第8話 乱心
時は少し遡る
ユウキがゴブリンどもを蹂躙する少し前、自分たちが守るべき姫様の命令で、スタンピードの渦中に途中下車させ、マルディス達護衛騎士一行は、青白い顔をしながら普段の2倍近い速さで馬車を走らせていた。
本来ならば久しぶりの故郷への帰省とあって心を躍らせていたのだが、今はそれどころではない。
何せ、姫さまと名も知らぬ冒険者の2人を命令とは言え、見捨てて逃げて来たという事実には変わりないのである。騎士達はこれから報告しなければいけない事案に不安と絶望を抱き、これから巻き起こるであろう事態を想像しては、顔色が悪くなるのも仕方のない事である。
馬をひたすら走らせ、魔導騎士の回復魔法の援助がなければ、到底このスピードでは王国に入る為の門まで辿り着けていなかっただろう。
魔力枯渇により真っ青を通り越して真っ白になっている魔導騎士達に心の中で礼を言い、この後の戦いで生き延びることができたなら、必ず褒美をやる。と心の中で誓い、門の前で馬を降りる。
「これはこれはマルディス様、お久しぶりでございます。随分と急いでらしたが、姫様の具合でも悪くなりましたか?」
「門番よ、それどころではない!スタンピードだ!私の言いたいことが分かるな?直ぐに各機関に伝令を出せ!」
「なんですと!?わかりました!直ぐに手配を!して、敵の数はどれほどの規模なのでしょう?」
「ゴブリンが数万だ」
「…今ゴブリンがなんと言いました?」
「数万だと言ったのだ!事は急を要する!早く行け!私は国王にこの事を知らせに行かねばならぬ!通るぞ!!お前たち!お前達もそれぞれ別れて呼びかけを頼む!任せたぞ!」
指示を聞き一斉に動き出す部下達を見届け、自分は自分の役目を果たすべく王城に向け、門に常備されている馬を走らせる。
元々国中に今日明日で姫様がお着きするという情報が流れており、門から王城までの道は、王族が乗るような煌びやかな馬車が、門に見えた瞬間に、民達は左右にはけて姫様を一目見ようと、その時を待っていたのが幸いし、通路が空いている。
半ば興奮状態の馬を走らせ、マルディスは先程の冒険者の事を考える。
彼奴は一体何者なのだ?今まで生きてきた中で見たこともない材質の服に身を包み、姫様にあのような言葉を投げかけ、脅したかと思えば、様子が一転し、それまでの態度が嘘のように柔らかくなった…あのような者を信用してしまうのも、我らが姫の懐の深さ故なのか、将又俺の見る目がないのかは分からぬが、今は奴に頼るしかないのも事実、我らが救援に行くまで姫様の事は任せるぞ、冒険者よ!
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程なくして王城にたどり着いたマルディスは、そのままの勢いで馬から飛び降り、王の居る玉座の間へと一気に走り出した。
一方その頃玉座の間には人が集まっていた。国王は勿論の事、宰相などの重鎮達や騎士団長と副団長、それと勇者達である。
勇者召喚の儀式から1日が終わり、召喚された者たちが落ち着くのを見計らい、これからの方針を決めようと、集まっていたのである。
「む?なにやら外が騒がしいな」
「陛下もお気づきになりましたか、実は私も先程から気になっていたのですが…」
陛下の独り言と取れる呟きに対し、騎士団長が反応を示した所で、他の者たちも次第に玉座の間へと近づいてくる、騒がしいといっても過言では無い音に気付き始める。
「なんかこの音ここに近づいてきてない?」
「神咲もそう思うか?」
「うん…天空くんもそうなら気のせいじゃなさそうだね…」
次第に近づいて来る騒音に対し、徐々に不安を募らせる生徒たちだが、その中で1人落ち着いて居る人物がいた。
実験室での異常事態に対し、真っ先に気がつき悲鳴を上げていた薔薇園一華である。
「皆さん落ち着きなさい。浮き足立っていると冷静な判断がくだせ無くなってしまいますわ。それと、同じクラスメイトとして、恥ずかしいのでおどおどするのもおやめなさい」
「おいおい、実験室で真っ先に悲鳴を上げていた奴がよく言うな〜」
「しーっ、高田くんそんな本当の事言ったら可愛そうっすよーー」
「なんですって!?もう一度言っーーー」
クラス内クズ代表の2人が真っ先にちゃかし、それに対し一華が過剰に反応したところで、玉座の間へと侵入者が現れた。
一華と高田たちの口論の仲裁をしようとしてた者や、その動向を見守っていた者たちは、完全に騒音に関して意識の外に追いやっていたこともあり、全員ぎょっとした様子でドア付近に転がり込んできた、1人の騎士甲冑の男に驚き、目を向ける。
「お前はマルディスではないか!おぉ、よくぞ無事に戻ってきたな!部下として誇りに思うぞ!だが、ここは玉座の間、そのような乱暴なドアの開き方を教えた覚えはないのだが?弁明を聞こうか?」
「申し訳ありません陛下!急を要する自体故、急ぎ報告に参りました!この度の不敬何卒ご容赦を!」
「よい、してマルディスよ…そこまで急いできたのには訳があるのであろう?聞こう」
「はっ!都より2時間ほどの所で、ゴブリンの大群が迫っております」
「して、その数は」
「目視だけで数えた訳では無いですが、数万は下らないかと」
「なんだと!?それは事実なのか!?」
「事実ですアウリム団長」
事実と肯定したマルディスに対し、その場に集まっていた者たちはそれぞれ違った反応をしていた。国王たちは一刻を争う事態に思考を巡らせ、勇者たちはゴブリン如きに何故そこまで慌てているのか?と
「エルよ!直ちに各所への伝令を!」
「それには及びません陛下!私がここに来るまでに各所への通達を門番や、私と同行していた騎士達に行わせております!」
「よくやってくれたマルディスよ、そしてよくこの事を知らせてくれた。私は国王としてお前の事を誇りに思うぞ」
「勿体無きお言葉」
「うむ、で?我が愛しの娘、リリアはどこだ?よもやどこかに置いて来たのではなかろうな?」
「うっ…」
言葉に詰まるマルディスに、ほんの一瞬静寂が訪れる。覚悟を決めマルディスは事の成り行きを話し出す。
「実は、スタンピードを発見し急ぎ国に戻ろうとしている最中、ゴブリンの森に向かっていた1人の冒険者を保護しようとしたのですが…」
「うむ、それは良い事だ。して、その冒険者がこの場に居ないリリアと何か関係があるのか?」
「…あります。実はその冒険者曰く、スタンピードが起きている事は知っている、それでも馬車には乗らないと拒絶されたのです。その時に姫様が馬車から降り、その冒険者と口論になったのです」
「……え?なぜだ?リリアが姫であるという事をその冒険者は知らなかったのか?」
「いえ、私が姫様とお呼びして居たことから、多分ですがわかっていたと思います」
「ほう…では、そのものを王族に逆らったとし、一時的に牢屋で頭を冷やさせておく事にするか…で、リリアはまだその冒険者と口論しているのか?」
「いえ、口論自体は姫様が泣き出した瞬間に冒険者が誤り収まったのですが…」
「ちょっと待て、そいつは姫様を泣かしたのか?」
「ええ、アウリム団長…恥ずかしながら、私達騎士も泣き出してしまった姫様を前に慌てることしかできませんでした」
プルプル小刻みに震えていた国王が、突如叫ぶ!
「ぬぉぉおおおお!!そいつは我が愛娘のリリアを泣かしたと言うか!!!そいつを連れてこい!!私自ら制裁を下す!!!!一発殴らせろぉぉおおおお!!!!」
国王御乱心、愛娘の事になると暴走がちだったが、ここまで怒り狂う国王を見たことがない。それほどリリアが泣かされたという事実は、受け止められなかったのであろう。最早スタンピードの事など忘れていそうである。
「無理です」
「何故だぁぁああ!!何故無理なんだぁぁああ!?」
そしてマルディスは国王にとって、いや周りの者にとって止めとなる言葉を告げる。
「その冒険者は姫様と共に、スタンピードの発生現場の付近におりますので、どちらかと言うと私達が向かう事になるかと…」
それまで怒り狂っていた国王が顎が外れるんじゃないかと心配になる程口を大きく開き放心している。よく見ると周りの者達も皆、それぞれ驚愕しているが、マルディスは言葉を続ける。
「その冒険者曰く、それぐらいのスタンピードなら1人で対処できる。だから逃げる必要は無い。邪魔だからさっさと行け。と言われたのですが、姫様が見届けると言い出し、姫様の命令で私達護衛騎士だけ報告のために戻ってまいりました」
放心していた国王は力なくマルディスに問う。
「……ではマルディス…お前はリリアの命で、リリアを置き去りにして来たと言うのか…?」
「はい、その通りでございます。王のお怒りはわかります!ですが、スタンピードが目前まで迫り、最早一刻の猶予もない中での判断、姫様を置いて来た事に関しては愚策です。ですが!!私は姫様が信じた冒険者の言葉を信じてみる価値があると判断し、姫様の命を実行すべく馳せ参じた所存でございます!!」
「その冒険者は信じるに値する者と、リリアがそう判断したのじゃな…?」
「はい!!この責任は全て私にあります!!申し訳ありません!!」
日本人の天空達が息を呑むほど、完璧なジャンピング土下座を披露したマルディスに、召喚組は驚愕した。誇り高き騎士が、日本人でも芸人ぐらいでしか見たことないジャンピング土下座を、完璧に決めたのである。もう一度言うが誇り高き騎士が、である。
天空は何故かマルディスに親近感を覚えたが、それは普段から親友に対し土下座をしていたからなのか…将又、日本人ぽい行動になのかは、本人も分からなかった。いや、わかりたくなかっただけだが…
「アウリムよ…今すぐ騎士団と緊急依頼で門前に集まっているであろう冒険者達を引き連れ、リリア達の元に行くのだ…リリアを頼む」
「御意!直ちに現場へ急行する!!マルディスよ!お前の判断は間違ってなかったと言うなら、俺と共に来て証明してみせろ!!行くぞ!!」
「はっ!現場へは私が案内します!!」
アウリムとマルディスが去り、静寂が訪れる中、一つのため息と共に国王が重い口を開く
「勇者様方、先程はみっともないところを見せた、申し訳ない。だがもう大丈夫だ。緊急事態故、一度この場は解散し、それぞれ部屋で待機していてはもらえぬか?不安ならば、大部屋に集まっていてもらっても構わん。エルよ皆のことを頼んだぞ」
「かしこまりました。では、皆さん申し訳ないですが私について来てください」
それだけ言い、玉座の間から立ち去る宰相に天空達も慌てて追従し、玉座の間から出ていく。その様子を眺めていた者達も、自分のやるべきことを探すため次々と玉座の間を立ち去っていく。
その中1人残る国王のエギルは1人物思いに耽る。
リリアが信じる者か…リリアは昔から悪意と善意を見分ける力があったが…ならば父親である私がリリアが信じた者を信じな訳にはいかぬか…幼い頃からリリアの騎士をして来たマルディスが、リリアの言葉を信じて行動したのだ。ならば私は私のやるべきことを果たすだけ。
それにしてもその冒険者とは一体何者なのだ?この局面を乗り切った時は、とりあえず一発殴り飛ばしてから名を聞く事にしよう。うん、そうしよう。
1人心の中に誓うエギルだが、この時既にゴブリンは一匹残らず駆逐され、愛娘のリリアがその冒険者…ユウキに特別な感情を抱いていると知るのは、もう少し先のお話しである。
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一方その頃身支度を終わらせた騎士達が門の前の広場に集まりだした。皆一様にここで死ぬかもしれないと家族に一言告げ覚悟を持って出て来た者である。スタンピードが発生するたびに同僚が殉職しているのがこの国の現状、目の前で魔物に蹂躙され食い殺されているところを目撃した者もいる。だが、自分たちの愛する国がピンチなのである。そして、スタンピードを食い止められなかった時、次に殺されるのは自分の愛すべき家族であるかもしれない。その場に集まって来た冒険者達も含め、普段では考えられないほど真剣な眼差しで、その時を待っていた。
そして、広場にアウリムとマルディスが到着する。
今か今かと待っていた騎士達、冒険者達は門の前で歩みを止め此方を見たディとマルディスに注目する。
「皆の者!よく集まってくれた!!俺はこの国を代表するものとしてお前らを誇りに思う!!話はそれぞれ聞いているであろう!ならわかっていると思うが俺たちのやるべき事はただ一つ!!愛する者を守るため!魔物を駆逐することだけだ!指揮は俺が取る!!そして、現場までの案内は俺の隣にいるこのマルディスがする!敵は魔物!だが、統率が取れていたと言うからにはどこかにゴブリンの中にも指揮官がいるであろう!闇雲に戦っていてはダメだ!近くのものと手を取り、お互いをカバーし合いながらゴブリン供を駆逐していってくれ!!では行くぞ!!!」
ディの号令にその場に集まった者達は、それぞれの武器を掲げ、大地が震える程の雄叫びを上げ、アウリムに続き次々と門の外へと飛び出して行く!予定ではすぐそこまでゴブリン共が迫っているはずだった。だがしかし、ゴブリンの姿はどこにも見えない。どころか遠くから誰か歩いて来ているのだがあれは…
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更にその頃…
完全に空気と化していた天空達は宰相に連れられ、図書館塔と呼ばれる所に来ていた、本当ならこの後にそれぞれに渡す装備品などを見繕う予定だったのだが、そうもいってられなくなってしまった。そこで、順番を入れ替え魔法についての基礎的なものを教えるために図書館塔に来たのである。
「では皆さんこの中にお入りください」
扉を開き中に入るよう促すエル宰相、勇者一行は言われるがままに塔の中へと入って行く。
「ここは図書室?でしょうか?」
「ええ、そうですユキ殿。ここには主に魔法書に関係する書物が保管されています」
「魔法…ですか…それは一体どのようなものなのですか?」
「それは今からお教えしますので、今日は皆さんに極一般的な、所謂初級魔法を使うにあたっての知識を授けたいと思っております」
「えー、異世界に来てまで勉強かよー」
「もう!天空くんはもう少し勉強した方がいいと思うよ!元の世界でも勉強あんましてないんだから!」
「うっ、そ、それはさ〜 せっかくの高校生活を勉強なんかに費やすのはもったいないだろ?」
「もう!そんなこと言ってると西音寺くんに言っちゃうけどいいの?」
「マジ勘弁してください!!勉強めっちゃ好きだわー!楽しみで仕方ないわー」
「はっはっは、お二方は本当に仲がよろしいですね。ユウキ殿はそんなに恐ろしい方なのですか?」
エル宰相が笑いながら2人に質問する
「あいつは怖いなんてもんじゃないですよ…普段は凄い優しいんですが、たまに怒らせると手のつけようがないって言うか、よく言いません?普段怒らない人程、怒るとものすごく怖いって…俺はあいつを一回だけ本気で怒らせたことあるんですが、許してもらうまでに1週間は掛かりましたよ…」
「まぁ、あの時は天空くんが100%悪いから、私からは何も言えないかな…でも、そうですね…私にとっては西音寺くんは特別な人ですかね…」
「確かにな、あそこまで西音寺が居なくなるって言った時に泣き出すとは思わなかったわ!」
「ちょっと!恥ずかしいからからかわないでよ…あっ、思い出したら涙が…」
「うぉおおおい!嘘嘘じょーだん!じょーだんではないが、とりあえず泣くのはやめてくれ!西音寺に殺される!!」
「まぁ、じょーだんだけどね」
「おい!」
「少しは反省したみたいだし、嘘泣きも効果有りってとこかな〜ふふっ♪」
「まぁ、俺たちの昔話はいいとして、エル宰相!早く魔法の勉強しましょう!周りの奴らもうずうずしてるみたいですよ?」
「ほぉ〜、皆さんやる気充分なようなので、教えるこちらとしても腕がなりますね、では初めていきます」
「まず初めに魔法とは何か…から説明していきましょう。魔法とは全ての理を捻じ曲げ、実在しない物を、私達に宿っている魔力を元に新たに産み出しているのです。先程、水晶に手をかざして貰ったと思いますが、あれは魔水晶と言って魔道具を作っている職人が水晶に対し、手をかざすことによって魔力量を測定できるように、水晶内に魔力回路を通し、『手をかざす』という条件の元発動するように仕組みを組み上げたものになります。ですので、あの魔水晶に対し、手以外の所をかざしても魔力を測定することはできません。つまり魔法とは、自分の意思で構築し、現象が起こるように魔力を流し、明確な意思を持つことによって、このように…『全ての源は火より生まれ、全てを灰燼と化す炎となれ…火球』っと、このように私どもは頭の中でイメージを作るときに、明確な現象を元にすることで発現しやすくしているのです。ちなみにこれは火属性の初級魔法です。詠唱した呪文は、人それぞれのイメージによって変わるので、自分達で考えてみてください」
魔法が発現した瞬間、すげー、やら本当に異世界に…などとそれぞれの感想が口から溢れる。
そして目の前で魔法を使ったエル宰相にキラキラした目を向け、目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ、と心の中でエルは思いつつ、苦笑いしながら次の工程に進む
「では次に皆さんステータスを開いてみてください。そこに自分の適正する魔法の属性が書いてあるはずです。確か皆さん火魔法は使えたと思いますので、引き続き火魔法でお教えしようと思います。では、まず初めに自分の中の魔力を掴む練習をしてみましょうか」
「魔力を掴む?使うのではなく、掴むのですか?」
「えぇ、いい質問です。流石皆さんをまとめる指導者だけありますね」
「い、いえ!それほどでも…」
謙遜しながらも何処か嬉しそうな氷山先生の姿に、一部の生徒を除いて皆一様にほのぼのとした気持ちになるのであった
「使うのではなく、掴むと言ったのには訳があってですね、魔法には二つの種類があるのです。一つは先ほど見せたみたいに、実際に敵に向かい撃ち放つことのできる攻撃魔法。もう一つは自分自身や物などに付与する、強化魔法です。このような魔法の事をエンチャント、そして強化魔法を使い回す者の事をエンチャンターと呼んで居ます。強化魔法の場合は自分自身や周りの人に、例えばですが今よりも倍近い速さで走れるようにしたり、補助をメインとする魔法になります。この場合は自分自身の魔力を意識して体の周りに纏わり付かせるよう意識します。こちらが魔力を掴んでいないとできないのです、魔力を掴むことができれば、もしもの時に便利なんですよ?」
「もしもと言うのは戦いの最中ってことなんですか?例えばピンチの時に一箇所に魔力を集中させると、相手の攻撃を防げたり…とか?」
エル宰相が目を見開きまじまじと天空を見つめている
「もしや勇者様は魔法を使ったことがあるのですか?」
「いえ、なんとなく元の世界で聞いたことがあったので…まぁ、聞いた相手が西音寺だったので、その時は厨二病拗らせてんなーぐらいの気持ちで聞いてたんですけど、今のエル宰相の説明を聞いていて、あいつの話を思い出したんですよね…」
「なるほど、ユウキ殿から…あの方は本当に不思議な方ですね…今勇者様が言っていた事が、私がこれから説明しようと思っていた事だったので、少しばかり驚いてしまいましたよ」
そして全員が思った、西音寺は一体何者なのか?と…詳しく知っているはずのユキは、ユウキが褒められている事にニコニコと嬉しそうにしているだけなので、何も言うつもりはないのであろう。
「おっと、話が脱線してしまいましたね。説明は今ので大丈夫そうですので、実例として見せてみましょうか。まずはこの右手をみてください。どのように見えますか?」
「えっと…白い靄?みたいなものが覆っているように見えますが…もしかしてこれが…」
「えぇ、魔力になります。魔力の流れを掴む事により自分の肉体の一部分に集中させているのです。そしてこの状態の時に、このナイフで…ふんっ!!」
きゃあ!!
うぉおお!!
ひぃぃっ!!
気合いを入れおもむろに取り出したナイフで自分の右手を思い切り突き刺そうとする光景に、思わず叫びながら目を覆うもの、必死に目をそらす者、椅子から崩れ落ちる者など…皆一様に驚いているが、その中で目を逸らさずに見ていた者はというと…
「すげぇ…嘘だろ…」
「ほ、本当に痛くないんですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ?ほら、刺さってないでしょ?皆さんも見てください、この通り掌に刺さってませんよ?これは、魔力を一点に集中させる技術で、凝魔と言います。皆さんにもいずれ使えるようになってもらいたいと思いますが、今日はとりあえず魔力の流れを掴めるようになってもらえればいいなと思いますので、皆さん頑張りましょう」
ニコニコと平気と告げるエル宰相を見て、魔法って凄いなぁと思いながら、俺も…私も…など思いを馳せ、次第にエル宰相の言葉に集中しだし、1ヶ月後にはエル宰相を越える魔法を使う者が何人も現れるとは、この時はまだ誰もが想像もしていなかったのである…