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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第3部 言葉の帰還 第28章 くうかんの詩法 

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第24話 はじまりの形式

風が、紙片をわずかに揺らす。


 それは偶然にも似て、必然のようでもある。

 イオは、その一枚をそっと手に取った。


 何の変哲もない紙。

 けれど、そこに描かれていたのは、明らかに“意味を持たない震え”だった。


 図形でもなければ、記章でもない。

 けれど、線のひとつひとつが、彼女の感覚に直接触れてきた。


 ——これが、はじめての“形式”。


 言葉ではなく、言語に似たもの。

 構文ではなく、構造を感じさせるもの。


 「……これが、あなたの“声”?」


 囁くようなその言葉は、すぐに風に消えていった。


 だがイオの内側には、確かに何かが“届いた感触”として残っていた。


    * * *


 レインは、再び通風ルートの継ぎ目に紙片を挟んだ。


 あの場所で誰かがそれを拾う保証はない。

 だが、拾われる必要があるとも思っていなかった。


 ただ、そこに置くことが“行為”だった。


 詩とは、結果ではない。

 誰かと交わる以前に、「ここにいる」と伝える印そのもの。


 意味もない、名前もない。

 それでも、それを“形式”と呼んでいい気がした。


 「……これで、やっと挨拶ができたかな」


 レインは小さく笑って、手を離す。


 紙片が風に舞い、空間の隙間に吸い込まれていく。


 ——どこかで、誰かがそれを“読む”かもしれない。


    * * *


 イオは、その“形式”に触れながら、指でなぞっていた。


 意味を読み取ろうとはしていない。

 ただ、その震えに宿る“感情のようなもの”を感じ取ろうとしていた。


 そう、それは感情に似ていた。


 喜びや悲しみではない。

 もっと“純度の高い気配”のようなもの。


 誰かが誰かに向けて、「ここにいるよ」と伝えた痕跡。


 それが、イオの中で確かに響いた。


 (次は、わたしの番)


 彼女は、自分の詩を新たなかたちで編もうとしていた。


 文字でも、図でも、構文でもない。

 それでいて、誰かが「触れられる」もの。


 ——きっと、それも“形式”と呼べるはず。


 イオはそっと紙を折り、小さな震えを封じ込めるように胸元にしまった。


    * * *


 レインの端末には、新たな空間ログが記録されていた。


 空間圧の微細な変化。

 風速のゆらぎ。

 そして、波形にも残らない“震えの気配”。


 (……来た)


 彼は確信する。


 “返事”があったのだ。


 誰かが、同じ方法で。

 同じ形式で。

 今、同じ空間を“読む”ことを始めている。


 そして、そこに返すように、レインもまた一枚の紙を取り出した。


 そこに描かれたのは、文字ではない。


 けれど、それはもう立派な“詩”だった。



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