第五十話 来訪者が危なくて無双できない。
祝50話
実はプロローグがあるので51回目なんですが気にしないでください。
しばらく、スラリンとじゃれた後、久しぶりに倉庫へと向かった。
今ではすっかり貴也の工房と化した場所だ。
だからか知らないがここに立ち入る人はあまりいない。
そんな中で一人白衣姿の男が立っていた。
「エド様。王都にいらっしゃったのではないのですか」
「エドでいいと言ってるのに。様はなかなか取って貰えないんだね」
それに貴也は苦笑で答えておいた。
しかし、貴也の疑問にエドは答えていない。
エドは所要で王都に行っているはずだった。
公爵と言うのは身分が高いだけあって仕事も多い。
自領に籠って、領内のことにかまけているわけにもいかない。
国のお仕事をするのも公爵の大事な仕事だ。
と言うわけで、エドは公爵の代理として王都に出向いているはずだったのだ。
公爵の肩書きは財務大臣。
国の根幹を担うポストの一つだ。
国の予算を一手に引き受ける。
だから、軍、外交、内務、すべてに関与する。
そして、それは仲の悪い三つの部門とつかず離れずを心掛けなければならないということ。
だから、このポストはお飾りにも重職にもなる。
もちろん、公爵はお飾りなんかじゃない。
三部門の鼻の前にお金をちらつかせながらしっかりと国の財布の紐を握っている。
そのバランス感覚は敵対勢力の者にとっても感嘆に値する所業だ。
そんな公爵の代理で向かったエドが用もなしに帰ってこれるとは思えない。
貴也が知らされていない重大事件が起こっているのか、と思ってもう一度、聞き返した。
すると、
「ああ、なんか現在、領内の内政官僚の汚職事件が多発しててね。スゴイ混乱の真っ最中なんだって。僕が領都に呼び出されるなんてよっぽどだよ。貴也さん、なあにか聞いてない」
「いやあ。知りませんね。僕はタダの執事見習いですからそういう難しいことはちょっと……」
頬に冷や汗を垂らしながら惚けておいた。
多分、エドは知っているのだろうけどニヤリと笑うだけで聞き流してくれた。
どうやら、貴也はこの人にも敵いそうにない。
と言うわけで話題を変えることにした。
「ここに来た目的は魔導アーマーですか?」
「うん。貴也さんが来てから研究が進んでいるからね。初代の技術を解析して同じものを作ろうとか、誰でも使える劣化コピーを作ろうという試みはあったけど、パーツをばらして違うことに応用しようっていうのは考え付きそうで考え付かないことだったね。武器開発局が喜んでいたよ」
子供のような笑顔のエド。
彼は本当に魔導具の研究が好きなようだ。
貴也が行った装甲を盾として使う実験や人工筋肉を部分使用する実験のことを言っているのだろう。
これは貴也の功績で間違いないのだが、それが目的と思われては不本意だ。
貴也の目指すものは自分でも使える魔物に対抗できるロボットなのだから。
だが、ここで一つだけ言っておきたいことがある。
今まで魔導アーマーを研究してきた人が決して無能であったわけではないということを。
魔導アーマーを研究してきた人の中には有能な者が多数いた。
ただ、貴也ほど容赦なく分解調査するのには初代タイタニウム公爵の名前は大きすぎたのだ。
みんな、貴族の権威と英雄の威光を前にして分解するのを躊躇っていただけだ。
その点、日本人である貴也にその辺の躊躇はない。
日本人の貴也には貴族の本当の権威など想像できないのだ。
それと一緒で英雄の威光も。
この世界は魔物がいる。
その所為で命の危険は驚くほど多い。
何の拍子に災害と呼べるような魔物が現れるか分からないのだ。
戯れに魔物が村を襲い地上からその村の姿が消える。
それが自分の住む村に訪れる確率は驚く程高い。
今日生きているのは運がいいからと言うのは一概に間違っていないのだ。
だから、その危機を何度も救ってくれた英雄は神と同等の扱いを受けることもある。
そう貴也は神の遺物を細切れにしたわけだ。
いやいや、壊してないよ。
元には戻すよ。
外観だけだけど。
実はすでに解析のためと言って一部部品を切断、破壊して内部調査を行ってたりする。
今になって少し怖くなってきた。
このことを知っているのはエドとアルと公爵、クロードくらいだ。
うん。持ち主が了承をしているんだから問題ないよね。
貴也は脇に汗をびっしょり掻きながら、自己弁護していた。
そんな時だった。
奥からもう一人白衣を着た人物が現れた。
「エックセレント! 素晴らしい。ここは宝の山だ! わたしはここに来るために研究所を追われ、貴族の位と資産を奪われ、奴隷にまで落とされそうになったのですね!」
物騒なことを喜々として語る。
その目は血走っており危険な雰囲気がプンプンする。
貴也はこんな空気をまき散らす人間を見たことがある。
マッドなサイエンティストだ。
彼らは自分の研究のためなら金どころか命すら払いかねない危険な人種だ。
しかも、無駄に能力のあるものは世界を脅かすほどの危険な存在になりうる。
その反対にいい方に転べば世界を救う存在になるのだが……。
貴也は嫌な予感がして後ろを振り返った。
そこには実にいい笑顔をしたエドがいた。
「ああ、僕がここに来たもう一つの理由が彼だよ。貴也さんと彼を合わせたかったんだ」
「おう! あなたが相葉貴也さんですか。お話は聞いております。いや、話以上です。あの魔導神の最高傑作をここまで解体するとは! あなたの探求心には感服します。とても私には真似ができない」
キラキラとした貴也の手を握ってくる。
どこかで機械に触れてきたのか油まみれでベトベトしていた。
貴也はげんなりとしながらその手を振られている。
そして、気が済んだのか彼はまた別の魔導具へと向かって行った。
ちなみに魔導神と言うのは初代公爵の異名の一つだ。
「えっと、あれは何ですか?」
あれ呼ばわりにエドは苦笑しながら答えてくれた。
なんでも彼は王立魔導研究所の第十三研究室の元室長だそうだ。
王立魔導研究所はその名の通り国の研究機関で主に魔法について研究している。
その研究内容は多岐に及ぶが主に基礎研究が盛んに行われている。
もちろん、国の最高の研究機関なのでそこで勤めてい入るものはすべてエリートだ。
そんな風には全く見えないけど……
彼の名前はバルトロメオ=フォン=マンガン。
開発した魔道具は数知れず、
魔法関連の新事実を報告した論文は十や二十では済まない。
まごうこと無き天才だ。
だが、彼は残念なことに研究しかできない。
政治力どころかコミュニケーション能力さえなかった。
だからか、いくつもの功績を奪われてきた。
まあ、バルトの目的は知識の探求や新発見であって権威や名声などには全く興味がなかったから問題ないのだが。
ただ、お金に関しては別だ。
だって研究には資金が必要だから。
研究費のためには何でもする気概がある。
それが問題と言えば問題なのだがね。
と言うわけで、彼は功績を奪われながらも王立魔導研究所の室長まで上り詰めた。
それが間違いの元だった。
流石に室長になった者の功績を奪うのは難しい。
そして、今までさんざん甘い汁を吸ってきたものは彼の口から功績が奪われたと弾劾されることを恐れたのだった。
バルトの頭はそんなことをやろうなんて考えることも出来ないのに
こうしてバルトは国家を覆すような危険な研究をしているとして魔導研究所を追放された。
そして、そのついでに貴族の位と資産まで奪われた。
彼はマンガン伯爵家の三男坊だった。
が、彼の奇行を親は疎んでおり、助けるようなことはしなかった。
それどころか率先して手を貸していたらしい。
うん。なかなか可哀想な人だ。
だが、バルトは全く気にしてなかった。
彼は伯爵家を追い出されても研究に没頭した。
資金提供をしようと現れた資産家に騙されて研究成果を奪われ、借金を背負い奴隷として売られそうになった。
そこをエドが助けたらしい。
なんか少し出来過ぎている気がする。
そこを突っ込むと気まずそうな顔をして頭を掻きながらエドが
「いやあ、バルトさんは昔から有名でしたからね。研究所を放逐されたと聞いて調べさせていたんですよ。そしてたら、都合よく、いや、案の定、じゃなくて運悪く詐欺師に騙されていてですね。その詐欺師を捕まえて恩を着せたわけです」
この人、恩を着せたとか言っちゃってるよ。
もう、どこからエドの計画か知れたものではない。
もしかして、研究所を追放されたのも……
「いくらなんでも、そんなことまでしませんよ。まあ、バルトさんを追い落とした人にはそれ相応の報いは受けてもらいましたけどね。うん。研究所のゴミ掃除と予算削減が出来て一石二鳥でした」
なんでもないようなことのように話すエドが怖かった。
決して笑って話すような内容ではない。
「で、バルトさんはこんなことを聞いてなんとも思わないんですか?」
いつの間にか戻ってきていたバルトに話を向けた。
バルトは手近にある魔道具をいじりながら
「別に構いませんよ。正直、室長と言う立場は鬱陶しかったんです。雑事が多くて研究時間が減りますから。僕には助手とか必要ありませんし、若手の指導とか言われても困ります。言われなくても研究所は止めるつもりだったんですよ」
本人はいたって気にしていないようだ。
本当にこのタイプの天才はどうしようもない。
ところで疑問が一つ。
「国家を覆すような危険な研究をしていたから追放されたという話ですけどそんな危険なことしてないですよね」
まさかとは思いながらも、マッドサイエンティストならやってそうな気がして確認してみる。
一応、一応だ。
だが、そんな貴也の期待は……
「してましたよ」
軽い口調でバルトは答えていた。
その答えに貴也は手で顔を覆っていた。
「ちなみにどんな研究ですか?」
「魔力の波長を変動させる研究です。魔力の波長が魔法の効果にどんな影響をもたらすか研究するのに何人もサンプルを集めるのが面倒ですからね。それなら魔力の波長を変動させればいいと考えたんです」
どこかドヤ顔で語るバルト。
だが、それは国家を覆す研究と言われても仕方がないものだと貴也は気付いてしまった。
貴也が気付くことを天才の彼が気付かないわけがない。
「魔力の波長が個人識別や契約に使われていることは知ってますよね」
「はい」
「個人識別は都市などの出入りだけでなく、王城や重要施設の入退場や戦略兵器の認証キーにも使われている。契約には個人の商談だけでなく国家間の条約なども含まれることはもちろん知ってますよね」
「当然です」
「いままで魔力の波長は誰一人同じものがないから使われていたわけで、それを意図的に変更できる方法がもし確立されたら、その存在が危うくなることぐらいわかりますよね」
「もちろん、当然です。ああ、一つ訂正させてください。もし確立されたらじゃありません。既に確立しましたよ」
「なんでそんなことしたんですか?」
「えっ、なんでって研究するのに便利だから?」
「いままでのシステムが無になり、混乱が生じるとは思わないんですか?」
「ああ、それは大変ですね。でも、魔力波長の研究をしてはいけないとは言われてませんでしたよ」
「普通は倫理的に避けるものです!」
「そうなんですか? でも、例え違法でも倫理に反しても、それが必要なら僕は研究を続けますよ」
清々しい顔でそう言い切るバルトだった。
貴也は頭を抱えて
「エド様、こいつ早めに殺した方がいいんじゃないんですか? 危険すぎますよ」
エドの方を睨みながらそう告げる。
バルトの前でとか気にしない。
こいつを追い落とした同僚たちは正しい仕事をしたように思える。
変な思惑を持っていなければ賞賛してあげてもいいくらいだ。
「まあまあ、そんなに怒らないで。ちゃんと上司が手綱を握っていれば心配いらないですって」
そして、エドがニヤリと笑って言葉を続けた。
「そういうことで彼を貴也さんの助手として雇ったので好きに使ってください」
「ほえ?」
「おう、そうでした。これからあなたの部下となります。バルトロメオです。バルトと呼んでください」
恭しくバルトが頭を下げてきた。混乱中の貴也は目を彷徨わせている。
「えっ、えっ?」
「じゃあ、よろしく頼みましたよ」
「……ちょっと、待て!」
呆然としている間にエドは既にいなくなっていた。
貴也の後ろではバルトが初代公爵の遺物である魔道具をガチャガチャいじっている。
それはオモチャで遊んでいる子供の様だった。
貴也は盛大に溜息を吐く。
どうやら、こちらの世界でも天才と呼ばれる人種に振り回される人生を送らなければならないようだ。
貴也はもう一度盛大な溜息を吐いていた。
祝50話です。
こんなグダグダ話に付き合ってくださった読者の皆さんには感謝しかありません。
まだまだ続くはずですのでこれからもよろしくお願いします。
あと、ご祝儀で評価など頂けたら嬉しいですwww
っていうかください。