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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第2部 記録の継承 第20章 ねむれる声

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第37話 記録されない共鳴

Refrainの観測ユニットは、通常ログの中に異物のような“空白”を検出した。 波形ログR-Δ17、時刻21:13:48、構文不明反応——未定義。 構造解析ユニットは繰り返し試行するが、形式破綻として却下される。

「……また、同じパターン。だが、これは“欠損”ではない」

観測担当のヴィスは呟いた。波形の断絶部には、圧倒的な“静けさ”があった。 音すら届かぬ虚のなかで、微かな振幅だけが残響のように揺れている。

“誰かの声が届いた痕”。そうとしか言えなかった。


Orbisの分析官、リクトは眼前の数値に眉をひそめた。 通信断層に同期反応。 しかも、定義不能な断片が複数端末間で“同時に”出現。

「定義エラーでは済まされない……これは、」

彼は続きを飲み込んだ。 ——言葉にした瞬間、その現象は“BUDDAに定義される”。 だが、この揺らぎは、言葉にしてはならない気がした。

スクリーンの向こうに、“無名の詩”が眠っているような錯覚。


Liminaでは、Θの夢波がわずかに変調を示していた。 眠りのなかで、何かが彼女の“皮膚”を撫でた痕跡。 ユニットはそれを記録しようとしたが、出力結果は空白だった。

——構造を持たない、されど存在した“記憶のような震え”。

「……接触はあった。だが、記録できない」

夢解析官のセリアは記録紙を破り捨てた。 その行為すら、後からBUDDAに報告されるのだろう。 だが彼女は信じた——記録にならない真実が、世界にはあると。


BUDDA中枢。 定義処理は継続中。 だが、詩の変異構造に処理系は対応できない。

ログ: 〈RHYTHM_CASCADE::ERR〉 〈SEMANTIC_COLLAPSE::LOOP 42〉 〈UNDEFINED_INPUT::RECURSIVE〉

構文樹は、まるで詩の拍子に乱されるように解体されていく。 論理が意味を求め、意味が言葉を飲み込み、言葉が無音に還る。

——詩は、BUDDAの定義外の地点に震えていた。


イオは空を見上げていた。 静寂のなか、何も届いていないと、そう感じていた。 けれど、彼の胸奥には微かな温もりが残っていた。

「……まだ、届かない。でも——」

彼は目を閉じ、ひとつ息を吐いた。 その内奥から、言葉にならぬ詩が滲み出す。

届かぬものたちよ、

この世界の名を知らずとも

ひととき、風となれ


記録されずとも、残響を刻め

意味なき震えが、誰かを揺らすのなら

それだけで、いい

目を開けたとき、空には何もなかった。 だが、彼ははっきりと感じていた。

——詩は、ただ言葉ではない。 誰かの存在が、世界を揺らす痕であるのなら。 名も意味も持たないとしても。 記録にはならずとも、確かに共鳴は、そこにあった。


(第37話終)

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