第四十八話 事件の真相を知っても無双できない
夕食後、貴也は片づけを他の人に任せて自室に引っ込んだ。
そして、クロードに連絡を取る為に携帯を取る。
この携帯はクロードに支給された特別製で盗聴防止はもちろん、この世界のどこでも使用可能の優れものだ。
地下でも浅い層なら十分届く。
貴也は山小屋に備え付けられている電話を使わず携帯を使用した。
理由は想像通り盗聴対策だ。
そこまでしているとは思わないが警戒はしておくべきだろう。
「執事長ですか? 貴也です」
「何かあったのですか?」
貴也の声のトーンで察したのかクロードの口調は重かった。
「現在、判明したことはありません。ただ気になることが一つ」
「気になること?」
「はい。今日、工事現場にお邪魔したのですが、そこにいた洗濯をしていた職員の中に首輪をつけた少女がいたんです」
「もしかして、奴隷ですか?」
「遠目だったので断言はできませんが、誓約の首輪に似ていました」
誓約の首輪。
それはある魔法具を参考にして作られた奴隷を管理するための道具である。
この道具は所有者が持つキーを使わないと外すことは出来ない。
無理に外そうとすると爆発し、装着者は確実に死ぬ。
例えSランクの冒険者でも密着状態から指向性の爆弾を使われては耐えられない。
他にも位置を特定する装置や言うことを利かすために電撃を加えるなどの機能がある。
そんな物騒なものを着けた少女がいたのだ。
普通に考えて穏やかにはいられない。
二人の間に重い沈黙が流れた。
そして、しばらくして
「調査はここまでで結構です。ここから先はプロに任せた方がいいでしょう」
「わたしに何かできることは?」
「ありません。下手に手を出して相手が証拠隠滅に動き出す方がことです」
それを聞いて貴也ははっきり動揺していた。
「証拠隠滅って!」
「貴也さんが気にすることではありません。工事現場には既に潜入している工作員もいます。大事にはなりません。これ以上、相手を刺激しないよう何もしないでください。素人が手を出せば事態が悪化する恐れがあります」
「そん……そうですか」
声を荒げかけた貴也は何とか言葉を飲み込んだ。
そして、苦虫を噛み潰す。
クロードの話の信憑性は兎も角。
ここは従うしかなかった。
下手なことをして事態を悪化させるわけにはいかないのだ。
奴隷の命は安い。
しかも、違法な手段で手に入れたものなら手放すことなど前提条件だろう。
証拠隠滅
その言葉はかなり暗い事体を想像させる。
その後、いくつか報告をして通話を切った。
だが、貴也の頭からは少女の姿が離れなかった。
この世界には奴隷が存在する。
売買された人間。
労働力として売り出され、衣食住などを持ち主が支給してくれるが給料はもらえない。
ただ、奴隷にも人権があり、非常識な過酷な労働をさせられることはない。
しかし、通常の人間がやりたがらない肉体労働に駆り出されることが多い。
そして、奴隷期間中に犯罪を起こした場合、逃亡した場合はどんなことでも通常の何倍もの罰が下り最高刑は死刑となる。
そんな奴隷は三種類存在する。
第一は戦争奴隷。
これは読んで字のごとく戦争によって出た奴隷だ。
しかし、現在、戦争奴隷はほとんどいない。
戦争自体があまり起こっていないこともあるが、戦争奴隷を出すとほぼその国が滅亡するからだ。
戦争奴隷は戦後処理の後に捕虜だったものが売り出される。
通常は捕虜交換で返還される。
勝利側は戦後処理の段階で捕虜の返還を求めるのは常識だ。
ただ、敗戦国は捕虜を返してもらうのに一定額を請求される。
この金額は相場が決まっており、格安で返還されることはあっても著しく高額でのやり取りはされない。
そんなことをすれば他国が黙って無いからだ。
明日は我が身と言うのを自覚しているのだろう。
戦争奴隷が出るのはこの金額が払えない時か、払わない時だ。
前者であれば財政が破綻しており、早晩、国自体が瓦解する。
その場合、戦勝国が新政権に肩入れして属国化するか、
戦勝国が占領するか、
周辺諸国が分割統治と言うことになる。
この時、捕虜は恩赦で解放される場合が多い。
その後の統治を円満に進めたい国としては当然の結果だろう。
そして、後者の場合、ほとんどの確率で反乱が起きる。
命を懸けて戦ったものを公然と見捨てるのだ。
それに従う人は少ないだろう。
そして、軍部の心証は非常に悪い。
ただでさえ自国民と戦うのは不満があるのに、その命令をするものは仲間を見捨てた奴だ。
造反が相次ぎ、軍は瓦解する。
そうして、滅んできた国はいくらでもあるのだ。
そして、末路は同じ。
戦勝国は恩赦などいろいろな理由をつけて捕虜を解放する。
結果、戦争奴隷は滅多に出ないのだ。
第二は犯罪奴隷。
これもそのまま、罪を犯したものが奴隷として売られる。
これは刑の執行と密接に関係しており、賠償額、期間が決められている場合が多い。
犯罪奴隷はちゃんと契約に基づいて使用され、一定期間か、一定の収益を上げることで解放される。
これはちゃんと国や領が管理しており、定期的に実態調査及び確認が行われている。
そして、最後になるのが売買奴隷だ。
これはこの国ではグレーゾーンとなっている。
ほとんどが借金の方に売られることになるのだが、そのような非人道的なことは認めない人が大半だ。 だが、現在でも一部貴族領では存在が許されている。
それどころか貴族が率先して売買している物もいる。
タイタニウム公爵領ではもちろん違法だ。
所持も使用も認められていない。
そして、件の少女だが、この売買奴隷の可能性が高い。
まず、戦争奴隷だが少女が戦争に出ることはない。
あっても国の外聞があるので間違いなく解放される。
そして、犯罪奴隷だ。
未成年の犯罪者はどんな重い罪でも売りだされない。
これも国や領の面目の話だ。
この世界の人はメンツにこだわる人が多い。
特に貴族や王族は。
だから、子供を使って金儲けしているなど言われることを何よりも嫌う。
故に犯罪奴隷である可能性は非常に低い。
あと、付け加えておくが犯罪奴隷が結婚して子供を産んだ場合、その子供が奴隷になることはない。
だから、消去法であの少女は売買奴隷と言うことになる。
売買奴隷は借金のかたや金に困った親に売られてなることが多い。
だから、家族そろって奴隷になったり、子供が売られて奴隷になったり、孤児が騙されて知らないうちに売られるケースが多々ある。
そして、これらの売買は違法な場合が多いのでほとんど闇で行われる。
日本人の貴也にしてみると憤りを感じずにはいられないことだ。
が、この世界ではある程度許容されている。
今回の工事にも少なくない数の奴隷がいることは想像できる。
トンネル工事などの過酷な現場なら普通に雇うと人件費はかなり高くなる。
専門職の人間は変えられないが、土砂の運び出しなどの単純労働は身体が丈夫なら誰だって出来る。
初期費用だけで維持費の安い奴隷は人件費に比べれば格安なのだ。
こうして経費を抑えて利益を出す。
そこに文句はつけられない。
だが、ここに売買奴隷が関わってくると話は別になる。
公爵領では売買奴隷の売買、所持、使用を禁じられている。
ここに売買奴隷がいるということは所持と使用で法に引っ掛かる可能性があるのだ。
山岳調査部に賄賂が渡ってきた理由がこれなら説明がつく。
トンネル工事は人目に付き難い。
タダでさえ人通りの少ない田舎だ。
来るのは工事関係者だけ。
社内には緘口令をひけばいいし、出入り業者にも口止めは出来る。
残る問題は工事の監査にくる公務員たちだけなのだ。
それが金が流れた理由だとすると納得できる。
だが、どうして売買奴隷を使うなんて危ない橋を渡るような真似をしたのだろうか。
今回受注した土建会社の内情を知らない貴也には判別できない。
貴也はモヤモヤした気分でその夜を過ごした。
そして、四日経ち貴也の山小屋生活はあっけなく終わりを迎えた。
元々カタリナの滞在予定は一週間だった。
予定通りに交代要員がやってきてささっと領都へと帰ることになったのだ。
当然、おまけの貴也だけ残ることが出来るわけがない。
ここにいること自体、異例のことなのだから。
あの後、工事関係者からの接触は一切なかった。
内心、拉致監禁の挙句、トンネル工事中の事故として生き埋めにされるなど、何か危害を加えられるんじゃないかと戦々恐々としていたのはここだけの話だ。
貴也はここを離れるまで口封じに怯えていたのである。
そして、領都に帰って来てからも何事も無く時は過ぎていった。
あれ? 奴隷少女の救出劇は?
不正を犯した悪徳業者との対決は?
カタリナが誘拐されて全裸死体で発見されたりは?
残念ながらそのようなことは起こらない。
テレビや物語じゃないんだからそう簡単に事件は起こらないのだ。
事件も簡単に解決した。
今回、話をややこしくしたのは山岳環境部の課長とその親戚の土建会社の部長さんだった。
結果から言おう。
土建会社の部長さんは山岳環境部の課長に目を瞑ってもらうという名目で金を引き出し、その一部と言うか大部分を懐に収めていたのだ。
奇しくも貴也が初めに予想した内容が当たっていたことになる。
全く嬉しくないが……。
その部長さんもそこから足がつくなんて思ってもいなかったのだろう。
犯行はかなり杜撰だった。
その証拠に道路管理部への賄賂は用意周到に計画、実行されていた。
発覚してから徹底的に精査してやっと痕跡が見えたレベルだ。
もう何年間にも渡って培われてきた手法に穴は全くと言っていいほどなかった。
本当に偶然と言うものは恐ろしいものだ。
それと売買奴隷の使用は元々の計画にはなかったことだそうだ。
今回のトンネル工事で予定されていた不正は入札の時の落札価格や条件などの情報提供だけだった。
しかし、そこで問題が起こってしまった。
別の現場で落盤事故が起こり、今回の工事で使用される予定の奴隷が十八人もケガで身動きが取れなくなってしまったのだ。
ここで問題は二つ。
一つは十八人もの重傷者を出す事故を起こしたと知られれば会社の信用問題になる。
今回のトンネル工事だけでなく他の公共事業にも影響が及ぶ可能性があった。
と言うわけで落盤事故は闇に葬られた。
幸いケガをしたのは奴隷だけ。
誰も文句を言ってくる人はいなかった。
二つ目はトンネル工事に使う予定の奴隷がいなくなってしまったことだ。
公共工事の工期を変更することは難しい。
落盤事故の話をしないで人員が足りなくなったことを説明することは困難だからだ。
と言うわけで何とか人員の穴埋めをしなければならなかった。
そこで使われたのが売買奴隷だ。
この売買奴隷はインジウム子爵領で使われている者達だった。
インジウム子爵領では売買奴隷は合法である。
と言うわけでこの土建会社のインジウム子爵領支店は大量の売買奴隷を抱えていた。
本社の人間は協議を重ねた結果、この奴隷を使うことに決めたらしい。
不運がいくつも重なって、今回の事件が起こり発覚したわけだ。
悪いことは出来ないものである。
そして、貴也が気になっていた奴隷の少女だが……
両親と共にインジウム子爵領へと強制送還されたらしい。
所有権は土建会社の支店にあるのでそれを覆すことはできない。
罪に問えるのはタイタニウム公爵領内での売買奴隷の使用についてだけだ。
これも奴隷の出所が分かっており合法の奴隷を使っているということで罰金刑と無期限の公共事業への参加資格取り消しでかたが付いた。
この土建業者は今後、タイタニウム公爵領での仕事が激減するだろう。
本社を余所に移して再出発することになる。
でも、他領や国外にも支社を持つ大企業なのでしぶとく生き残っていくに違いない。
と言うわけで貴也の心にしこりを残す結果となってこの事件は収束した。
本当に人生はドラマのようにはいかないと痛感する貴也だった。
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