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第二十七話 領主の暗躍で無双できない


「それではここからはアレックス様にも一緒に聞いて貰いましょうか」


 口調を改め、後ろに視線を送る、ライン。

 その眼は上官を見る目へと変わっていた。


 アルはゆっくりと柱の陰から現れた。


「やはり気付かれてましたか」


「当然です。素人がいくら気配を消してもわたしの目は誤魔化せませんよ」


 少しドヤ顔のライン。

 こんな表情が読みやすくて大丈夫なのだろうか?


「大丈夫ですよ。普段はわざと表情をオーバーにしているんです。そうすると表情を消したり、偽ったりするときに効果が出てくるんですよ。諜報のテクニックの一つです」


 逆に表情が読まれていたことに若干の動揺を見せる貴也。

 だが、ここで素早く思考を切り替える。

 プロ相手に騙しあいをしても勝てるわけがないのだ。

 それに今は敵じゃない。

 頼もしい味方が出来たくらいに思っておく。


 そんな貴也の思考を読み切ったのか「ほう」とラインは関心の吐息をついていた。

 あんまり、人の考えを読まないで欲しいと貴也は重い溜め息を吐く


「で、アルは今までの話を聞いていたんだな」


 父親に囮にされたことを知って傷付いているんじゃないかと気遣う貴也。

 それを察したアルは笑顔を作る。


「貴也さん。そんなに気にしないでください。兄が敵を炙り出す餌に使われたのなら問題ですが、僕は次男です。貴族として当然のことですよ」


 はっきりと言い切るアルの目に偽りはなかった。

 それどころかある種の誇りさえ感じられる。

 やはり、貴也には貴族の考えることはわからないと肩を竦めた。


 そんなやり取りを見ていたラインは一つ咳払いをして話を戻す。


「それでアレックス様を監視していた者達ですが……」


 そこまで言って言葉を切った。

 そして、あたりに首を巡らせる。

 貴也を同じように視線を巡らせる。


 人の気配は――


 ない。

 いや、相手はプロ。

 貴也が気付いてないだけかもしれない。


 貴也とアルに緊張が走った。

 そんな二人の様子を見ていたラインが突然笑い出した。


「あはははは。大丈夫ですよ。すでに村に侵入してきた敵のスパイは確保済みです。それに今頃黒幕も暴かれていることでしょう」


「脅かすなよ!」


 貴也は怒りと恐怖から怒鳴っていた。

 貴也には荒事に対応する力などないのだ。

 本当にこういいう時だけは身体を鍛えておけばよかったと思う。

 まあ、三日もたてば忘れるのだけど


「それでもう問題はないのか?」


「もうと言うか。最初から問題はなかったんですけどね」


「それはどういうことなんですか?」


 キョトンと目を丸くしているアル。

 貴也も気分的には似たようなものだった。

 そんな二人をニヤついた顔で見ながらラインが続ける。


「アレックス様が家出をなさる前から調査は始まっていました。それはそうでしょう。そこの貴也でさえ、アレックス様の暗殺を予測できたのです。陰謀の渦中に何年も身を置く、百戦錬磨の公爵様が気付かないはずがありません。察知が遅れて危うくアレックス様を危険にさらしましたが、素早く勇者様を救出に送ったのは公爵様です」


 初めて聞いた話なのだろう。

 アルは驚いていた。

 そんなアルを余所にラインの説明は続く。


「その後の調査で実行犯はすぐに判明しました。だけど、この段階で動けば影で暗躍していたものには届かない。秘密裏に調査が続けられ黒幕も三人まで絞り込みましたが、そこからが……」


 若干悔しそうにするライン。

 だが、それも一瞬だった。


「そんなときです。アレックス様が家出なさったのが。もう渡りに船でした。危険だからすぐに連れ戻そうという話も出ましたが最終的にアレックス様を泳がして敵の反応を見ることにしたのです」


「それで敵はわかったのか?」


 貴也の質問にラインは深く頷く。

 アルが唾を飲み込みラインの目を見詰めた。


「タイタニウム公爵領、外交担当長官フェラルドです」


「フェラルドだって。そんなバカな。あいつが僕の命を狙うはずがない。それに動機がないじゃないか」


 声を荒げるアルをラインが窘める。

 そのフェラルドという奴を知らない貴也は取り乱すアルを横目に話の先を促した。


「で、そのフェラルドって奴はなんでアルの命を狙ったんだ」


「はっきりしたことはわかっていません。判明していることは軍の情報を改竄したこと、家出したアレックス様の捜索名目で人を派遣したこと。その中に怪しい者を紛れ込ませたこと。この三点です」


「本当にフェラルドが僕の命を……」


「残念ながら」


 俯くアルにかける言葉を思いつかなかったのかラインはただそれだけしか言わなかった。

 だが、貴也はそれだけでは納得がいかない。だから。


「そのフェラルドの動機は何だったんだ。嫡男を殺してアルに取り入るというならわかるが、なんの権限もないアルを殺してもしょうがないだろう。長男がどうしようもないアホでアルを時期領主にって声があったからその声を黙らすためにとか?」


「何言ってるんですか! 兄は素晴らしい人です。剣の腕も、政治手腕も、社交性もすべて僕より優れています」


「お前は自分の不出来を自慢するな」


 容赦ない一言に恥ずかしそうに視線を逸らす、アル。

 そんなアルの態度に苦笑しながらラインが。


「まあ、言い難いのですがアレックス様の言う通りです。公爵様も次期公爵をすでに指名してますし、民衆や官僚も歓迎しています」


「じゃあ、動機なんてないじゃないか。このバカが殺されるほどの恨みを買うようなこともないだろうし。公爵軍の勢力を抑えるための陰謀とか? でも、それなら今更殺される必要がない……」


 貴也はブツブツと呟きながら考えをまとめていく。

 そして


「彼も本当の黒幕に操られているだけのトカゲの尻尾というわけか?」


 ラインは深いため息を吐いて首を縦に振る。


「そうです。尋問の結果、彼が脅されてやったことを自供しました。王都に留学した彼の息子が酒に酔った勢いで暴力事件を起こしたそうです。その時、相手の男を剣で切ってしまったそうで……」


「この場合、罪はどうなるんだ?」


「この国の法律では貴族やそれに連なるもの同士なら話し合いで賠償を決め、双方の合意を得られなければ決闘になります。相手が平民なら国法に定められた通りです。ケガの程度にもよりますが、慰謝料を払った上に禁固刑。相手が死んでいたら死刑という可能性もあります」


 貴族社会なら特権があるかと思ったが幾分まともだ。

 日本でも妥当な判決だと思われる。


「それでそれをネタに脅されたと」


「ええ、それだけじゃないんですけどね。彼自身にも後ろ暗いところがありました。外交担当として使途を問われない調査費が認められています。それを横領していたようなんですよ」


 なるほどね。

 横領の証拠で脅されてたところに息子の件でダメ押しされたわけか。


「そうなるとその息子の暴力事件も怪しいものだな」


 貴也の言葉に感心するように頬を緩ませるライン。


「いい読みです。暴力事件が起きたことは周りに目撃者が多数いたので事実です。流血事件ですので王都の衛兵も捜査に乗り出しています。だが、いくら探しても被害者が出てこない。出血の量からすると殺人事件の可能性もあるのに」


「なるほどね。その黒幕はわざとその息子に切らせて事件に仕立て上げた上に被害者を隠して脅したわけか。フェラルドが言うことを聞かなければ死体をそこらに浮かべ罪を重くし、言うことを聞けば、軽傷だったから示談にしたと衛兵に届けるわけか。なかなかあくどいな。でも、それなら接触してきた奴から裏がとれるんじゃないのか」


「そこまでする奴がそんなへまはしませんよ。交渉に来た奴は裏家業の下っ端です。そいつの死体もすでに出てきてます」


 気分が悪くなってきた。

 現代日本人の貴也がこういう血生臭い暗闘に慣れているわけが無い。

 それでもここまで聞いて目を瞑るわけにはいかない。


「それでその黒幕はわかったのか?」


「いえ。有力貴族である公爵様の足を引っ張ろうとする人間は国内外問わず無数にいます。これだけ用意周到にことを運んでいるのでかなりの力を持つ者とは思われます。ですから、これ以上は調査もできません。下手に藪をつつけばこちらが大怪我しかねません」


「では、このまま泣き寝入りすると」


「そうなりますね。――まあ、忘れませんけど」


 その仄暗い瞳の奥の光に貴也の背筋が凍り付いた。

 だから、話題を替えようと考えたのだが、ふと疑問が


「それでなんでアルの命を狙ったんだ。狙うなら公爵本人か長男だろ? 警備が厳重で狙えるのがアルくらいしかいなかったとか? でも、そこまで準備したのならもっと利益を求めるんじゃないのか?」


「そうですね。いくらでも予測は立ちますが、それが正しいのか確認する術がありません。それにそういうことを考えるのはわたしの仕事ではないので」


 何か煮え切らない答えだったが、貴也は腹の内に収めた。


 っと、その時。


「そうだった。貴也。公爵様からの伝言です。都合がつき次第、アレックス様と共に執事見習いとして領都に出頭するようにと」


「はあああああ! 執事見習い」


 奇声を上げる貴也を見て腹を抱えて笑うライン。


「いいじゃねえか。公爵家の執事なんて下手な下級貴族にもなれないぞ。これでお前の人生は安泰だ」


 ラインの口調がいつもの酒場のマスターのものに戻っていた。だが、そんなことに構っていられない。


「なんでだよ。これって断っていいのか?」


「別に構わないが。この国で公爵様を敵に回して真面な人生を送れると思わない方がいいぞ」


 本気なのか冗談なのかわからない笑顔を浮かべるライン。

 その笑う姿は悪魔に見えた。


「もうどうにでもしてくれ。とりあえず、オレは呑むぞ!」


 もう自暴自棄に貴也は叫んだ。


「アルどころか、貴也の送別会になってしまっただな。さあ、気合い入れて料理するっぺ。ラインも早く手伝うずら」


 話を聞いていたのか、いなかったのか、平常運転のカインを見て貴也は崩れ落ちる。


 

 貴也の未来は知らないところで決定されていた。

 これから、辛く厳しい執事修行の日々が待っているのだが、まだ貴也は知らない。

 この運命からは逃れられそうになかった。



 どうやら、貴也が自由に無双できる日はまだ当分やってこないようだ。





これで第一章始まりの町は完結となります。

次回からは舞台を領都に移すことになります。

今後ともよろしくお願いします。

連載再開は期間を空けるか、閑話を入れるか、すぐに始めるか

考え中です。

次回、月曜日は何らかの話を投稿する予定です。よろしくお願いします。

誤字脱字報告、感想など頂けたら幸いです。


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