1.日常茶飯事
乱闘シーンありです。ご容赦ください。
今夜は月が明るい。
街道より外れた林の中でも月明かりに照らされ、焚火の揺らめきがなくとも辺りはよく見えた。
当然目の前で身構える相手、アルマの姿も見て取れる。その両の手にはそこら辺で拾った手頃な大きさの枝が二本。僅かに腰を落し真直ぐにこちらを見据え機を伺っている。
「なんだ、来ないのか?」
「偶にはそっちから来れば?」
手許にある長めの枝を僅かに下ろして挑発すれば、眉を顰めて言い返してくる俺の妹。昔なら相対した直後に突っ込んできたのが随分と成長したものだ。
「なら、お言葉に甘えて」
久しぶりにこちらから仕掛ける。
大地を踏みしめアルマ目がけて走る。下段から枝を抜き放てば予想していたのだろう、アルマが両の枝でそれを防ぎ、続け様身体を回転させ回し蹴りが上から来る。防がれた枝の角度を変えてアルマの重みを流しがてら受け流し、そのまま足蹴目がけて打ち上げようとした。が、突如蹴りから足裏による防御に変え、俺の枝を踏み台にして打ち上げる反動で宙に跳ぶ。くるりと一回転すれば大地に降り立つと同時に顔面に向けて一枝の突きが襲う。
「っこ、のっ」
正確に、次から次へと急所目がけて繰り出される突きと切り込みを難なく躱し、時に枝で受け流せば一向に当たらないことに舌打ちをするアルマ。全く短気だな。仮にも女性が舌打ちするのは余り宜しいものでもない。
「フェイント入れろよ。単調過ぎ」
ガッ、と互いの枝が削れる音が響き、ギリギリと鍔は無いが鍔迫り合いの状態になる。
力勝負でアルマが俺に勝つのは普通は無理。アルマがそこらの女性より馬鹿力であることは知っているが、俺一応男だし。
長くは持たないとすれば、ここらでこの状態を打破する何かが来る。魔術使用可であれば魔術かもしれないが、今はお互い魔術行使無しの約束。と思っていたら一瞬力を抜いた拍子に、両手で防御をしていた筈の右手が左横から攻撃に転じてくる。足に力を入れ後方に跳んでそれをやり過ごせば追いかけるようにアルマが向かって来た。いい瞬発力だと思う。だが、来るのは予想済。
「遅いっ」
「っ?!」
直後にアルマに向かって跳び、同じように得物を繰り出せば、左でそれをいなし、右上から枝が振り下ろされる。繰り出した枝を一気に引込め、振り下ろされた枝を防ぎそのまま弾いた。驚いた表情を浮かべるアルマのがら空きになった胴。
まずい、と顔に書いてある彼女に問答無用で横腹を打ちつけようとして。
「ちょっ、又やってるのっ?!」
リオンの声が月明かりの下、林に響いた。
メサルティムを後にして既に数日。俺達はセレッサさんに告げた通りの首都ハマルに向かってはいなかった。
リオンに「何でっ?!折角セレッサさんから綺麗な玉貰ってたのにっ」と非難されまくったが、目的はあくまでも竜の域。ついでに言えば、手始めに向かう場所は12領の外。12宮からの恩恵を極端に受けていない場所を目指す予定なのだ。
「竜の域は恐らくこの12領内には無いと私は思ってるんだよね。もしどこかの領に竜が住んでいるとしたら、幻でも何でもないでしょ?発見されないという事は、探知されない場所にある。だからとりあえずは加護の届かない場所に行ってみようってこと」
アルマの推測を確認するために、魔術学院を出立した。面倒事を押し付けられそうだったから丁度良い口実だったかもしれない。
更に魔術学院から移動する際に行きやすかった理由で始まりの宮である白羊宮領に降り立ったまでの事であり、神殿蔵書を確認する予定も当初には無い。巫女セレッサに述べたのはその場の適当な理由付だ。と言いつつも、あまり世界を巡る機会等が無かったから観光気分で巡ってもいい。が、先日の神殿で起きた魔族の一件で、魔術学院に居所を感知された恐れが高いのに、わざわざ魔術学院関連者に出くわす可能性の高い場所に足を運ぶ必要も無い。下手に出くわし、帰還を言い渡されるのは面倒だ。アルマも同意見なのだろう。当初は観光気分を匂わせてあっちへ行き、こっちへ行き、土地の郷土料理を食す事を楽しみにしていたが、現在はリオンに地図も取り上げられ大人しく俺とリオンの後を大人しく着いてくる。お陰で迷子にならずに済んでいる。リオンにはメサルティムを後にした時に家に帰れと告げたのだが、気付けば同行することになっていた。あれか、首都ハマルの方向を決定する時に真逆の方向を指して進もうとした所、御人好しの過ぎる彼には見過ごすことができなかったらしい。その後も野営時に簡単な食事ながらもちゃんとした料理を作ってくれたり、最近はいつの間にか天幕まで作り上げたりと旅慣れしている様子が伺えた。今まで魔術結界を展開して雨水等を凌いでいたのだが、やはり休む際に魔力行使をしないで済むのは助かるものだと認識した。いつもは鍛錬もかねてアルマとの手合せで負けた方が魔術結界を展開する等としていたのだが、今では純粋に鍛錬の目的でアルマと相対している。
そして今日も今日とていつもの手合せをしていたのだが。
「リオン、寝てたんじゃないの?」
ザザッ、と足元の草木を踏みしめアルマが後方に着地した。
今日の鍛錬はこれで終いかな、と打ちつけようとしていた枝を肩に担いで声のした方に体を向ける。そこには予想通り月明かりに照らされて白銀に光るリオンの姿。獅子族の中でも恐らく珍しい白獅子。その腕にはウラガンが欠伸をしてのんびりしているが、反対にリオンの顔は心配そうだ。
「もう!目が覚めたら二人とも又いないし、この前も言ったけど怪我でもしたらどうするのさっ」
ぷんぷん。そんな擬音が聞こえてくるような物言い。彼の尻尾までぴんと立ち上り事実怒っていると思われる。
「怪我はしないようにやってるから心配するなよリオン」
「嘘付けソル!この前アルマに思いっきり打撲痕作ってたじゃないか」
「それ位治せるからあんなん気にしちゃ駄目だよリオン」
「気にしようねっ?!アルマは女の子なんだから少しはねっ」
あーはいはい、と兄妹揃って頭部をかく。中々どうしてこの獅子族は過保護だ。
俺達にとってはいつもの事なのだが、どうやらリオンにとってこのやり取りは普通では無いらしい。リオンが初めて俺達の手合せを目撃した時半泣きになって止めに入られた。「兄妹喧嘩は駄目だよぉっ!」と突進もいい所。危うく俺もアルマも吹き飛ばされる勢いだった。獅子族の力を忘れているんじゃなかろうかリオンは。
「何?のけ者にされて寂しかった系?」
「なんだ、じゃあ三つ巴で手合せでもするか?」
「あー!!もうっ!話通じないな二人ともっ!!」
にやにやとアルマの楽しそうな様子にとりあえずリオンも誘ってみる。しかしご期待に添えなかった模様だ。空を仰いで唸るばかり。
「それに町にも入らず街道をそれとなく避けて野宿ばっかりで人目に付かない辺りでこんな大騒ぎしてたら盗賊が襲って来たり、側にアジトとかあったりで危険かもしれないよっ?!少しは安全な旅を考えておくれよー!」
うわーん!とウラガンを抱えると言うより抱き込み喚くリオンに、腕の中の幼竜は“何々どうした?”とリオンの顔を覗き込んでいる。そんなに街道を真直ぐ移動しなかったのが嫌だったのだろうか。「リオーン戻ってこーい」等と楽しげにに返すアルマに尚更説教臭い物言いが飛んでいる。しかしリオンは一つ勘違いしている。
俺達兄妹が街道を真直ぐ行かないのには理由がある。1つ、街道を進んでいるともしかすると魔術学院関係者に会う可能性が出てくる。2つ、俺達は今野盗や盗賊が居そうな場所を敢えて選んでいる。
と、泣きわめいていたリオンから音が消え去り、彼の耳がぴくぴくと音を拾った。
「ソル」
「な、なんか一杯集まってるよ・・・」
「あぁ」
アルマも気配を察知したのだろう。林の奥に目を細める。まだ月明かりに照らされず、その姿形は視界には映らないがかなりの数がこちらに向かっているようだ。僅かに金属音が葉のざわつく音に紛れて聞こえることから、リオンの危惧していた事態、に違いない。喚いていた当の本人がそのことに気付き耳をぺたりと垂れさせびくついているが、お前獅子族だろ。普通の人間なんぞあっという間に蹴散らせるだろうに。
「ちょ、僕は平和主義者なんだよっ、争うのは苦手なんだよっ」
そうこうしている内に奴らは姿を現した。
「おう、なんか騒がしいと思ったら旅人かぁ? しかもたったの3人と来たか」
「抵抗しなきゃ殺しはしねぇよ、有り金全部置いてけお前ら」
「頭ぁ、女ですぜ、お、獣人もいらぁ。こりゃ奴隷市場で高く売れるんじゃねぇすか?」
わらわらと奥から出てくる出てくる。その数はざっと40人程か。軽装ながらも色々と修羅場をくぐったのか、はたまた奪った物が傷だらけだったのか、その出で立ちは一言厳つい者ばかり。顔に傷があるものや、スキンヘッド、むきむきの筋肉質の野郎ども。各々が得物を持ち、その風体は立派な「野盗です」と言うような者ばかり。
「ほら言ったじゃないかソルー!どうするんだよぉっ!」
慌てて俺達兄妹の間に駆け寄るリオン。反対に俺達兄妹は楽しげに口元を緩ませる。
「あんた等もしかしてここら辺にアジトでもあるの?」
「あぁ?何言ってやがるこの女。それがどうしたってんだ、大人しく着いてくるってか?」
アルマの質問にげらげらと下卑た笑いを告げる盗賊共。その解答は即ち肯定。
鴨 決 定。
ぽい、と手に持つ二本の枝を大地に放り投げるアルマを興味深げに見る野盗共。「どうしたどうした嬢ちゃん着いてくるのか?」等とほざいているが、アルマの横顔は楽しげな笑みを浮かべているだけ。その目は得物を見つけた獰猛な獣に見えるだろう。リオンが野盗達では無くアルマに対しびくついているのがいい証拠だ。
「ア、アルマ?なんか不穏な気配を感じるんだけど?に、逃げた方が」
「逃げる?冗談言うなよリオン。 ―――捕り物開始だ」
ぱきり、と小枝を踏みしめ俺はリオンの横をすり抜ける。自身でもあまり良い笑みではないだろうと認識するが自然と口角が上がった。
「捕り物だとぉ?ふざけんな、やっちまえおめぇら!」
「ぎゃあっ?!」
一瞬の内に一つの悲鳴が上がる。
大勢でこちらに向かい来る号令をかけた首領の前にいるバンダナを付けた男がどさりと前のめりになった。声を上げたスキンヘッド頭の首領の視線の先にはアルマの姿。その手にはいつの間にか抜き放たれた枝では無い彼女の二刀。そしてその背後には悲鳴を上げた野盗の一人が足首を抑えて悶絶している。これは腱を切られた、かな。先手必勝といったところか。
「っな、何だてめっ・・・!くそ、やれお前ら!やっちまえっ!!」
「わぁあっ!アルマ何してるんだよぉっ?!」
「リオン、来るぞ」
急襲とも言える突然のアルマの攻撃に頭と呼ばれていた首領は慌てて手に持つ大剣をアルマに向けて振り下ろす。余りにも単調な一手。アルマは振り下ろされる大剣を苦も無くすり抜け奥に居る野盗達の中へと進んでいく。致命傷にはならないように狙うのは足か腕。時折見事な蹴りや同士討ちを狙い舞うように野盗どもを蹴散らしていく。さすがに何度も大勢とやり合うようになっただけあり、その動きは手慣れたものだ。
「何度もってどういうことだよソル?!君達いつもこんなことしてんのっ?!」
隣でリオンが向かってきた野盗一人を見事に殴り倒す。顔の原型保っているのだろうか。脳震盪程度で済んでいればいいが、少々テンパるリオンは力加減ができなさそうだ。
「路銀を貯めるのに丁度よくてさ。貯め込んでるじゃん、こういう奴らって」
「何してるのさ君達ぃいっ?!」
悲壮な表情を浮かべながらも、向かってくる相手の攻撃を綺麗に見切るリオン。獅子族は身体能力以外に動体視力も優れているようだ。
リオンの腕にいたウラガンもすっかり目を覚ましたのか時折強烈な竜の息を繰り出し木までなぎ倒している。少しやり過ぎだ。寝起きで機嫌が悪いのかもしれない。そんな分析をしつつ向かってくる相手をいなしていると横から矢が飛んでくる。首を後ろに仰け反らせてそれを避ければ、先にいた野盗の一人に突き刺さる。飛び道具を使う奴もいたのか。月明かりで明るい夜とはいえ、随分と夜目が利く。
視線を向けて気配を辿る。魔力の流れを感知するのと同じように、人の気配を辿る。目には見えないが、それを見つけるのは容易い。悪意を向けられていれば尚更。この場に居る野盗達全てが俺達に敵意と、それから焦りも含めて存在している。焦る位であれば逃げればいいと思う。
逃がすつもりも無いんだが。
一息吸い、呪文を唱える。火の元素に助力を得、周囲にある生命の流から大地に溢れている魔力と自身の魔力を融合させる為に。
「 共鳴せよ 全能なる泉 呼び出したるは紅蓮の焔 導きたるは我が意志 」
周囲の空気が震え、熱を帯びる。後は魔力の流れをコントロールし望む形を作り出すだけ。
「爆ぜろ 爆裂球」
弓矢を構える野盗の目前、その他ありとあらゆる野盗の前に小さな球体が生み出される。
「ちょ、ソルっ?!」
アルマが相対していた野盗のすぐ側にも同じように小さな赤い球体が出現し、目を見張ったのも束の間。
それは圧縮された途端に強烈な光と衝撃を放って破裂した。月明かりとは違う明るさと、爆風とが林を駆け抜ける。
その光が収まった後に広がるのは野盗達の死屍累々。と言っても、死んではいない。唯光で目をやられ、身体には衝撃を食らい、もしかすると火傷を負っている輩もいるかもしれない。少々焦げ臭かった。やり過ぎたか?
あちこちから上がる呻き声が少々不気味な様相を際立たせているようだが、皆生存している。さっさと拘束でもして街道に放り投げておくのがよいだろう。
「私も巻き込む気かっ!」
周囲の様子を見ていれば予想通りにザンっ!と立っていた位置に刃が刺さった。先程の爆風から上手く逃げたのだろう、アルマが怒りの形相でそこに居た。
「お前は普通に避けるだろ? 大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫っ?!爆風に巻き込まれて死ぬかと思ったわ!!」
そう言うアルマの様子はどこも火傷も負っていなければ、服にも塵一つ着いていない。日々の鍛練が身になっている。流石、と言えるだろう。返す言葉も自然と適当にもなる。心配する必要性も無いのだから仕方がない。
「・・・・・君達って本当に何?やる事が無茶苦茶で僕着いていけないよ・・・」
「そう?悪党やっつけて、ついでに旅の資金蓄えてるだけだけど」
「最近余り盗賊にも出くわさなかったからな。大分持ち分が減ってきてたから丁度良かった」
魔術学院所属の集会所に行けば預金を普通に下ろすこともできるが、如何せん現在はこっそり抜け出した身。記録を残し、簡単に自らの所在地をばらすような事をしない為にも預金に手を出してはいなかった。となると稼げる手段は集会所で仕事を引き受けるか、何処かで就職するか、あるいは悪党退治。
「さってと、とりあえずアジトでも教えてもらってお宝探しでもしましょーかね」
「アルマその縄みたいなのどっから出したのさ」
「リオンも手伝え」
そこら辺に転がってる野盗達を引きずってきてはアルマ手製の魔力縄できつく縛り上げる。一定の条件を満たした場合に解除される命令式を組み込んだ特注品。俺にはここまでの芸当はできないが、アルマは二刀を鞘に収めた途端に縄をどこからか取り出し作業を開始していた。
「アジトはここから数十メートル先の場所だってさ」
「そっか。じゃあとりあえず向かうか」
「君達って容赦無いのね」
縄で縛られたスキンヘッドの男、野盗の頭の両頬が面白いくらいに膨れ上がっている。アルマが笑顔で引っぱたいた後だ。容赦が無いと言うのであれば俺では無く妹の方だろう。
「なーに?二人とも」
にっこりと笑顔で返されればリオンと共に顔を反らすだけである。
今は路銀確保の為にも提示された場所に行くとしますか。
「ウラガン、君もお疲れ様〜」
ばさりとアルマの肩に翼を休めに来たウラガンに労いを掛けると、幼い白竜はアルマに顔を摺り寄せるのではなく、ぴくりと背後を振り返った。妹に懐きまくっているウラガンにしては珍しい行動。しかし、それに関しては俺達も歩みを止める。
明らかにここらに転がっている野盗共とは違う視線を感じる。リオンも気付いたのだろう、尻尾に耳、毛も逆立てて警戒しだす。
気配は2つ。こちらを伺うように身を潜めてはいるが。残念ながらばればれだ。
「誰だ? 出てこいよ」
アジトの方向とは真逆。その方向に声を投げる。
ざぁああ、と風が木々の間を吹き抜け、雲で月が隠れた。暫しの静寂が訪れる。リオンの唾を飲み込む音が聞こえる位の。
これ以上待たせるのであればこちらから向かっても構わない。アルマが。
「をい」と当の本人が半眼で見据えてくるが、その抗議は別の声によって遮られた。
「ここで会ったが百年目ぇっ!ソルヴェントス!いざ尋常に勝負!!」
風が吹き、雲が流れ月明かりが辺りに広がる。
そこには俺を名指しにする仁王立ちになった金髪碧眼の見目麗しい一人の男。
はためく外套には見たことがある紋章が刻まれていた。魔術学院に在籍する者を示すソレ。
その意味する事、即ちその男が招かれざる客であるという事だ。
戦闘大好きです。自己満足充足。
そして新キャラ登場。
が、出すはいいけど個性が出せるかどうか常に悶々。
閲覧ありがとうございました。




