↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥かなる居場所 その値段  作者: 茶川屏
第三章 1999年 Revenger,again
79/91

第十八節

『…20%ですか?』

 電話先の若い男の声には疑いがあった。

「なんだ不満か?」

 遼太郎は顔をしかめた。

『いえ、逆です。20%で済んだんですか』

「正確には、ブラックストームが議決権付き株式20%。西尾興業が追加で5%。それと、外部役員1名の受け入れです」

 ベッドの上。

 隣に座るユーリが訂正した。

 声はやや冷たい。

 いや、疲れている。

 ポスッ。

 ポスッ。

 手持無沙汰なのか、ユーリは枕を叩いている。

 それ…富田兄ちゃんの枕やで?

 窓際の広縁。

 椅子に座る富田を見た。

 文庫本を手に乾いた笑いをしていた。

『それでも十分です!』

 電話の主、ニコラス・ペイジの声は明るい。

 十分、か。

 頑張った甲斐があった。

「第一弾の1000万ドルは6月、第二弾の1000万ドルは12月、残りの500万ドルは俺から来年2月に出す。それで良いな?」

『勿論です』

「7月には外部役員が着任するらしい。デスクの準備をしておけよ?」

 間があった。

 電話口で物音がした。

『ボス、あの…その役員の方は…』

 女の声だった。

「サーシャ、実務のプロという要望は聞いてもらえたから安心しろ。情報と会社作りのプロを選任するらしい」

 情報と会社作りのプロ…ねぇ。

 遼太郎は眉間にしわを寄せた。


 昨日。

 ホテルオークラ。

 フランス料理店「ラ・ベル・エポック」。

 会食が終わるとユーリと共に中庭で伸びをした。

 緊張で体がバキバキだった。

 会場に戻るとメリーとヨシノが待ち構えていた。

『シール、LAMPのロイヤリティ代わりがまだだったな』

 メリーは悪びれも無く髭を弄っている。

 やっとかいな。

『情報分析官だろ? ジョニーにも催促したんだがな』

 情報入手経路の偽装。

 日本経済新聞。

 ウォールストリートジャーナル。

 フィナンシャル・タイムズ。

 ワシントン・ポスト。

 怪しまれないための新聞。

 購読料は案外馬鹿にならない。

 さっさと止めたかった。

『喜べ。ヨシノが逸材を見つけてきたぞ』

 メリーはそう言ってヨシノの肩を叩いた。

『西尾様、遅くなって申し訳ございません。人選に手間取ってしまいました』

『逸材って?』

 ユーリが口を挟む。

 ヨシノが掌を広げる。

『はい、まず情報収集、分析能力に非の打ち所がない人物』

 指を一本折る。

『次に西尾様の拠点が日本であることから日本に明るい人物』

 指を一本折る。

『最後に西尾様がスタートアップ企業に力を入れておられるので、会社作りに精通している人物』

 指を一本折った。

『これらの条件を満たす人物を選出しました』

 ヨシノの声からは自信を感じられた。

『待ってください、そんな凄い人材がいるんですか? それに情報収集とかに非の打ち所のないって、まさか…』

 ユーリが言い淀む。

『ええ、中央情報局出身者です』

 ヨシノが声を潜める。

『名前は、ネイサン・ヒロカワ。日系です』

 中央情報局。

 CIA。

 ジャック・ライアン。

 イーサン・ハント。

 火が付いた導火線。

 ミッションインポッシボォウ。

『スパイってこと!?』

 ユーリと声が被った。

 声が大きくなってしまった。

 メリーが人差し指を口の前にかざす。

『声が大きい。勘違いするな。本人は実務屋だ。工作員じゃない』

 メリーが鼻息を荒くした。

『だが、CIAだけあって中々タフだ。こき使え』

 そう言って薄ら笑いを浮かべた。

 悪い顔や。

 ヨシノが口を開く。

『それから、本人の了承が得られ次第、Gagoyleの外部役員を兼務させたいと思っています』

『兼務?』

 思わず声が出た。

 メリーが顔を寄せてくる。

『シール、はっきり言おう。下手な人間に役員を任せて何かしでかしたら、お前らが牙を剥いてくるんだろう?』

 牙…?

『まぁ、怒るかもしれないなぁ』

『お前らコンビと渡り合って、Gagoyleの学生どものお守りもする』

 メリーが豪快に笑う。

『そんなガッツがあるのはCIAしかないだろう?』


『情報と会社作りのプロってどんな人なんですか?』

 スピーカーモードのPHS。

 そこからニコラスの声がホテルの部屋に響く。

 本当のことを言うべきか。

 遼太郎は頭を掻いた。

 部屋の主である富田と目が合った。

 きょとんとしている。

 最近は何を言ってるか理解できるようになったらしい。

 …この場で知らせたら知らせたで面倒くさそうやな。

「なんでも政府で働いていた凄腕だそうだ。どんどん頼れ」

 ふと隣のユーリを見た。

 あーあ、言っちゃった。

 そんな顔をしていた。

 ベッドに寝転がる。

 疲れた。

 ベッド脇のサイドテーブル。

 そこに埋め込まれたデジタル時計。

 5月5日 21:38を示していた。

 サイドテーブルの上には、明日の帰路で着るであろう服。

 綺麗に折りたたまれて置かれている。

 部屋を見渡した。

 壁のフックに掛けられたスリーピースのスーツ。

 空気清浄機。

 小さな冷蔵庫。

 キャリーケース。

 整っていた。

 …俺らの部屋とは大違いや。

 父が散らかした衣服。

 母が無理やり詰めたキャリーケース。

 栞が買い込んだ土産の山。

 スタシア親子の部屋もどっこいだった。

『ボス』

 ニコラスとサーシャの声が重なる。

『この度はありがとうございます』

 二人の声ははっきりしていた。

「良いってことよ。ただ、これからが大変だぞ?」

『はい、覚悟の上です。皆さんの期待は無駄にしません』

 覚悟、か。

「きちんと報告も忘れないように。泣きつくのは仕方ないですが、早めの連絡を」

 ユーリが口を挟む。

 富田の枕を抱きしめている。

『勿論です、ミス・ユーリヤ』

「財務報告は私と母も見てますから。新しい役員とも上手くやってください」

 ん?

 母?

 思わず起き上がった。

『え、ミス・ユーリヤとスタシアさんって親子なんですか?』

 ニコラスの声に戸惑いが混じる。

 ユーリの顔が歪んでいる。

 やっちまいよった。

『スタシアさんって結構年増?』

 サーシャが食いついた。

 年増は禁句や。

 スタシア親子に効く。

 ユーリがPHSに飛びつく。

「あーあー、もういいです! そっちは深夜?いや、朝か。二度寝でもしてなさい!」

 通話を切ろうとする。

「じゃあ、頑張れよ」

 急いで声を掛けた。

『え、あ、はい、頑張りま――』

 通話が切られた。

 ユーリは俯いている。

 首筋は真っ赤だった。

「ミス・ユーリヤはネズミーランドでお疲れでちゅね~」

 ユーリが顔を上げた。

 顔も真っ赤だった。

 構わず続けた。

「ビックリシタダーマウンテンに乗りすぎまちたかぁ?」

 ネズミーランドのビックリシタダーマウンテン。

 コースターとしては優しい部類らしい。

 そんなの嘘だ。

 コースターは苦手だ。

 苦手だと知ってるくせに。

 5回も付き合わせやがって。

 隣でケタケタ笑いよってからに。

 煽ってやった。

 いい気味や。

 その瞬間。

 衝撃と暗転が襲って来た。

 枕だった。

「うるさい、クソガキ!」

 ユーリはそのまま飛びかかってきた。

 やりやがったな。

 ユーリの笑い声。

 楽しくなってきた。

 二人が絡み合ったまま、ベッドの上に転がる。

 投げつけられた枕を外すと…。

 目の前にはユーリの顔があった。

 顔が近い。

 頬は紅潮している。

 目が合う。

 ユーリの目が泳いだ。

 この顔に昨日も助けられた。

 二人で成した共同作業。

 ブラックストームの上場話の把握。

 撤退ラインの設定。

 攻め役と逃がし役もちゃんと決めた。

 55%の吹っ掛けは予想外だった。

 ユーリの機転で跳ねのけられた。

 仕事もできて好いてくれる。

 ほんま、ええ女やで。

 唇をわずかに開く。

 ユーリは拗ねたように唇を尖らせる。

 まんざらでもない表情。

 二人は吸い込まれるように唇を…。

「オホン!」

 わざとらしい咳が聞こえた。

 二人は即座に顔を離した。

 咳の方向を見ると栞が仁王立ちしていた。

「遼太郎、ユーリさん。そういうことは二人だけでやってもらえませんか?」

 声に険がある。

「富田、あなたは何ぼーっと見ているのですか?」

 富田は我に返ったようにビクついた。

「あ、いえ、映画のワンシーンみたいだったので、見入ってしまいました」

 富田も顔を紅潮させている。

 お子様には刺激が強すぎたかな?

「栞ちゃん、随分と戻ってくるのが早かったね?」

 ユーリの声が冷たい。

 そこまで怒らんでええやん。

 栞が鼻を鳴らした。

 そして、冷蔵庫を開けた。

「ええ、スタシアさんたちが甘いものが食べたいと言い始めたので」

 栞は中からキットカットの袋を取り出した。

「それ、ウチの!」

 チョコが溶けないよう、ユーリが入れておいたものだった。

「いただいていきますね? ユーリさんは大人ですから、こんなお菓子は要りませんよね?」

 栞が楽しげに尋ねた。

 ユーリは唇を噛んでいる。

「…どうぞ。年下に譲ってあげるよ」

 声には感情がこもっていなかった。

 目は据わっていた。

 明日、帰るんやから喧嘩すんなや。

「喧嘩す――」

 口を開こうとした。

「あ?」

 二人の声は合っていた。

 それ以上、開かなかった。


 栞がキットカットを手に戻ろうとした時。

 トンッ。

 トンッ。

 ノックがした。

 栞がドアを開ける。

 父だった。

「すまん、ちょっと助けてくれ」

 普段より一層情けない顔をしている。

 母が嘔吐でもしたのだろうか。

 吐くほどの本数は買ってなかった気がした。

「ビニール袋ですか? 今日は抑えてたのに早いですね」

 栞が部屋のゴミ箱からビニール袋を引っこ抜く。

 隣を見ると、ユーリもベッド横のゴミ箱からビニール袋を取ろうとしていた。

「いや、戻しはしてへんねんけど…」

 父が言い淀む。

「じゃあ、なんですか?」

 栞が圧をかける。

「べろんべろんやのに風呂行く言うてんねん。二人して」

「ママも?」

 ユーリが反応する。

「せやねん。止めるの手伝って欲しいんや。さっき部屋に押し込んできたんやけど……」

 その時。

「ごうぞぉ!風呂行くぞぉぉ」

「私のユーリちゃんはどこでちゅかぁぁ」

 廊下から声がした。

 父の苦労は無駄だったらしい。

 ため息が聞こえた。

 誰がしたかは分からない。

 自分かもしれない。

 皆が声のする方に歩き始めた。

 これからの事よりも、あの酔っ払いたちをどうするかが悩ましかった。

基本的には好き勝手に書いております。

ただ、評価をいただくと露骨に喜ぶ程度には俗物です。

「面白かった」「続きも読みたい」と思っていただけましたら、ページ下部の☆評価で応援いただけると、たいへん筆が乗ります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。