王子の真実
王子の真実。
シーナは心の内で繰り返した。ネロ王子の、真実。
今年で御歳14となるかの王子は、人前へ出ることを厭い、戦場での最低限のセレモニーにすら、ただ一度しか顔を出したことは無い。それも二年前の話だ。元々病弱らしく、戦に向けての姿勢が低いのもあるのだろう。とにかく、シーナが彼を見たことは、唯一あの戦前会だけだ。
シーナは顎を引いてロナウドを見据えた。
「・・・父上」
「正直に言え、シーナ。ここには私とお前しかいない」
シーナは一瞬目を伏せた。遠慮からではなく、父に心を見透かされたことに恥じ入ったからであった。肉親とはいえ、戦士が胸の内を見透かされるなどあってはならない。まだまだ、鍛錬が足りない。
だがシーナは恥を押し込み、再び視線を上げた。父の、空を舞う鷹のような瞳がシーナを容赦無く射抜く。足元が揺らぐ錯覚を覚える。しかし正直に言えと言われた以上、偽って逃げるわけにはいかなかった。
一度だけ王子を垣間見たあの日。
剣を握り、戦士達に激励を与えよと王から命じられ、壇上に立った幼い彼を見、シーナは足の力が抜けたのを覚えている。
こんな、王子だったのか。
思わず口から零れそうになった言葉を、乾杯の合図で酒と共に喉に流し込んだ。
「ネロ王子は・・・私は一度しか拝見したことはございません。二年前のことです。王子が御歳12の時でした。まだ幼いとはいえ、12におなりになっていながら、あの剣の使いよう・・・。実践で用いているのを見るまでもありません。王子は・・・」
蚊の無くような高い声に、皆無言で耳を貸した。彼らにとってもシーナ同様、初めて見る姿だったのかもしれない。その目で、その瞳で、彼を記憶に留めようとしていたのかもしれない。
たどたどしく、いかにも自信がなさそうに、挙句の果てには言葉を間違え、宛がわれた台詞を忘れ、顔を真っ赤に染めながらも必死で語る王子、ネロ。最後の最後は、締めとも思えない締めで激励を終え、ちぐはぐに剣を振り上げた。あれほど気が抜ける掛け声も、他に無い。
エリアル、万歳。
我が国エリアルに栄光あれ。
「・・・剣を全くお使いになれない。おそらくあの様子からして、魔術も同様でしょう。あって本から抜き取った知識が少々・・・。二年経った今、少しは成長しているかもしれませんが、それでも・・・一国を任すには、不足でしょう」
「その通りだ。一言付け加えるとしたら、二年前も今も、全く進展が見られないことだろう」
ロナウドは頷くでもなく、深く静かに息を吐いた。
「お前が、王子の妻としてすべきことは二つだ。一つ。剣士として、ネロ王子に始終降りかかる災難をなぎ払う。二つ。剣士として、王子に剣や魔術などを出来るだけ習得させる。・・・まぁ、もちろん妻となる以上、いずれ跡継ぎも生んでもらうがな。先の話だ。まずは剣士として身体を動かせ」
シーナは遠く、父の頭上に開かれた窓から空を見やった。耳を澄ませば、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。現実を現実だと思わせ、かつ心を、この重苦しい空気に満ちた部屋から追い出してくれる空。無駄に騒ぐ胸を落ち着け、冷静になる瞳を貸す空。
「父上。少しだけ時間をいただけませんか。・・・承諾は致します。ただ、ほんの少しだけ、心の整理をしたいのです」
ロナウドの咎めるような瞳に、シーナは言葉を継ぎ足した。ロナウドはしばらく考え込む風を見せたが、やがて頷いた。
「良いだろう。しばし時間を与える」
「ありがとうございます。・・・では失礼致します」
シーナは一礼すると父に背を向け、歩き出した。扉を開こうとした丁度その時、ロナウドが思い出したように言葉を投げかけた。
「そういえば今、ネロ王子が我が屋敷にいらしている。お忍びなのでご自由に散策していただいているが、夜までにはお帰りになるそうだが・・・もう会ったか?」
シーナは振り返った。父を見、ちらりと窓から空を見る。一瞬、先ほどの少年の姿がよぎった。
「いえ、まだです。もしお会いできれば光栄ですが」
シーナはほんの少しだけ、笑みを浮かべた。どうして笑んだのか、自分でも分からなかった。
*すごく今更で恥ずかしいのですが、私、実は今受験を控えていまして・・・。なので、元々遅かった更新が、しばらく絶えてしまうことかと思います。ここまで読んできて下さった皆さん、ありがとうございます。どうか温かい目でこれからも見守っていただけたらと思います。申し訳ありません。お気に入りなどから外さないでいただけたら本当に嬉しいです。




