第十三話 女慣れしてなくて無双できない。
「エールが二つに鶏のから揚げにポテトフライですね。ハイ! 喜んで!」
「「「ハイ、喜んで!」」」
酒場の喧騒のなか、貴也の声が響いた。
どこかで聞いたことがある掛け声はお愛嬌だ。
バイトの女の子に冗談で教えたら、なぜかみんな気に入って今ではこの酒場の定番の掛け声になってしまった。
う~ん。この世界、下手なことはできない。
「お~い。三番料理上がったぞ」
「ハイ、喜んで」
貴也は忙しそうに店の中を駆け巡る。
酒場でやらかしてからしばらくして、マスターのラインが貴也の元に謝りに来た。
こっちも酔った勢いとはいえ、失礼なことをしてしまった自覚があるので謝られる筋合いはない。
どちらかというと貴也の方が謝らなければならない。
そんなことで互いに頭を下げ合う何とも情けない展開になってしまった。
その時、ラインに酒場で働かないかと誘われたのである。
貴也は毎日でないことと、他に就職先が見つかるまでという条件で引き受けた。
そして、いろいろ指導なんかをしていたらこんな感じになってしまった。
うん。やり過ぎた。
効率化するために近所でよく使っていた居酒屋チェーンの接客マニュアルを取り入れたのが存外受けてしまったのだ。
今では、冒険者が集う酒場というより、日本のビアガーデンや居酒屋みたいになってしまった。
この変革は冒険者以外の村人に大いに喜ばれた。
偏見はないが冒険者に近寄り辛い人は多かったみたいだ。
特に女性だけでこの酒場を利用しようとする人はマリアくらいしかいなかったらしい。
でも、店の雰囲気が変わって女性客が入りやすくなった。
女性が増えれば男は喜ぶ。
客足は右肩上がりだ。
まあ、それでトラブルが増えそうだが、そこはラインの威厳が効いているのか、大きなトラブルは起きていない。
メニューもエールに合うものと言ったら、鶏カラにポテトフライだろうと思って提案したらこれも大ヒットだ。
今では店の看板メニューになっている。
売り上げが伸びて嬉しいが忙しすぎてラインは悲鳴を上げている。
というわけで、最近は毎日酒場に出ている。
そろそろ、カインの畑で土イジリがしたいと思ってきた。
まあ、現実逃避なんだけど……
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「お疲れさん」
ラインがエールを一杯、貴也に差し出した。
「おう、お疲れ」
貴也はそれを受け取り返事もそうそう一気に呷る。
「ふいい。やっぱり、仕事終わりの一杯は格別だなあ」
一気に飲み干して一息つく。
今日も忙しかった。
「これっていつまで続くんだろうな。続くなら人を増やすけど、雇った後に客が減ったら目も当てられねえしな。なあ、貴也、どう思う?」
「そんなの知らねえよ。この店はラインの店だろ。自分で考えろ」
「冷てえなあ。この店変えたのはお前だろ。ちょっとは責任を感じろよ」
「やなこった。あくまでオレは提案しただけで採用したのはお前だ。責任取るのも、もちろんお前だ」
「厳しいなあ」
「経営者とはそういうもんだ。流行らすのも、現状維持に努めるのも、調子に乗って潰すのもお前次第。その分、儲けも赤字もお前の物だ。それにオレはいつまでここにいるかわかんねえしな」
「そんなことわかってるよ」
と、やや不貞腐れたようにジョッキに口を付ける、ライン。
すでに少なくなっていたため中身はすぐに空になった。
ラインはお代わりをよそう為カウンターの奥に向かう。
そして、思い出したように口を開いた。
「そうだ。お前、ルイズの所に行ったんだろう? どうだったんだ? 雇ってもらえそうかか?」
「…………」
「なんだよ。また、やらかしたのか?」
「またってなんだよ」
「またはまただろ? お前、この世界に来て僅か一か月足らずでどんだけやらかしたと思ってんだ?」
「黙秘します」
不貞腐れてそっぽを向く。
でも、こめかみに浮かぶ汗は隠せなかった。
「まあ、いいや。それでどうだったんだ。あそこはこんな村にあるのがおかしいような高級店だからな。お前が働くのにちょうどよかっただろ?」
「どうだって言われてもな……」
貴也は腕を組んで考え込んでいた。
「なんだ。ルイズの料理が舌に合わなかったのか? 確かに、親父さんが公爵様のお抱えになって急に店を任されたけど腕は確かだぞ」
「ああ、料理に文句はなかった。デザートが普通過ぎたけど、それは料理が際立っているせいなんだろうなあ。あれだけの物をあの歳で作れるなんて天才って言っていいんじゃない」
「だろう。じゃあ、店の雰囲気か?」
「いや、この店と違って、清掃はしっかりしてるし、調度品も品のいい物ばかりで落ち着いて食事できる。ちょっとたどたどしいところもあるけどルイズさんの接客もしっかりしてた」
思い出しながら貴也の顔は綻んでいた。
それを見てラインは首を捻らずにはいられない。
「じゃあ、なにが気に入らないんだ。もしかしてルイズが悪いってか? あの子は素直で優しくて明るくてしかも美人だ。非の付け所のない子だぞ」
「そこだよ」
「どこだよ」
「だから、素直で優しくて明るくてカワイイところ!」
キョトンとした顔をするライン。
良い歳したおじさんのキョトン顔はなかなか貴重だ。
「それのどこが問題なんだ?」
本当にわからないようだ。
貴也は顔を真っ赤にしながら話を続ける。
「あの店ってルイズさん一人でやってるんだよな」
「隣の宿屋のお祖父さん夫婦が引退したからなあ。おじさん一家だけじゃ手が回らなくなって、兄貴のルーフェンはそっちを手伝い始めたからな。お客が多い時は手伝いに来るけど基本は一人でやってるよ」
「つまり、オレが入ったら二人きりになるわけだ」
「まあ、そうだわなあ。それのどこが問題なんだ?」
こいつ何でこんなに鈍感なんだ。
普通、ここまで言えばわかるだろうに。
自分勝手にイライラしてきた貴也だが、大きく深呼吸して
「だから……」
「なに言ってるんだ? 聞こえねえぞ」
「だから…………」
「なんなんだよ」
「だから、惚れてまうやろが。あんな娘といたら好きになって、告白して、上手くいったら仕事が手に付かなくなるだろうし、上手くいかなかったら気まずくて仕事ができない。どっちにしても一緒に仕事なんてできなくなるだろうが!」
「お前、幾つだよ。今時、子供でもそんなこと言わねえよ」
呆れて肩を竦めるライン。
でも、仕方がないじゃないか。
小中学校の時は幼馴染がべったりだったし、
高校時代は周りの女子はみんな幼馴染のファンだったし、
大学時代はオタク連中しかいなかった。
あとは金目当てのバカ女だけだ。
社会人になってからは仕事が忙しくて出会いすらなかった。
OH、SHIT。
なんてこった。
オレって女っ気が全くなかったんじゃないか!
今思い返すとなんて不遇な青春時代なんだ。
顔も悪くないし、背もそこそこ、スタイルだって悪くない。
運動は得意じゃなかったけど勉強はできた。
学生時代は起業して社長だったし、
一流企業に勤めてたし、
金はかなり持ってた。
性格だって悪くないと思う。
これで何でモテなかったんだ。
まあ、モテてたんだろうけど、肩書や金目当ての女って感じたら相手にしないようにしてたからなあ。
それで少し女性不信になってた頃もあったし……。
でも、マズいぞ。
このままでは一生独り身なんて可能性も。
ならいっそ、ここはダメもとでルイズちゃんにアタックするか?
いやいや、そんなリハビリ目的なんてルイズちゃんに失礼だ。
「お~い。大丈夫か、貴也」
少し気持ち悪かったが、ラインは突然、ブツブツと呟きだした貴也を心配して声をかける。
何度か声を掛け続けるが反応がない。
どうしようかと困惑していると、貴也がガバっと顔を上げた。
「お父さん。僕にルイズさんをください」
「お前にルイズはやれん」
なかなかノリのいいラインだった。