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アリーのトイレー13

そんな洗面台騒動のあと、アキちゃんとシマちゃんがやってきて、トイレの洗面台と個室の境目に突っ張り棒なるものを取り付けた。

「よーし、これでおしゃれなカフェカーテンでもつけたら、完成!」

「ホントだねー」

 二人は突っ張り棒にかけるカーテンを持っていた。

 赤いビロードのようなちょっとテカっとした布で、視界を遮る効果もありそうだ。

「まぁ、じゃあ、あとでセッティングするときにつけてみればいいね」

 二人は布をかけた状態を想像しながら、とりあえず突っ張り棒だけその場に残して去って行った。

 トイレでパーティをするなんて、ちょっとバカげた人たちだなぁと我ながら思っていたけれど、僕自身、どんなふうに生まれ変わるのか、楽しみになってきた。

 みんなが色んな物を試しにくる様子が心地よかった。

 なんだろう、これまでにない興奮すら感じているようだ。

 いつもと違う雰囲気の昼休みはあっという間に過ぎ去って行った。

 外回りをしている人たちもお昼すぎにはオフィスに帰ってきたようだ

こういうイベントのある日は仕事にあまり力が入らないらしく、ダイスケ君や太田さんたちがたびたびトイレにやってきては、今日の夜が楽しみだなぁとかおしゃべりをして帰るのだった。

十七時過ぎになると、いつも通りシマちゃんがやってきた。

そうか。

シマちゃんは子どものお迎えがあるから、今晩のパーティには参加できないのかな。

 彼女はこれまでと何一つ変わらない手つきで髪の毛をまとめて、出て行った。

 働くお母さんも最近では一般的になったけれど、昔は本当に少なかったと聞いた。

 毎日朝一番に会社にやってきて、仕事をテキパキこなして、いつもあっと言う間に出て行く様子に僕はいつも見とれてしまう。

 今回のパーティに最初に賛同してくれたのも彼女だった。

 まぁ、残念だけど、仕方ないなぁ。

 今日は支店長もいないから、定期的な訪問客は彼女で最後だ。

 もうすぐパーティだなぁ、就業時間が終わるなぁとそわそわとしていると、毎朝現れるはずの掃除のおばさんが、十八時前にやってきた。

 おばさん、パーティに招待されたのかな?

 そんな風に考えている暇もなく、おばさんは朝と全く同じ手順で僕のところを掃除しはじめる。

 おばさん、朝も同じように僕を綺麗にしてくれていたんだけど、今日は二度目の掃除だよ?

 彼女の慣れた手つきは本当にきれいな動作だ。

 何一つ無駄がない。

 個室の掃除が終わって洗面台の掃除に取りかかるころ、アキちゃんが見覚えのある布を持って入ってきた。

「すいません、今日は夕方も来ていただいて」

 アキちゃんは掃除のおばさんに話しかける。

「いえいえ、そんな。お安い御用ですよ」

 掃除のおばさんが優しい、あたたかい口調で答えると、アキちゃんは本当に感謝しています、いつもいつもと付け加えた。

 ビロードのような赤い布を、突っ張り棒に通す。

 トイレの空間が二つに仕切られた。

 洗面台ゾーンと、個室ゾーン。

 これまでもなんとなく境目みたいなものがあったけれど、カーテンを付けたことで、洗面台から個室が見えなくなった。

「綺麗なカーテンやねぇ」

「これ、シマさんの手作りなんです」

「へぇ」

 掃除のおばさんも思わず手を止めてカーテンを見つめていた。

 赤くて、どこか輝いて見えるそのカーテンは、アリーのトイレの洗面台を、会社の洗面台から、どこかのホテルだかクラブだとかの化粧スペースの雰囲気に変えていた。

 カーテンをつけ終えた頃、ジョンとダイスケ君がイスを抱えてトイレにやってきた。

「それ、どうしたの?」

 会議室にあるような椅子ではなくて、細身のカウンターバーに備え付けられているようなイスを二人が運んでくる。

「見覚え、ないですか?」

 ジョンが悪戯っぽい口調で二人に聞く。

「あ」

 コーヒーの自動販売機コーナーに、窓にむかって細長いカウンターが設置されている。そこにあるイスを彼らが運んできたのだ。

「なるほどねぇ」

「まぁ全部で六つですけど、ないよりあった方がおしゃれだし」

 ジョンとダイスケ君の二人はそのイスを壁沿いに並べた。その細見のイスたちは昔からずっとそこにあったかのように、自然な形で僕の中に溶け込んだ。

 もしこのイスがずっと最初からあったら、たくさんの人がこのイスに座ってもっと世間話をしたり、寛いだ雰囲気でアリーのトイレを使ってくれていたかもしれないなぁ。

 これまでも、みんなが心を休める場所であったと信じたいけれど、こんなに素敵な空間だったら、もっともっと居心地がよくなっただろうなぁ。

 物思いにふけっていると、昼休みに結果として長さを変えたベニヤ板を持って、細貝君がやってきた。

 そしてそのテーブルの設置をそこにいるみんなが手伝った。

 さっき僕がみた板は本当になんの変哲もないベニヤ板だったけれど、綺麗な布を巻いたおかげで、立派なテーブルクロスが張られたテーブル台へと変身していた。

 洗面台四つ分のスペースが清潔感あふれるテーブルになると、みんなが口々にさすがねぇと感心しあっていた。

「さすがねぇ、山口さんは」

 みんなが感心していたのは、テーブルの綺麗さでもあったし、精密に作られたその作りそのものでもあった。

「使う人のことを考えているわねぇ」

 ほぼ掃除を終えて出ようとしている掃除のおばさんが細貝君に話しかける。

「当たり前だけれど、ここはトイレでもあるわけだから、ちゃんと使う人のことを考えて、手を洗う場所を残してあるところが立派よ」

 彼女は一番端っこに取り残された洗面ボウルで手を洗いながらそう言った。

「本当ね!!」

 その言葉にみんなが感嘆の声をあげる。

「・・・確かに」

 細貝君はそうだなぁと改めてみんなの言葉を飲み込んだけれど、本当は事件があったから洗面台一個分の空きスペースができたことは、みんなには絶対言えないなぁと一人思っているようだった。

 そりゃあ、そうだ。

 僕と細貝君、そして作った山口さんの三人しか、その事実は知らないわけだ。

 掃除のおばさんも綺麗に模様替えされたトイレを見て満足そうだった。

「こんなに変わるもんなんだねぇ」

「本当ですね」

 どこからかシマちゃんが小さなバスケットに優しい色の花が咲いているフラワーアレンジメントを持ってきて、その机の上に飾っていた。

 あれ、シマちゃん、子どものお迎えは終わったのだろうか?

 彼女が子どものお迎えに行ったのかどうかは定かではなかったが、そのついでにどこかの花屋さんでこのバスケットを調達してきたことだけは事実のようだった。

「結婚式のテーブルって言われてもおかしくないわね」

「大げさだけど、そうかもね」

 洗面台に設置されている大きな鏡が、いっそう、この空間を広く見せていた。

 鏡に映るとテーブルが二倍の大きさに見える。

確かにちょっとした結婚祝いか何かのパーティのようなテーブルに見える。

真っ白なテーブルクロスの上に、柔らかいピンクや黄色のガーベラ、チューリップが盛り込まれた優しい色合いのフラワーバスケットが輝いて見える。

 鏡の後方には、さっき運び込んできた背の高いイスの姿も映っている。

そこに大きめのシャンパンボトルが運び込まれてきた。

 プラスチックで出来ている使い捨てのシャンパングラスも出てきた。

「へぇ、いまどきこんなのがあるとは」

 みんなが感心して見ている間にジョンが慣れた手つきでグラスを並べて行く。

「柏木さんが来るまで冷やしておいた方がいいね」

 グラスがテーブルの上に並び、シャンパンが氷の入った大きなボウルに冷やされると、ほぼ準備完了とばかりに、みんなが自然と笑顔になった。

 こうしてみんなが集まっているのを見ると僕は自分がトイレだったのかどうかさえ忘れてしまいそうになる。

 みんながまだかまだかと柏木さんの到着を待ちわび始めたころ、タイミングを計ったかのように柏木さんが現れた。

「じゃじゃーん、お待たせ」

 彼女はいつもと何一つ変わらないおおらかな笑顔でアリーのトイレに現れた。

 そして大きめの白い紙袋を近くにいたジョンとアキちゃんに手渡す。

 二人はその袋の中をのぞきながら、驚きの声をあげた。

 その様子に柏木さんも満足気な様子だった。

「一応だけれど、ね」

 いくつか重ねられた大きなタッパーの中にはカナッペがきれいに並んでいた。

 小さなカナッペを大きな銀色のプラスティックトレイの上に並べて行くと、小さなバーカウンターができあがった。

 柏木さんの手作りと思われるカナッペが並んで、僕の場所はもはやトイレではなくなった。


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