第十一話 クールジャパンで無双できない。
朝起きると、見覚えのある天井だった。
と言っても、日本に帰ってこれたわけではない。
カインの家だ。
あれ? 昨日ってどうしたんだけ……
「痛っ」
昨日のことを思い出そうとしたら頭に鈍い痛みが走った。
ああ、そうだった。
昨日は酒場に行って、酔っぱらって、マスターに絡んで
ということはこの頭痛は二日酔いか。
「うん。きぼちわるい」
とりあえず、痛む頭を押さえながらベッドから降りる。
服がない。
全裸だった。
キャッ、もしかして、わたし酔った勢いで見知らぬ人と……
なんて、バカなことが頭に過ぎったが、頭痛がひどくてこれ以上ボケられそうになかった。
「とりあえず、水が飲みたいです」
というわけで、若干フラフラしながら、貴也は下のキッチンへと降りていく。
「おう、貴也。調子は――よくなさそうだべな」
一階のリビングではカインが朝食を食べていた。
朝からガッツリ系だ。
あんな分厚い肉の塊と山盛りポテトフライを――うっぷ。
胃の方から何かがせり上がってくるのを飲み込む。
他人の家でリバースは避けたい。
「わりい。水貰える」
どさりと、カインの向かいに座ると机に突っ伏した。
カインの食べてた朝食の匂いが少しきついが起き上がる元気はない。
そんな貴也を見ながらカインは苦笑しながらキッチンに向かう。
「昨日は結構飲んでたみたいだかんな。用意しといてよかっただよ。二日酔いにはこれが一番だかんな」
そう言ってカインはコップを差し出してくる。
貴也は怠そうにそれを受け取ると、ゴクリと一口。
「うへ」
顔をしかめるほど酸っぱい。
レモンのしぼり汁を飲んでいるような感じだった。
だけど、あれ?
なんか不思議な感じ、鼻の奥に柑橘系のさわやかな香りが残っているだけで、あれだけ刺激的だった酸っぱさがかけらも残っていない。
それどころか、後を引く。
ゴクリともう一口。もう一口、もう一口。
普通これだけ酸っぱければ飲み辛いはずなのにコップの中はいつの間にか空になっていた。
カインは無言でお代わりをよそってくれた。
それを一気に飲み干す。
「ふう、なんか落ち着いた」
不思議なことに吐き気が無くなっていた。
頭痛も楽になって重い程度だ。
「あはははは、やっぱり、二日酔いにはフロスの果汁が一番だっぺ。二日酔いの薬代わりによく売れる果物なんだべ」
ほうっと感心しながら聞いていると、クウ~とお腹が可愛らしい音を鳴らした。
気分的にはまだ、何か食べる気になれなかったが、身体は別だったみたいだ。
カインは笑いながら持ってきた小鍋からスープをよそう。
貴也はスプーンを取って一口。
スープが体中に染み渡っていくのを感じていた。
味付けはシンプルに塩コショウだけ。
でも、葉野菜を中心にいろいろな野菜を形が無くなるまでコトコト煮込んだものなのだろう。
いろいろな味がスープにしみ出している。
旨味が凝縮したスープだ。
実はカインは料理が旨い。
農家たるもの自分の作った野菜を一番旨く食べる方法を知らなければならない。
と料理修業をしたことがあるそうだ。
カインの農業にかける情熱は半端ではない。
「うん。美味しい。もう一杯貰えるか?」
「いいだよ。食べられるならパンも腹に入れとけよ」
そう言いながらパンがたくさん入った籠を貴也の前にずらす。
その中から貴也は小ぶりのロールパンを一つとって一口齧る。
その後、スープを飲みながら半分ほど食べて落ち着いた。
「それにしても、オレってどうやって帰ってきたんだ? 確か酒場で飲んでたはずなんだけど、記憶が――」
「覚えてないだか? かなり飲んでたみたいだかんな。酒場で酔って大騒ぎしたらしいっぺ。ゴメスが酔いつぶれた貴也を連れてきてくれただ。今度、礼を言っとくだよ。そうそう、あと、ラインさんが謝ってたって伝えてくれって」
「ラインさん?」
「んだ。酒場のマスターだ」
ああ、そうだった。
貴也のおいたが過ぎた為、酒場のマスターに殴られたんだった。
思い出したら頬がジンジン痛み出した。
それ以上にすげえ恥ずかしい。
ああ、頭が……
再度、うずくまりだした貴也を見てカインは席を立つ。
「今日は大人しく寝てるだよ。お昼は冷蔵庫の中に食材があるから適当になんか作って食べてけろ。オラはそろそろ畑に行くだ」
「それなら、オレも」
と立ち上がろうとしたら軽くふらついた。
カインは軽く貴也を支えながら椅子に座らせる。
「そんな状態じゃあ、畑仕事は無理だっぺ。今日は大人しくしてるだ。暇だったら、テレビでも見てればいいし、あっ、そうだ。これを預けとくだ」
そういって、テレビの脇にあるサイドボードの上から板状のものを取る。
「タブレット?」
見た感じそのまんまタブレット端末だった。
説明を聞くと機能もそれほど変わらない。
ネットのようなものにも繋がっており調べものに便利だとか、他にゲームや小説なども入っているらしい。
カインは主に作物の受注なんかに使うつもりで買ったのだが、機械が苦手なカインでは使いこなせなくてほとんど使ってなかったそうだ。
「だから、遠慮なしに暇つぶしに使っていいだよ」
ニコニコ顔でタブレットを渡してくれた。
操作方法は簡単。
タッチパネルになっているので画面を直接タップ、スワイプ、フリック。
うん。大体わかる。
適当にいじっておけばその内使いこなせるだろう。
それに音声認識もあるみたいだ。
うん。便利便利。
そんな貴也を見てカインがまたひざまずく。
「うう、貴也でも使いこなせるのに……」
なんだか失礼な発言だが、今は無視だ。
それより……
これに小説とかゲームが入ってるって言ってたな。
ということは娯楽系のコンテンツは売り物になるのではないか?
日本と言えばオタク文化。
こう見えてもオタク産業を足掛かりにして起業した青年実業家だ。
本物にはかなわないがそれなりに知識はある。
まずはこの世界の文化レベルを見て、受け入れられそうな題材を適当につまめば儲けられるのでは――。
そうだよ。これだよ。
アニメや漫画、ラノベは日本だけの独自進化だ。
それらは世界中にあったけど、どれも子供向けの域を出なかった。
子供も大人も楽しめるエンターテイメントにしたのは日本だけだ。
今では世界中に広まり一大コンテンツ産業になっている。
これを異世界でもできないか?
可能性は多分ある。
世界中で人気のあの作品はこちらの世界でも流行るはずだ。
パク――ありがたくリスペクトさせてもらっても誰にも文句は言われないだろう。
ふふふふふ。これはいけるかも知れない。
日本でも当たれば億単位の世界。
この世界の娯楽レベルがどれほどかはわからないが、日本のトップクラスの漫画やアニメ作品ならインパクトは絶大だろう。
そうなれば莫大な富が。
「おい、カイン。この世界に漫画とかあるのか?」
「あるだよ。昔は子供が読むものって印象が強かったけど最近は大人でも読めるような複雑なストーリーの物も出てきてな。最初はオラもバカにしてたんだけど、読んでみると結構面白いんだ」
なるほど漫画に対する下地はあるんだな。
なら、すぐにでもいけるかも。
あとは作品だ。
有名どころなら貴也の記憶に刻まれている。
セリフまで完璧には無理だが、ストーリーの詳細まで思い出せるのは十や二十ではきかない。
でも、絵が描けないんだよなぁ。
まずは絵が描ける奴を探さないと、それから漫画絵の指導をして、コンテを切ったのを原稿にしてもらう。
出版社とかあるのかなぁ?
それとも、ネット上にそういうのを載せるところがあるのかなぁ?
この辺は要調査だな。
ああ、そうだ。その前にこちらの世界のレベル知らないと。
いくら過去に日本で流行った超一流の作品を参考にさせていただいたとしても、それがこの世界になじむかわからない。
やはりこちらの世界の傾向を知らなければ無駄が大きくなる。
というわけで
「カイン。これにも漫画とか入ってるのか」
まだ、床に蹲っているカインを蹴っ飛ばす。
涙目で顔を上げたカインがタブレットを操作する。
それを見た貴也は驚愕で目を見開いた。
「なんでこれが!」
「なにを驚いているだか? ああ、ツーピースだか。これ面白いっぺな。ノビノビのキャベツを食べた少年が海賊王になるために旅に出る冒険漫画だっぺ。貴也も知ってるのか?」
ああ、よく知ってる。ツーピースじゃなくてワン○―スだけど。
「すごいよな。悪魔の野菜を食べると不思議な力が使えるようになるとか、海賊なのに海で泳げなくなるとか。日本人は面白いことを思いつくだね」
「なに? 日本人?」
「んだ。これ書いてるのは日本人だよ。ペンネームは尻尾畑栄次郎だな」
先越された。
考えることは誰でも一緒みたいだ。
それにしても、こいつパクるにしてももう少しセンス良くできなかったのか?
まあ、それは良い。
先駆者がいるなら莫大な富は望めないかもしれないが、そこには既に道があるということだ。
そこに乗っかるのも手だろう。
ワ○ピースが使えないのは惜しいが、作品はまだまだある。
一人じゃ作品の数にも限界があるだろうから、まだ、こいつが手を付けてない作品を使えば行けるはず。
とりあえず、検索だ。
音声入力
「検索。尻尾畑栄次郎」
『了解しました』
検索中、検索中、検索中……
「うわぁ、結構な量あるなぁ。何かウィ○先生みたいなサイトないかな? これか」
よさげなサイトをタップ。
……………
NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
こいつ、やり過ぎだ。
ドラゴン○ール。スラム○ンク。NAR○TO。聖○士星矢。北○の拳。キ○肉マンなどなど。
ジャ○プの大ヒット作品を中心にかなりの数が網羅されている。
スポーツ関係はあまり受けないみたいで途中からジャンルが絞られているのかファンタジー系バトル漫画が多い。
それにしてもこの作品の量はどういうことか
と思っていると謎はすぐに解けた。
処女作のツーピースで稼いだ金を元手に会社を立ち上げ、作画できる人材を集めて、ありとあらゆる作品を漫画にしていったのだ。
それをデジタル書籍として販売。
それに留まらず、アニメ化やゲーム化の会社を立ち上げ、大エンタメ企業グループを作り上げたらしい。
貴也が思い描いていた以上のことをやっている。
まいった。
同じ土俵で戦うのは難しそうだ。
ここに食い込むには個人の力ではどうにもできないだろう。
まだ、扱ってない作品もあるだろうが、それを探して原稿にしても、一作家の収入にしかならない。
それなら思い切ってその会社に就職した方がいいだろう。
最新の漫画知識はきっと高く評価される。
いや待てよ。
こいつ少年漫画に偏ってるよな。
少女漫画なら戦えるんじゃないか。
見た感じ、ラブコメ物も受けは良いみたいで作品数も売り上げもかなりある。
貴也も男なので少女漫画の知識は少ないがそれでもドラマ化や映画化、アニメ化されているような有名どころは押さえている。
それで勝負できれば……
ええ、考えが甘かったです。
貴也が考えるようなこと別の誰かがやらないわけないですよね。
多分、別の転移者なんでしょう。
しかも女性。
見事、女性向けの似たような会社が出来ていました。
グスン。でも、負けない。
少女漫画がダメならディープな世界で勝負だ。
BLは流石にないだろう。
ありました。
しかも、かなりどぎついのが。
うん。もともと知らないし、こんな奴と勝負できるわけがない。
耐性がある方だと思ってたけど、いきなりこんなハードなものを見せられるとは思わなかった。
無理です。
安易に考えてました。
しかも、アングラに潜っているみたいだが、ネット上ではこの世界が一番浸透しているみたいなのが恐ろしい。
流石、腐女子は侮れない。
伊達に腐っていませんね。
というわけで、最後の砦。エロでどうだ。
日本のエロ文化は地球最高峰。
エロにさえストーリーや職人技を求めるお国柄である。
というわけで、この世界の倫理観が分からないが、限界突破で映像作品を作れば……
出来るわけないだろうが!!
確かにいい年したおじさんなんで、その手の作品は見てるけど自分で作れるほどではない。
カメラワークや女優さんの指導なんて出来るわけがない。
それ以前に女優さんや男優さん、スタッフを集められるコネも力もない。
ダメだ。考えれば考えるほど無理ゲーだ。
素直に日本人だと言うのを最大限利用してエンタメ企業に就活してみようかな?
なんて思いが脳裏に過ぎったが。
違うだろ! 貴也のやりたかったのはそういうことではないのだ。
ガクリと肩を落とし、ツーピースを読み始める。
絵に違和感があるがストーリーは貴也が覚えているものと同じだ。
「あははははは。異世界で読んでもやっぱりおもしれえな」
渇いた笑い声をあげる貴也。
クールジャパンで無双はできなかった。
「で、カイン。いい加減、畑に行ったら?」
「ひどいだ!!」
カインは泣きながら家から出て行った。