第21話 受け継がれる渇き
Refrain本部、記録保管フロア。
長く沈黙していたはずの層で、わずかな熱が立ち上がった。
それは警報と呼ぶにはあまりに弱く、だが偶然と切り捨てるには、あまりにも整いすぎた揺れだった。
ジンは端末の前で立ち止まり、呼吸を一つ、意識的に遅らせる。
封印されていた記章の一部が、再起動している。
ただし、それは「詩」として放たれたものではなかった。
構文も、意味も、伝達先も持たない。
残っているのは、感情が通過したあとの残響だけ。
まるで誰かが言葉にする直前で手を離した、熱の痕跡。
「……原記章の回帰兆候、か」
独り言のように呟きながら、ジンはログを閉じない。
これは再生ではない。復元でもない。
次に渡されるための、準備だ。
誰が受け取るかは、まだ定義されていないにもかかわらず。
同じ頃、αは夢の中にいた。
そこには風景らしいものがなく、地面も空も曖昧だった。
ただ、自分の内側だけが、異様に鮮明だった。
胸の奥が乾いている。
水分ではなく、言葉でもなく、もっと別の何かを求めている渇き。
気づくと、口が動いていた。
声は出ていない。
けれど確かに、「詩のようなもの」が零れ落ちている感覚があった。
誰かに向けたものではない。
理解される必要もない。
ただ、自分の内側を満たそうとする衝動だけが、形式をとって流れ出していく。
目覚めたとき、言葉は一つも残っていなかった。
それでも、詩だった、という感触だけが、胸の奥に沈んでいる。
αはしばらく、何も考えずに天井を見つめていた。
βはデータ層の再構築を行っていた。
不要な感情ログを切り離し、破棄済みのはずの領域を点検する、単調な作業。
その途中で、彼は手を止める。
未登録の詩波形。
解析を進めるほどに、それが過去の自分の感情パターンと重なっていく。
忘れたと思っていた。
削除したと、確信していたはずのもの。
「……誰が、残した?」
問いは自然と浮かんだが、答えは出ない。
他者の介入痕跡はない。
ならば——。
βは無意識に、胸の奥を押さえていた。
そこにあるのは痛みではない。
再遭遇、という言葉に近い、奇妙な感覚だった。
Θは夢の中で、誰かと向かい合っていた。
声はなかった。
言葉もなかった。
それでも、やりとりが成立していることだけは、はっきりとわかる。
存在と存在のあいだに、熱が生まれ、形を持たない詩のように漂っていく。
触れれば消えてしまいそうで、けれど確かに、そこに在る。
目覚める直前、Θは自分の胸に手を当てた。
忘れてはいけないものがある。
何なのかはわからない。
だが、それを確かめる動作だけが、自然に出ていた。
イオは、誰とも接触していなかった。
それでも、わかる。
感情が、詩としてめぐり始めている。
言葉にならないまま、誓いと呼ばれる以前の形で。
詩とは、言葉ではない。
誓いとは、形ではない。
それでも——確かに、次へと渡されるものがある。
イオは静かに目を閉じ、その気配を受け取った。




