王と宰相の密談
北大陸、セイレーンで最も強大と謳われる国、エリアルの王宮の一室で、男二人が密やかに、テーブルを挟んで談義を交わしていた。一方は綺羅綺羅しい冠を戴き、豊かな口ひげが顔の半分を覆った男。残る半分の肌は土気色で、傍目からみても健康とは言えない。
もう一方の男は、冠こそ被ってはいなかったが、それでも身につけているものを見れば、それなりの身分であることは手に取るように分かる。最近になって皺が段々と出てきたようだが、それでも元々彫りの深い顔立ちである彼は、若かりし頃は相当の美男だったろうと思われる。
彼は眉を寄せ、どこか懸念のありそうな表情で、声を低くさせながら言った。
「王。起き上がっては身体に障りまする。どうか部屋にお戻り下さい。政務の方は、私共々、臣下が粗相の無いよう努めまする故、どうか」
「ロナルド」
王は顔も厳しく、老木のように動じる事無く宰相の名を呼んだ。それだけで宰相は、背筋をぴんと伸ばし、面立ちを緊張させた。
「今日、わしがお前だけをここへ呼んだのは、折り入っての話があったからじゃ」
王から直々の相談。それだけで、ロナルドは身の竦むような思いがした。王と共に政務を携えるようになって早10年。様々なことを語らい、個人的な悩みを聞き入れ、その都度頭を絞って解決策を捻り出してきた。だが、ここまで個人的かつ深刻そうな王の顔を、ロナルドは未だかつて見たことが無い。
王がここまで真剣になる話とは、何のことだろう。現在、南大陸の最大の国家と行っている戦争についてだろうか。ロナルドは内心頭を振った。長年の勘だが、政務的なことではないような気がした。
(まさか・・・)
ある可能性に行き着き、ロナルドはハッと息を呑んだ。
王は、自分の思惑を察し、蒼白になった宰相を横目で眺めながら、萎びた手をカップに伸ばした。
「そうじゃ。わしの息子、ネロのことなのだがな」
紅茶を引っ掛け、ほうっと深く息をつく。その仕草一つだけでも非常に重々しく、体力を用いそうな様子に、宰相は二重にハラハラさせられた。
王はカップを痙攣する手で受け皿に置くと、当代一の芸術家が作成した最高級の窓から空を遠い目で見やった。
「わしはの、ロナルド。あれほど根性も度胸も持たぬ、男気の欠片もない奴を見たことが無い」
宰相は、是とも否とも答えなかった。是と言えば王に、どこがどう男らしいのかと問いただされるだろうし、否といえば反逆人とみなされ、直ちに国を追い出だろうからだ。ロナルドは賢明だった。
「他の息子を育てれば良い話じゃった。だが子宝に恵まれぬまま月日は経ち、あやつだけがのうのうと育ちおった。こうなってしまってはもう避けられぬ。わしの死後、ネロが次代の王となろう。だが果たして、このまま息子が玉座に上がって、国は大丈夫だろうか?」
大丈夫なはずが無い。おそらく、現王が生きている間に戦争が終結することはないだろう。ネロ王子の御世まで火花は飛び移る。そして、あのネロが指揮をとればまず間違いなく・・・
「エリアルが滅びる、危機かもしれぬ」
しれない、などという生ぬるい表現では足りない。間違いなく敗戦し、主権は敵国の手に渡るだろう。このままでは駄目だ。
「そこでだ。わしは最善の一手を考えた。あの息子を変えることが出来るやもしれぬ一手をな」
王の厳しい目が、ロナルドを捉える。ロナルドは息をするのも忘れて、王の次の言葉を待った。
王は一つ、深く息を吸って吐いた後、堂々と突拍子もない一言を放った。
「ロナルド。お前の娘を、ネロの嫁にしろ」




