鍛冶師と鉄槌と妖精の謎(前)
俺の名はバルカス。王都の下町に工房を構える鍛冶師だ。
……と言っても、世間の連中が思っているような「剣を叩き上げて食ってる職人」ってわけじゃない。むしろ逆だ。日々の仕事の大半は、包丁だの、釘だの、クワだの――生活に根付いた道具ばかりだ。
それでも鉄は嘘をつかん。叩けば応え、怠ければ歪む。だから俺は今日も、いつも通り炉の前に立っている。
トンテンカン、トンテンカン。
一定のリズムで鉄を打つ音が、工房の中に響く。
「おい、そっち火加減見ろ!」
「へい!」
弟子どもも、昔に比べりゃ随分まともになった。前は口ばかり達者で手の動かねえ奴ばかりだったが、今じゃ言われる前に動くやつも増えてきた。
鉄拳制裁の出番が減ったのはいいことだが……少しばかり張り合いがねえな。
――そんな、順調そのものの工房なんだが。
「……まただ」
ふと、俺は作業台の上を見て眉をひそめた。
そこに“あるはずのないもの”が、ある。
依頼品が――一つ、増えているのだ。
数え間違いかとも思った。だが違う。確かに、さっきまでは無かったはずの品が、何食わぬ顔で並んでやがる。
「おい、これ誰が置いた」
「は? なんすかそれ」
「とぼけんな。今さっき増えたんだよ」
「いや知らないっすよ。親方が作ったんじゃないですか?」
弟子は肩をすくめるだけで、取り合おうともしねえ。家に帰って女房に話しても同じだ。
「増えてるならいいじゃないの」
……まあ、そうなんだがな。
誰も困っちゃいない。むしろ得してるくらいだ。だが、こういうのは気にしなきゃいいって問題じゃねえ。
“わからねえ”ってのが、一番気持ち悪いんだ。
――というわけで。
「あら、勝手に仕事が進むなんて、最高じゃない」
そう言って楽しそうに微笑みやがったのは、『霧の魔女堂』の店主――アリシアだ。
昔から姿が変わらねえ女。俺が子供の頃から、まったく同じ顔をしてやがる。まさに魔女だが、それもそのはず、こやつはエルフだ。
ドワーフも長寿の種族と言われているが、エルフはそれ以上に長生きだ。こやつに至っては、いつから生きているのか見当もつかん。
「きっと妖精さんの仕業だよ!!」
横から身を乗り出したのは、ミーアとかいう幼い魔法使い見習いだ。人間だが、なんでも魔法の才能があるとか。やれやれ、魔道具全盛のこの時代じゃなきゃ、きっと敬われる存在だったろうに。
その隣では、銀狐のルナが「キュイ?」と首を傾げている。
「あやつらはもっと陰険で悪辣ないたずらを好む。職人を助けるような殊勝な真似はせんじゃろ」
カウンターの上で丸くなっている黒猫――アルカポウネが、偉そうに口を挟む。最初は猫が喋るなんざ気味が悪かったが、今じゃ慣れたもんだ。
「とりあえず、現場を見ないとなんとも言えないわね。行きましょうか」
アリシアはそう言うと、もう立ち上がる気満々だ。
……まあ、こうなるだろうとは思ってたがな。
ーーー
「汚えが、入ってくれ」
工房に戻ると、ミーアが目を輝かせた。
「わー、すごーい!」
トンテンカンと響く音、火花、熱気。どこにでもある鍛冶屋の風景だが、ガキにとっちゃ珍しいんだろう。
その時、弟子の一人――カイが近づいてきた。
「親方、どうしたんですか? そんなにお客さん連れて」
「最近な、依頼品が勝手に増えやがるんだ。それを調べてもらう」
「またそれっすか。気にしすぎですよ」
カイは軽くあくびを噛み殺しながら、やれやれ、と肩をすくめる。こいつら本気で信じちゃいねえな。
だが、アリシアは違った。そんな弟子たちの様子をじっと観察し、それからゆっくりと工房の奥へと歩いていく。
視線の先にあるのは――魔道溶鉱炉だ。
「今はこんな感じになってるのね」
「まあな。昔は大変だったが、今は一人でも扱えるくらい便利になっとるよ」
昔は炉を一度熱するだけで一苦労だったが、今は高性能の魔道溶鉱炉のおかげですぐに温度が上がる。おかげで夜にはきっちり寝られるし、徹夜でフラフラになりながら作業して怪我をする奴も減った。
便利な時代になったもんだ。
「ふむ……」
アリシアは顎に手を当て、何かを確かめるように工房全体を見渡した。
そして、ふっと小さく笑う。
「どうやら――いるみたいね」
「なにがだ?」
「妖精さん」
あっさりと言いやがった。
「妖精だと?」
思わず眉をひそめる俺に、アリシアは楽しそうに続ける。
「ただし、気まぐれに悪さをするタイプじゃないわ。むしろ……働き者ね」
そう言って、床の隅や作業台の下を指さした。
「ちょっと、散らかりすぎてるみたい」
……ぐ。
確かに、否定はできねえ。
「妖精はね、居心地のいい場所を好むの。きれいで、整っていて、仕事がしやすい場所」
にこりと笑って、ミーアを振り返る。
「ミーア。あれ、使ってみましょうか」
「わかったー!」
ミーアの周りに、ふわりと光が集まる。小さな体に見合わぬ魔力の流れに、弟子たちがどよめいた。
「――《塵は巡り、穢れは還れ。あるべき形へ、静かに整えよ》(ブレス・オブ・クリーンシス)」
詠唱とともに、ふっと風が巻き起こる。暴れる風ではなく、優しく撫でるような風だった。床に溜まっていた埃が一箇所へと集まり、工具にこびりついていた煤や汚れが、まるで時間を巻き戻すように剥がれていく。錆びかけていた金具すら、鈍い光を取り戻した。
「おお……!」
思わず声が漏れたのは、俺だけじゃねえ。弟子たちも目を丸くしている。
「すげえ……」
「なんだこれ……」
ミーアは得意げに胸を張った。
「キレイキレイ!」
「ふふ。ただのお掃除の魔法ですよ」
アリシアはそう言って笑う。
その「ただの魔法」が使えねぇ奴が多かったから、魔道具が発達しているんだがな。
「これで、妖精さんも働きやすくなったはずよ」
魔女はそう言い残し、軽やかな足取りで工房を後にしたのだった。




