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誕生日をめぐる三つの情景

「……あのね、おししょうさま」

「何?」


 見上げたディオルの瞳を、師がまっすぐと見下ろした。


「おししょうさまのおたんじょうびっていつ?」

「確か、夏だったと思うわ……」


 小さく首を傾げて、彼女は答える。

 『大崩壊』以前と以後では、暦がまるで違う。

 彼女の生まれたのは、現在では「夏」と呼ばれる季節だった……たぶん。


「なつ?じゃあ、おれといっしょ?」

「ああ、そうね。たぶんそう」

「ふーん」


 ディオルは嬉しそうににっこりと笑った。


(おししょうさまとおれ、いっしょだ)


 アルトもユージーンも一緒にいなかったので、だからそれが何だというつっこみはどこからも入らなかった。


 ディオルは、師匠と同じ季節に生まれたという、ただそれだけで幸せな気持ちになった。




 

 ◆◆◆◆◆





「……あのね、ししょー。ししょーってこんどのおたんじょうびでなんさいになるの?」


 あっけらかんと聞いたアルトに師は微笑を向けた。


『……アルティウス』


 涼やかな声が、その真名を呼ぶ。


「……な、なに……」


 目には見えぬ圧力に、アルトは二歩、後ずさった。


「レディに年齢は聞かないものよ……わかるわね?」


 師はふわりと笑みを重ねる。

 それはとってもとっても綺麗な笑い顔だった。

 ……綺麗すぎて怖いほど。




「……ご、ごめんなさい……」


 アルトは、己が失言したことを知った。




 魔術師の年齢は、見た目通りではない。

 それは鉄則である。

 そして、女性の魔術師に老女はいない。

 アルティウス=イェール、6歳になったばかり。

 複雑な女心を垣間見た瞬間だった。




 

 ◆◆◆◆◆





「……どうしておししょうさまにねんれいをきこうなんておもったわけ?」


 お師匠様の機嫌を損ねたと半ベソをかくアルトを宥めながら、ユージーンは溜息を一つつく。

 彼らの師匠は、見たところ15歳前後の少女の外見をしている。

 一番最初に出逢った時は、もう2、3歳くらい若い姿をしていた。

 時間軸を突き破り『不老』を手に入れるほどの魔力を持つ高位魔術師はその外見を自由に変える事ができるのだから、それは不思議なことではない。

 だが、ユージーンは自分達の師匠ほど若い……というよりは幼い姿をした魔術師を見た事がなかった。

 外見年齢を遡ることができるのは、魔力が時間軸を突き破ってしまったその年齢までである。と、いうことは自分達の師匠は、驚くほど若い時にその時がきてしまったということだった。

 何にせよ、ユージーンは自分達の師匠がここにいる誰よりも力のある魔術師だということを信じて疑わない。そして、おそらくは彼らが思うよりずっとずっと年齢が上であるだろうということも予測していた。

 だいたい、女性に年齢を聞くなんて非常識にもほどがあるとユージーンは思う。


「……おんなのひとのまえではねんれいとたいじゅうのはなしはしちゃいけないんだよ、アルト」


 ディオルがおずおずと口を挟む。


(ディオでさえしってるのに……)


「だって……たんじょうびはなつだってディオルがいうからさ……。だったらさ、いまからじゅんびしてせいだいにパーティーしたいとおもってさ……」


 アルトはこしこしと目をこする。


「「おたんじょうびパーティー?」」


「うん」


 こくんとアルトはうなづく。


「……このあいだ、おれのおたんじょうびもしてくれただろう?だったらさ、ディオルのときといっしょにししょうのおたんじょうびもやればいいとおもったんだ。……おれたちが、ないしょでケーキとプレゼントをよういしてさ」


 アルトはその淡い……角度によっては金にも見える紅茶色の瞳にワクワクとした光を浮かべる。


「ケーキのどだいは、ジーンがつくれるだろ?かざりつけはディオルがやってさ、それでオレはろうそくをよういしようとおもったんだ」

「……ろうそく?」

「うん。だっておたんじょうびケーキにはろうそくがつきものだろ。ろうそくのないケーキなんてたんじょうびケーキじゃないもん。なんぼんくらいよういすればいいのかとおもってさ。ここにはろうそくってあんまりないから……たくさんよういするなら、いまからはじめなきゃいけないとおもったんだもん」


 『塔』の夜間の照明は、魔法によるランプの明りだ。

 外の世界で一般的に利用されている蝋燭や油や松明などに頼ることはなかったから、蝋燭はほとんど需要がない。何本も手に入れるのはとても難しい。


「……はっそうはよかったけどね」


 ユージーンは溜息を一つつく。


「じゃあ、ケーキはなしにする?」


 ディオルは小さく首を傾げた。


「それはダメ。ケーキのないおたんじょうびパーティーなんて、パーティーじゃないよ」

「……じゃあさ、ろうそく、1っぽんだけにすれば?」


 ディオルが二人の顔を順番に見て、提案した。


「1っぽんだけ?」

「うん。あのね、おはなのえのかいてあるろうそくとか、キレイなろうそくがあるんだよ。それを1っぽんだけかざるの」


 王宮で育っただけあって、ディオルはさまざまな珍しい物を目にした事があった。


「……そんなのどこでてにいれるの?」


 だが、ユージーンの疑問に対する回答は持っていない。


「……えーと、じゃあ、しろいろうそくにえをかけば?おれたちでさ」


 魔法で火を灯す訓練をする時に使う白い蝋燭ならば彼らにも準備する事ができる。


「あ、それいい」

「そうだね。みんなで1っぽんずつかこうか?」

「うん」


 三人は顔を見合わせてにっこりと笑った。


 彼らは自分達が思っていたのよりも数段不器用だった為、彼らの師匠は、しばらくの間、蝋燭の消費量がひどく多いことに首を捻り続けていたという。


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