第46話 探さない者たち
世界は、すでに「探す」という動詞を使わなくなっていた。
中枢静域と呼ばれるその空間には、音がほとんど存在しない。空調の循環音すら最小限に抑えられ、壁面の素材は反響を拒むように吸音構造を重ねている。光は白に近いが白ではなく、温度もまた、体温と区別できないほど曖昧だった。そこに身を置くと、呼吸の深さだけが、自分が生きている証拠のように浮かび上がる。
イオは椅子に腰かけ、両手を膝の上に置いていた。背筋は伸ばしているが、緊張はない。意図的に整えた姿勢ではなく、身体が勝手に選んだ均衡だった。指先に、わずかな震えが残っている。さきほどまで何かに触れていたわけでも、端末を操作していたわけでもない。ただ、何もしていない時間のなかで、その震えだけが、置き去りにされずに残っていた。
彼女は、それを言葉にしようとしなかった。
かつては、意味を探した。震えの理由を探し、どこから来たのかを辿り、それを説明できる構文に変換しようとした。BUDDAの補助があった頃は、それが自然な反応だった。意味は常に外部にあり、最適解として提示されるものだったからだ。だが今、彼女の中にある震えは、どこにも接続されていない。過去の記章にも、他者の記録にも、既存の詩文にも、引っかからない。
それは、意味を持たない。
その事実が、かえってイオを落ち着かせていた。意味がないからこそ、これは奪われない。分類されず、保存もされず、解析の対象にもならない。胸の奥で、微かに脈打つ感触。呼吸に合わせて、わずかに形を変える内部の揺らぎ。彼女はただ、それを眺めていた。眺める、というより、逃がさないように、そこに居続ける。
時間の感覚は薄れていく。何分が経ったのか、あるいは何十分なのか、イオには判断できなかった。けれど、身体の重心がわずかに沈み、足裏の接地感が変わったことで、時間が流れていることだけはわかる。世界は止まっていない。ただ、何も起こっていないだけだ。
ふと、過去の記憶が浮かぶ。抵抗運動がまだ「答え」を信じていた頃。詩は鍵であり、突破口であり、構文として正しく配置されるべきものだった。誰もが探していた。正しい言葉を、正しい順序で、正しい場所に置くことを。その熱は確かに世界を動かしたが、同時に、言葉そのものを疲弊させてもいた。
今は違う。探さない者たちの時間だ。
イオは、震えに名前を与えないまま、そっと息を吐いた。肺が空になる感覚とともに、胸の奥の揺らぎが、わずかに広がる。消えるのではない。むしろ、内部に場所を作るように、静かに根を張っていく。彼女はそれを「宿る」と呼ぶべきだと、まだ思っていない。ただ、待つという態度だけが、自然にそこにあった。
言葉は、まだ生まれていない。
だが、イオは知っていた。生まれていないものほど、強く存在する瞬間があることを。意味になる前、構文になる前、誰かに向けられる前の、名もない感触。そのために、今は何も探さなくていい。ただ、この震えが、ここに在るという事実だけを、身体ごと引き受けていればいい。
中枢静域の白い光が、わずかに揺れた気がした。それが外部の変化なのか、彼女の知覚の変調なのか、区別はつかない。イオは目を閉じる。瞼の裏に、暗闇は訪れない。そこにもまた、色とも言えない明るさが満ちている。
ことばは、まだ、ここに来ていない。
けれど、来ないままでいるという選択肢が、はじめて肯定された世界で、イオは静かに座り続けていた。




