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干天の慈雨  作者: ゆうま
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安成晶と妹の手紙①

平凡な平和

そこまでとは言えなかったとしても

そこそこ普通の平和だと思っていた日常はある日崩れ去った


父は仕事人間でろくに家に帰らなかった

それでも父を愛していた

母も、俺も

だから母の相手をさせられても、俺は平気だった

当然母のことも愛していたから


ただ、そこだけは「普通」に当てはまらない

それは幼い頃からなんとなく分かっていて、誰にも言ったことはなかった


父が妹にさせていたことは仕事のためだと信じていた

俺は仕事をしている父が好きだったからなにも言わなかった

妹も俺が気付いていると知っていながらそのことを口にすることはなかった


多分、どこから間違いとか、そんなことはない

俺たち家族は在り方が間違っていた


それに気付いたときにはもう遅かった


長期の出張だと嘘を吐いて大きな荷物を持って出て行く父

それを母は笑顔で見送った

多分、嘘だということには気付いていたと思う

笑顔で見送ったのは必ず帰って来るという自信からか、依存心からか


妹が怪我をして学校から帰って来るようになったのはその後のこと

父が出て行ったことでいじめられていることくらい簡単に推測出来た


「美咲、辛いなら学校へ行かなくても良いんだよ」

「大丈夫。それに私には学校へ行かなくちゃいけない理由があるの」

「就職のことな」

「違う」


初めて聞いた低く重い声


「これは「未来」のことなんて関係ない。「今」の私に必要なの」


元々学校での話をしたことはなかった

だから俺はその言葉を信じた


信じた結果が、この手紙だ


美咲に与えられた部屋の机に置いてある手紙に宛名はない

自殺したと知った今、これを遺書と呼ぶ以外になにかあるのだろうか


開けるのが怖かった

この家が「そこそこ普通」でないと分かっていた美咲の手紙

そこになにが書いてあるのか、俺には想像もつかなかった


『私はいじめられていた

 でもいじめが辛くて死ぬんじゃない


 私はいじめをしていた

 でも相手の辛さを知って自責の念に駆られて死ぬんじゃない


 ただ「死なないでいる」ことに飽きただけ

 日々を消化して、なににもならない日々を消化して、「未来」を描けない


 ひとつだけ後悔はある

 でももう決めた

 私はひとりで「死ぬ」という決断をした


 さようなら』


妙に綺麗な字で書かれた手紙が美咲の落ち着きを表している気がした

かぎ括弧で閉じられた文字だけが踊って見えた

それはきっと、この考えの根本が見える会話をしたことがあるからだ


美咲なりのSOSだったのだろうか

多分違う

美咲は人に助けを求めるような人間じゃない

解決出来ないことは解決しない

そういう生き方


美咲に後悔なんて言葉は似合わない

きっと学校へ行く理由を話したあのときのことだ


美咲はなんのために学校へ行っていたのだろう


「あれ、このノート…」


一冊だけ向きが違う

なんだろう


この一冊のノートが俺の人生を左右することになる

そのことは、このときまだ知らなかった

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