表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/54

39 混沌のその先へ行け

夕食後、お勉強タイムがやってきた。

......ケンちゃんが心なしかウキウキしているように見える。

気のせいかもしれない。本当に気のせいかな?


ケンちゃんが用意してくれた、目の前にある語学のテキストは、相変わらず抽象の暴力みたいな文字で埋め尽くされている。

私はカウンターテーブルに突っ伏したまま、顔だけ横に向けて呻いた。


「......ねえケンちゃん。これ、初心者コースっていったよね?」

「はい。もちろん初心者向けです」

「初心者向けで“音のない音”が出てくる世界、絶対おかしいと思うんだけど」


ケンちゃんは少し考え込むように首を傾げた。


「師匠......もしかして、概念文字が“動いて”見えたりしませんか?」

「動く!? 文字が動くの!? えっ、そんなホラー要素があるの!?」

「いえ、動くというか“揺らぐ”といいますか。

使う者の心の向きが定まらないと、文字が落ち着かないのです」


「落ち着かないのは私の心なんだけど!!」


犬モンたちが、そっと視線をそらした。

“また始まった”そんな顔だ。もはや夜の風物詩。

ケンちゃんは、そんな犬モンたちの空気をまったく読まず、真剣な顔で続けた。


「師匠の心がざわついていると、文字もざわつきます。ですから、まずは深呼吸をして......」

「いや、深呼吸しても“水の影”は読めないよ!? 影だよ!? 影を読むって何!?」

「影は“存在の証明”ですから」

「だからその証明がわかんないんだってば~」


私はまたカウンターに突っ伏した。

突っ伏しすぎて、そのうちカウンターと一体化しそうだ。

ケンちゃんは、そんな私の背中を撫でながら、さらに優しく言った。


「大丈夫です。焦らなくていいんです。師匠はとても感覚が鋭いですから、きっと“音のない音”もすぐに聞こえるようになりますよ」

「聞こえちゃダメな音じゃないそれ!? 幻聴の領域じゃない!?いや、アラフィフだから耳鳴り!?」

「幻聴ではありません。“世界の根源的な振動”です」

「だからその根源的な振動ってものはなんなのさ~」


ケンちゃんは、私の叫びを受け止めるように、ふっと微笑んだ。


「では、まずは“風の気配”だけに集中してみましょうか。風が通り抜けるときの、あの......ほんの一瞬の、肌に触れるか触れないかの......」

「ケンちゃん、それもう文字じゃなくて詩なんだよ......!」


犬モンたちが、ついに耐えきれず、ぷるぷる震えながら笑いをこらえている。

私は、カウンターに顔を押しつけたまま、かすれた声で言った。


「ねえケンちゃん。

“あいうえお”って、偉大だったんだね......」

「はい。そうですね。あの単純さは......とても扱いやすいと思います」

「単純って言っちゃったよこの子ってば!!」


ケンちゃんは、そんな私の絶望をよそに、朗らかに、そして明らかに嬉しそうに言った。


「では師匠。今日の課題は“風の気配”の概念を理解したら“水の影”との区別へ移りましょう」

「最初の一歩が、”気配”とか”影”とか......もう入口からカオス!!」


リビングに、私の悲鳴が虚しくこだました。


ケンちゃん、それ、絶対初心者向けじゃないと思うよ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ