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第五十五話 自分の悪運が怖くて無双できない

祝評価ポイント100突破

誤字修正 16/10/09

 貴也とバルトの話からすでに一週間が過ぎていた。

 二人は研究に没頭し、様々な実験を繰り返していると思うだろうが……。


「貴也さん。この資料を公爵様の元に。そちらの二つは税務管理局に持って行ってください」


「はい分かりました」


「廊下は走らない。急いで」


「はい!」


 貴也は大きな声で返事をしながら急ぎ足に見えないように最大速度で歩いていく。

 二日の休暇を空けてから貴也の周りは大忙しだった。

 その所為で掃除研修にも出ていない。

 それどころか、午後からの勉強や訓練も返上してクロードの補助をしている。

 まあ、補助と言っても資料の作成や修正、配達なのだが、量が量だけにてんてこ舞いだ。

 事務処理には慣れているつもりだったがこの量は異常だ。

 一体なにが起こっているのだろう。


「オレの所為だってわかってるけどね」


 貴也がやった余計なことのおかげで大量の人員整理が行われた。

 エドはその陣頭指揮を執るために帰って来たのだ。

 今までは散発的な人事異動で済んでいたのだが、貴也が何でもないと思っていた人物がとんでもない黒幕だったりしたのだ。

 それが発覚して一斉検挙ということになった。

 こういうことは一気呵成に断行しないと根が残り、そこからまた雑草が生えてくる。

 あいつらのしぶとさは雑草など目ではないのだ。


 というわけで、処分された者の代わりが追い付かず、クロードが現在職務を肩代わりしている。

 もちろん代わりの人選もクロードの仕事だ。

 そして、貴也はその補助というわけだ。


 この前の二日の休暇は大変なことになる前に少しでも身体を休めておけ、ということだったらしい。

 そういうことは早く言ってほしいものだ。


 それにしても、ただの不倫とそれに関する依怙贔屓やパワハラがこんなに大事になるとは思ってなかった。

 実をいうと、貴也はセクハラやパワハラの報告しかしていない。

 井戸端会議で聞いた女子職員から噂話や愚痴を聞き、職場環境を整えるために親切心で報告しただけだったのだ。


 だけど、そういう輩は不正にも手を出しているらしい。

 なんかテンプレ過ぎて笑えない。


 今回はそこに大物が混じっていた。

 もう運があるのかないのか分からない。


 その大物は歴史編纂部の部長さん。

 この部署は領内や国内の歴史などを研究し、資料や記録、書籍を編纂する部署である。

 博物館や教育機関などに少し影響力を持っているが、その辺の利権はすべて教育文化部の仕事なので、はっきり言って窓際部署だ。


 そんな部署の部長がまさか公爵領の内政官僚を裏から操る黒幕だなんて誰も知らなかっただろう。

 しかも、その不倫相手の愛人が国の外務閥のスパイだったのだから事態はさらに面倒になる。


 このスパイの親玉は勿論公爵の敵だ。

 というわけで野放しにしていられないので一斉摘発ということになった。

 前回みたいに小物の調査ではないので貴也には全く知らされておらず、ノータッチでいられたのは不幸中の幸いかもしれない。


 しかし、調査を進めていく過程で思わぬ厄介な物に引っ掛かった。

 この歴史編纂部はその名の通り古くからあり、昔は歴史を改竄し、それどころか思うように操るために自ら手を汚す暗部みたいな役割があったらしい。

 このことは公爵も知らなかったのだが、部内でその手法と役割は受け継がれていたそうだ。


 そして、どれくらい前からか公爵のために動いていた者たちが私利私欲を働くようになった。


 もう『そうだ』とか『らしい』とかばかりの話だった。

 本当にどこまでが本当か嘘かわからない部署だ。


 そして、現部長は受け継いだ弱みや諜報技術を用いて各部署の要人を脅し、なだめ、誑かし、自分の思い通りに操っていたらしい。

 その影響力は広範にわたっていたが、それ以上に厄介なものも残っていた。

 彼がまだ使ってない脅しの種や他者を陥れるための計画だ。


 脅しの種とは簡単に言えば不正の証拠。

 そこからまた悪事が発覚する。

 この際、小さいことには目を瞑ったそうだが、見逃せないものだけでもかなりの量だった。


 それと陥れる計画の方も放っては置けない。

 彼が計画を実行することはもうないが、他の人が実行するかもしれないからだ。

 だから、その対策案も考えて実施しなければならなかった。

 はっきり言って人手も時間も足りない状態である。


 そして、こんな闇を暴いた貴也はさぞ称賛されたと思うだろうが、残念ながら誰も褒めてくれなかった。

 それどころか恨みがましい目で見られる始末だ。


 この大忙しの原因を作ったのだから仕方がないのかもしれない。

 だが、納得はいかなかった。

 まあ、大手柄だから直接、文句を言われなかったのが唯一の救いと言えるだろう。


 というわけで自分の蒔いた種を懸命に刈り取る作業を手伝う貴也だった。

 

 執務室で黙々と資料作りを続ける貴也。

 人事ファイルを捲りながら担当できそうな人を探す。

 でも、お役所仕事って専門的なことは経験がないとできないし、それ以外はある程度優秀なら誰でもできるもの。

 だから、昇進でなくとも花形部署への移動は誰もが望んでいる。

 下手すると降格でも良いというものまでいる。


 それに巨大組織につきものの派閥争いなんかもある。


 敵対派閥の部署にいきなり上司として移動させられ、嫌がらせを受けて仕事が回らないなんてことは良くある。

 逆にその部署を掌握できれば、勢力を増やせた功績で派閥での評価が大きく上がる。

 後者の場合、喜ばれると思いきや勢力を奪われた派閥に反感を買ったりするのだ。


 あちらを立てればこちらが立たず。

 こちらを立てればあちらが立たない。

 人事とはそんなことまで考えないといけない。

 もう頭が痛くなってくる。


 そんな時だった。


「貴也さん」


「はい?」


 いきなり声を掛けられたかと思ったらヒュッと風切り音が頬の当たりで鳴った。

 背筋に寒気が走り、頬を冷や汗が垂れる。

 そして、どさりと何かが倒れる音。

 貴也は慌てて立ち上がり、後ろを振り返る

 すると、そこには黒尽くめの男が倒れていた。

 そして、その眼にはナイフが突き立っている。


「なっ何をするんですか!」


「間者がいたから始末しただけです」


 なんでもないことのように言うクロード。

 でも、いきなりナイフを投げられたら堪らない。

 そのことに文句を言うと


「下手に警告したら相手に気付かれるでしょう」


「ですけど、急に人のことを呼んで、顔を上げたところにナイフを投げなくてもいいでしょう!」


「ナイフを投げた後に貴也さんが動いたら危ないじゃないですか? それにわたしがナイフを投げなかったら首を掻っ切られてましたよ」


「………」


 貴也は何も言えなかったが納得も出来なかった。

 でも何とか気持ちを落ち着けて


「……クロードさん、これって」


「多分、歴史編纂委員会の者でしょうね」


「歴史編纂委員会?」


「はい。歴史編纂部は表の顔でその裏に実行部隊がいるんです。どちらかというとこちらが本物の黒幕なんでしょうけど」


 淡々と述べるクロードは何事も無かったかのように書類仕事を続けている。

 でも、小心者の貴也としては死体の横で仕事なんて出来るはずもない。

 しかも、いま命を狙われたのだ。

 その命を狙ってきた男は貴也の目の前で倒れている。


 黒装束の男は即死だったみたいだ。

 ナイフは根元まで刺さっており、目を貫いてその刃は脳にまで達している。

 貴也は動揺を押し殺してクロードに質問する。


「殺しちゃって良かったんですか?」


 人一人死んでいるのに冷静にそんな質問をしている自分に貴也は驚いていた。


「大丈夫ですよ。この手の人間は尋問しても時間の無駄です。それに暗殺をやるような者は末端で何の情報も持っていないでしょう」


「そうなんですか? でも、こいつの目的は何だったんでしょうか?」


「それは貴也さんへの報復でしょう。この組織、思ってたより大きな組織だったみたいですからね」


「それはどういうことですか?」


 聞いていなかった情報を聞かされて貴也は息をのんで聞いていた。


「ええ、歴史編纂部というのは公爵領以外にも国やいろいろな貴族領にも存在していたみたいです。そして、今回の摘発を受けてその責任者や職員の何人かが消息不明となっているんですよ」


「それってまさか……」


「貴也さんの想像通りでしょうね。捜査の手が伸びる前に身を隠したか、消されたか、そんなところでしょうね」


「マジですか」


 貴也は愕然としていた。

 どうやら、そんな大掛かりな組織にケンカを売ってしまったようだ。


「心配はいりません。彼らに貴也さんを殺すメリットはありませんから。ああいう手合いはお金にならない仕事はしないタイプです。今回の件は偶然が重なったことだと相手も情報を掴んでいるでしょう。彼らはこんなことで公爵様を完全に敵に回すようなバカではないです。今回の件はタダの脅しってところですかね」


 いや、いや、いや。

 本気だろうがなかろうが殺されそうになったことには変わりない。

 ガクブルする貴也に不敵に笑いかけるクロードが一言。


「心配しなくてもタイタニウム公爵家にいる限り身の安全は保障してあげます。公爵家にいる内はね」


 ガクブル、ガクブル。

 余計に怖いわ!


 クロードは「冗談ですよ」と笑っていたがとても冗談には聞こえなかった。

 どうやら、公爵家を出ていくことは当分出来そうにない貴也だった。



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