間を連れてくるような場所ではないのだが、貴也は気にしない。
それに周りの反応もあまりない。
公爵家の次男が来たら、普通、少しくらい騒ぎになりそうなものだが、周りは慣れたものだった。
アルがここをよく利用しているのは公然の秘密ということになっている。
それにこの時間に職員食堂にいるのは公爵家の使用人ばかりである。
だから、アルを気にする人間はあまりいない。
みんな、アルが公爵家の人間として気遣われるのが苦手なことを知っているからだ。
これも一種の人徳かもしれない。
「アレックス様。大盛りにしときましたからね。沢山食べてくださいよ」
食堂のおばちゃんが笑顔でトレイを渡してくれる。
それにアルは「ありがとう」と言って笑顔で答えていた。
もちろん、貴也に大盛りサービスなんてない。
悔しくなんてないんだからね!
というわけで、空いてる席に座って食事を始める。
「そういえば、バルトさんでしたっけ。なんかすごく有名な魔法研究の方が来たらしいですね」
貴族としてはマナー違反だが、貴也とアルはおしゃべりしながら昼食を楽しんでいた。
そんな時に出た一言。
「ああ、確かに優秀なんだけどね……。そういえばアルは魔法の研究に興味はないのか?」
貴也は露骨に話題を逸らした。
その内わかることだが、あの人の性格とか別に知らなくてもいいことだろう。
それに何の情報もなしにぶつけた方が面白そうだ。
なんて思っていることは黙っておこう。
「そうですね。タイタニウム公爵家の人間としては魔法の研究は嗜むべきなんでしょうけど、どうもチマチマしたことって好きじゃないんですよね。攻撃魔法の練習とかは楽しいんですけど……」
言われてみると納得がいった。
確かにアルは性格的に研究者には向いていない。
いい意味で大雑把で失敗など気にしない。
机でジッとしていられず、身体を動かすことが好きなタイプ。
魔法の才能はあるが彼はどちらかというと実践重視だ。
明るく、人を惹きつける力があるので一人籠っている研究者より、軍人になって上に立つ方が向いているだろう。
まあ、軍人でも上に立てば書類仕事は必須なので今のうちに慣れておくべきだとは思うが……
そんなアルは公爵家の人間として魔法研究に興味がないことにコンプレックスを抱いているようだ。
初代公爵が偉大な魔導士で魔導具研究の第一人者だったからか、歴代の公爵家の人間は魔法研究を趣味としている。
まあ、ほとんどの者はその才能を受けつがず、下手の横好きというレベルなのだが、それはいってはいけないことになっている。
「まあ、いいんじゃないの。研究なんてやりたい奴にやらしとけばいいんだよ。はっきり言って公爵家の人間のやることじゃないんだから。公爵家の人間は領民のために働くのが仕事なんだから。ちゃんと働いていれば問題ない。てか、お前も兄貴を見倣って働け」
「…………」
変な方向に話が言ってアルは涙目になっていた。
まあ、いじめるのはほどほどにして話題を変える。
「そういえば、初代ってすごい魔導士だったんだろう」
「ええ、歴代で見ても五本の指に入る魔導士だったそうです。それにディアマンテ王国、初代国王。勇者様と共に大魔王を討伐した話は有名です。大魔王が率いるモンスター軍団を広域殲滅魔法で全滅させたのは伝説になっていますよ」
偉大な先祖の話をするアルは誇らしげで興奮気味に話している。
いつまでも話し続けるアルは少し気持ち悪いので話を切る為に前々から疑問に思っていたことを訊いた。
「前から疑問に思ってたんだけど、初代ってなんで魔導アーマーなんて作ったんだ? あれって趣味の物とは違って実戦用に作られたんだろう? 聞いてる感じ初代って後衛職で後ろから高威力の大魔法をガンガン打つ感じじゃん。後衛なら身体強化魔法を使えば十分なんじゃない?」
「えっと、それなんですが……」
アルは頬をポリポリ掻きながら言い辛そうにしている。
「何かまずいことでもあるのか?」
「いいえ、この国の人間なら誰でも知っていることなのでそういうわけではないのですが、少々問題が……」
歯切れが悪いアルを貴也はじっと待つ。
しばらく待つが貴也が折れる様子がないので溜息を吐いてからアルが話し出した。
「初代国王様であらせられる勇者様の何気ない一言が始まりでした」
「勇者の一言?」
「はい。勇者様が『後衛は楽でいいなあ。オレに守って貰いながら大魔法を打って止めを刺せばいいんだから。いつも美味しいところを持っていって羨ましい』と」
ああ、それは言ってはいけないことだな、と貴也は納得した。
「それで怒った初代様は『別にお前に守って貰わなくて大丈夫だ。オレより弱い奴に守って貰う必要なんてない』って」
「子供のケンカかよ。まさか、それで本当にケンカになったとか?」
アルはバツの悪そうな顔で頷いた。
「その場で殴り合いの大喧嘩になったそうです。流石に剣や攻撃魔法は使わなかったそうですが、両方とも実力者なので身体強化魔法は呼吸をするように自然に使えるので被害は甚大だったそうです。その時は回復役の神官様で後の初代王妃様が仲裁したのですが、両者とも負けず嫌いで決闘することになったそうです」
「マジでそんなことで決闘騒ぎになったのか?」
アルは渋面で頷いていた。
「決闘は一か月後に決まったのですが、流石に近接戦闘で勇者と言われる人に勝てるとは思わなかったみたいですね。魔導士として逃げながら遠距離攻撃で戦えば問題なく勝てるのでしょうが、それでは意味がありません。ケンカの原因が後ろから攻撃する卑怯者みたいな話ですから」
「だから、近接戦闘を強化するために魔導アーマーを開発したのか?」
「はい。あれを着ればパワーも、スピードも、防御力も桁外れですから」
「それは卑怯なんじゃないかなあ?」
貴也が唖然としていると
「初代曰く『魔剣や神剣を使うのは良くて、なんで魔導アーマーはいけないんだ。それに魔導アーマーは自分で作った物だ。自分で作った物は自分の実力なのだから構わないだろう。悔しかったらお前も作ってみろ』だそうです」
子供かよ! とツッコみたかったが今回は何とか堪えた。
何度も言えば流石に不敬だと思われる。
「それで勇者は認めたのか?」
「はい。魔導アーマーを着た初代に思いっきり斬りかかったそうです」
「どっちもどっちだなあ」
「ええ、それで魔法あり、剣ありの決闘が開始されました。決闘は三日三晩続いて、周囲の山をいくつか吹き飛ばし、大地に大穴を作って戦ったそうですが、決着はつかなかったそうです」
「無茶苦茶するなあ」
あの魔導アーマーを着た者と真正面から戦える勇者もスゴイが
燃費の悪い魔導アーマーを着て三日も戦う初代もスゴかった。
もう、呆れることしか出来ない。
「ええ、今でもその決闘跡地は不毛の荒野となっています」
ホントどうしようもない二人だなあ。
そんなバカな話を聞いている間にいつの間にかお昼の休憩時間が終わってしまった。
貴也は慌てて残ったご飯をかき込んで慌てて仕事に戻るのだった。
祝100評価ポイント!
一応、誤字を修正した時に前書きに書き加えていたのですが、ちゃんとここで言わせてください。
いつも読んでくださってありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




