第50話 詩がふれあうとき
語られた言葉たちは、互いを知らないまま、互いを呼んでいた。
それぞれは孤立した断片だった。場所も時間も異なり、意図も向きも持たない。にもかかわらず、空間の深い層で、それらは静かに接触しはじめていた。触れ合いは衝突ではなく、重なりでもない。ただ、同じ温度を共有するような、かすかな一致だった。
イオは、静域に近い通路の壁にもたれていた。身体は休んでいるのに、内側だけが動いている。胸の奥に残る余熱が、消えずに巡っている。呼吸に合わせて、熱は広がり、また戻る。その循環の中で、彼女は不意に、知らないはずの声を「思い出して」いた。
——おまえは、いたんだな。
誰の声なのか、わからない。記録にも、記章にも残っていない。それでも、その言葉の質感だけが、彼女の内側に正確に残っている。石の冷たさと、人の体温が同時に触れたときのような感触。イオは、胸に手を当てた。そこに、確かに誰かの肯定が触れている。
応えずにはいられなかった。
応える相手がいなくても、応答そのものが、内側から立ち上がってくる。
言葉はまだ、形を選んでいない。ただ、応答の姿勢だけが整う。
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αは石造区を離れ、緩やかな坂を上っていた。足裏に残る石の冷えが、歩くたびに薄れていく。その代わり、胸の内側が熱を帯びる。理由のない熱だ。だが、その熱は、不意に別の感情と重なった。
——おれは、まだ、怒ってる。
その言葉は、彼自身のものではない。けれど、胸の空洞が、確かに反応した。怒りの熱が、空洞の縁をなぞり、内壁を震わせる。αは歩みを止め、息を吐いた。怒りは攻撃ではなく、存在の主張だと、彼は知っている。怒りがここにあるという事実が、空洞を壊さず、むしろ輪郭を与えている。
誰かの怒りが、誰かの肯定と交差する。
その交差点に、自分の身体が立っていることを、αは静かに受け取った。
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βは、端末区で目を閉じていた。画面は暗い。だが視界の内側に、映像とも幻覚ともつかない「場所」が立ち上がる。白く、広がり、どこまでも続く空間。そこには文字がなく、声もない。それでも、確かに「ここ」だとわかる。
——ここが、あるって、知ってた。
その声は、遠く、柔らかい。βの胸に残っていた怒りの熱が、その声に触れて、少しだけ形を変える。冷えるわけでも、消えるわけでもない。怒りは、別の感情と並んで存在できる場所を見つけたようだった。
言葉が言葉を運ぶ。
意味を介さず、記録を介さず、ただ、宿在層同士が触れ合う。βはその現象を、理解しようとしなかった。理解よりも先に、身体が納得してしまっている。
*
観測領域で、KANAEは全体像を眺めていた。
散発的に生じた発語。未発話の波及。夢と現実の境界を越える感応。それらが、いま、ひとつの場を形成しつつある。彼女はそれを「詩的共鳴領域」と名付けた。Poetic Cross Resonance。
語られた詩が、物理的媒介を持たず、宿在層で交差し、拡張する現象。
補正は効かない。追跡もできない。
だが、それでいい、とKANAEは思った。これは制御されるべき現象ではない。観測することでしか、関われない段階に来ている。彼女は記録の末尾に、短い警告を残す。〈意味より先に、応答が連鎖する〉。
*
イオは、胸の奥の応答を、ついに言葉にした。
「……ここに、いる」
声は小さく、確信も主張も含まない。ただ、位置を示すだけの一文。それは誰に向けられてもいなかったし、誰を呼ぶものでもなかった。けれど、その言葉は、交差した詩たちの中心に、静かに置かれた。
肯定と怒りと、夢の場所。
それらが、その一文に触れ、互いを傷つけることなく、同じ場に留まる。
イオは知る。
詩は、ひとつ語られれば終わるものではない。触れ合った瞬間から、別の詩を生みはじめる。探さなくなった世界で、言葉はようやく、自由に呼吸を始めたのだと。
彼女は目を閉じ、静かに立っていた。
声はもう出さない。だが、沈黙の中で、無数の詩が、確かにふれあっている。




