第13話 紙の上の共鳴
イオは、二枚の紙を並べて見つめていた。
ひとつは、幼い頃に自分が残した走り書き。
もうひとつは、いま、自分の指先で無意識に描いた記章のような線。
ふたつの線は、どこか似ていた。
けれど、まったく同じではない。
たとえば、曲がり方。
たとえば、止める位置。
たとえば、その間に流れている“間”。
並べてみると、それぞれが別の時の“震え”であることがわかる。
しかし同時に、どこかで響き合っているようにも見えた。
(これが……共鳴?)
言葉にするには、まだ曖昧すぎた。
でも確かに、ふたつの紙のあいだには“何か”が流れていた。
紙は紙でしかない。
インクもなければ、声もない。
けれど、重なった震えが“かたち”を持ち始めていた。
イオはゆっくりと息を吸い、その空気の中に耳を澄ませた。
風は吹いていない。音もない。
でも、呼吸の深さが変わった。
空間の密度が、わずかに変化している。
(……響いている)
その感覚は、過去のどの詩式とも違っていた。
構文でも、韻律でも、干渉でもない。
ただ、そこに在るものが、そっと触れ合っていた。
同じころ、非記録区の整備デスクでは、αが自分の描いた紙をじっと見つめていた。
最初は、ただの手癖のつもりだった。
だが、その線が気になってならない。
見るたびに、“どこかで見た気がする”という感覚が強まっていた。
彼は、紙をもう一度手に取り、描かれていた線を指先でなぞる。
ただのぐねぐねした線にしか見えない。
それでも、なぞるたびに、自分の身体がわずかに反応していた。
まるで、その線が“外から来たもの”であるかのように。
(……これ、本当に俺が描いたのか?)
不思議だった。
自分で描いたはずなのに、触れていると“誰かの声”を思わせる。
それは音ではない。気配のような、震えのような、何か。
彼は紙を破ることなく、引き出しの中にそっとしまった。
——そのころ、Refrain観測局。
中央処理室のモニターに、微細な異常波形が現れていた。
紙の材質分析センサー。
通常なら、空気中の湿度や筆記具の影響を観測するための装置。
だがその記録に、奇妙な変化があった。
書かれたインクの揮発速度が不自然に遅延し、
紙全体の密度振動が、周囲の空気流にわずかに“干渉”していたのだ。
観測官はその報告をジンに転送した。
ジンは波形を確認しながら、眉をひそめる。
「……これは、“紙の変化”じゃない。
紙が、空間と共鳴している」
定義不能な変化。構文に分類できない波。
だが、そのずれの連なりには、明らかな“構造”があった。
それは、言葉にならなかった“詩の再生”。
記録されなかった声が、いま紙を通して場と響き合い始めている。
ジンはその波形に、新しいラベルをつけて保存する。
《共鳴記章:未定義干渉(物質媒体経由)》——
言葉にならない共鳴が、紙の上で静かに息をしていた。




