清水君がいろいろ詳しかった理由
無事に私の勘違いによる不安も解消されて。
これからは清水君と、もっとイチャイチャできるかなー。
――なんて思っていた。
思っていたのだけど。
「そろそろ一学期の中間テスト前で、部活動の禁止期間にもなりますから」
清水君は、いつになく真面目な顔で言った。
「テストが終わって、結果が戻ってくるまでは、お互い真面目に勉強しましょう」
「…………」
私は黙ってうなずいた。
正論だった。
ものすごく正論だった。
だから、反論できない。
「特に優里恵さんは今年大学受験ですし。テストの点数も、これからの進路を考えるうえで大切でしょうから」
「そ、そうだね……」
せっかく付き合い始めたのに。
もっと一緒にいたい。
もっと話したい。
もっとデートしたい。
そんな私の気持ちとは裏腹に、清水君はしっかりしていた。
「せめて学年が一緒だったら、一緒に勉強して、わからないところを教えあったりできたのだけど……」
私がそう言うと、清水君は苦笑する。
「そうはいっても、高校三年生と一年生では、やっている内容が違いすぎますからね」
「そうだよね……」
私は小さくため息をついた。
「やっぱり、テストの結果が出るまでは、お互い余計なことをしないで、ちゃんと勉強したほうがよさそうだよね」
「ええ」
「うーん……」
仕方ない。
ここは私も我慢するしかない。
でも――。
ただ我慢するだけというのも、なんだか悔しい。
そこで私は、ふと思いついた。
「あのね、清水君」
「はい?」
「勉強を頑張るためにも、一つお願いしていいかな?」
「お願い?」
「うん」
私は少しだけ身を乗り出した。
「テストが無事に終わったら、一緒に夏服を買いに行ってくれない?」
「夏服ですか?」
「うん」
そろそろ夏物も増えてくる。
新しい服だって欲しい。
そして何より――。
「……清水君が、かわいいって言ってくれる服を着たいし」
言った瞬間、恥ずかしくなった。
けれど清水君は、からかうことなく少し考える。
「なるほど」
「どう?」
「四月から五月くらいが夏物の新作が出そろう時期ですからね。テストが終わる頃なら、少しずつ値段が下がっている商品もあると思います」
「…………」
「?」
「なんでそんなことまで知ってるの?」
思わず聞いてしまった。
すると清水君の表情が、ほんの少しだけ変わった。
「まあ……」
言いにくそうに視線を逸らしてから。
「家で、いろいろ仕込まれているので」
「仕込まれてる?」
「ええ」
その言い方が気になった。
「清水君の家って、何か服の仕事でもしてるの?」
「…………」
今度は、はっきりと沈黙した。
「清水君?」
「……実は」
少し迷ったあと。
清水君は小さく息を吐いた。
「今まで、言ってなかったんです」
「何を?」
「家のこと」
「家のこと?」
「はい」
私は目を瞬いた。
「なんで?」
「隠したかったわけじゃありません」
清水君は苦笑した。
「ただ……付き合い始めたばかりの人に、いきなり家のことを話すのもどうかなと思って」
「…………」
「それに」
清水君は少しだけ目を伏せる。
「父親が何をしているとか、家がどうだとか。そういうことじゃなくて、俺自身を見てもらいたかったんです」
「清水君……」
その言葉を聞いて、私は何も言えなくなった。
確かに。
もし最初からそんなことを聞かされていたら、私は清水君を見る目が変わっていたかもしれない。
本人には何の責任もないのに。
勝手に「すごい家の子なんだ」と意識してしまっただろう。
「だから、今まで聞かれなかったことは、自分から話さないようにしていました」
「そっか……」
私は少し笑った。
「じゃあ、今回が初めて教えてくれるんだ?」
「そうなりますね」
「……なんか嬉しい」
「え?」
「だって、清水君の秘密を一つ教えてもらったみたいだから」
清水君は少し照れたように笑った。
「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」
「それで?」
「はい?」
「清水君のお父さんって、何をしてるの?」
すると清水君は、観念したように答えた。
「父は、ファッションブランドを展開しているアパレルメーカーを経営しています」
「えっ?」
「それと、自社ブランドのモデルを所属させるモデル事務所も経営しています」
「…………」
「…………」
「モデル事務所まで!?」
思わず声が大きくなった。
「はい」
「ちょっと待って。じゃあ、清水君って、そういう家で育ったの?」
「まあ、そういうことになります」
「全然知らなかった……」
「今まで話してませんでしたからね」
清水君が苦笑する。
「母も父の仕事を手伝っています。会社の事務だけじゃなくて、スケジュール管理とか取引先との連絡とか、モデルの仕事の調整とか」
「マネージャーとか秘書みたいな感じ?」
「そんな感じです」
「……すごい家」
ようやく納得した。
清水君が服について詳しかった理由。
それが、ようやく繋がった。
「小さい頃から、そういう環境だったんだ」
「そうですね」
「じゃあ、服のことも小さい頃から教えられたの?」
「まあ……」
清水君が苦笑する。
「母からは、『その服なら、この靴のほうが合う』とか、『その色は顔色が暗く見えるからやめたほうがいい』とか」
「へえ……」
「父からは、『流行っているから着るんじゃない。なぜ流行っているのか考えろ』とか」
「それ、英才教育じゃない?」
「そんな大げさなものじゃありませんよ」
「いやいや。十分すごいと思う」
「母なんて、買い物に行くたびに値札まで見せてきましたからね」
「値札?」
「『同じように見えるシャツなのに、どうしてこっちは高くて、こっちは安いのか考えてみなさい』って」
「…………」
「おかげで、素材とか縫製とか、ブランドごとの価格帯なんかも自然と覚えました」
「なるほど……」
今まで私は、清水君は単純におしゃれが好きなのだと思っていた。
でも、違った。
そういう知識が自然に身につく環境で育っていたのだ。
「じゃあ、今回の夏服も清水君に選んでもらっていい?」
「もちろん」
「本当に?」
「ええ」
清水君は笑った。
「ただ、優里恵さん自身が着たいと思うものを選ぶのが一番ですよ」
「…………」
まただ。
そういうところ。
「何がですか?」
「そうやって、さらっと嬉しいことを言うところ」
「そうですか?」
「そうなの!」
私が笑うと、清水君も笑った。
「じゃあ、テストが終わったら買い物デートですね」
「うん!」
それだけで。
勉強を頑張る理由が、一つ増えた。
◆
そして。
中間テスト前。
私たちは本当に勉強に専念した。
ゴールデンウィークも、なんだかんだでちゃんと勉強していたし、今回はかなり頑張った。
そして迎えた、テスト本番。
結果は――。
「終わったー!」
すべての答案を確認した私は、思わず机に突っ伏した。
疲れた。
ものすごく疲れた。
でも。
これでようやく、清水君との約束を果たしてもらえる。
そう思うと、自然と頬が緩んでしまう。
「およ?」
そんな私を見て、美紀ちゃんが声をかけてきた。
「ずいぶんご機嫌だね」
「うん!」
私は顔を上げる。
「今回、平均で八十点くらい取れたから」
「そりゃすごい!」
美紀ちゃんが目を丸くする。
「あんたいつも、そんなにいい点取ってたっけ?」
「今までは六十点から七十点くらいかな」
「そりゃまた、今回はずいぶん頑張ったもんだねぇ」
「うん」
私は胸を張った。
「今回のテスト、頑張ったら清水君が買い物デートしてくれるって言ってくれたからね」
「ほほう……」
美紀ちゃんの口元が、ニヤリと上がる。
「そりゃまた……」
「な、何?」
「あんたもすっかり恋する乙女って感じだねぇ」
「う……」
図星だった。
「しかも清水君、服にめちゃくちゃ詳しいんでしょ?」
「そうなの」
「どうしてそんなに詳しいの?」
「それがね……」
私は少し得意げに答える。
「実は、今まで知らなかったんだけど、清水君のお父さんがアパレルメーカーを経営してるんだって」
「えっ!?」
「しかもモデル事務所までやってるらしいよ」
「……それ、結構すごくない?」
「うん。私も今回初めて知った」
「じゃあ、今まで黙ってたんだ?」
「そうなの」
「なんで?」
「清水君本人を見てほしかったから、だって」
「…………」
美紀ちゃんが黙った。
そして。
「……あんた、それ聞いてさらに好きになってない?」
「え?」
「顔に書いてある」
「そ、そんなこと――」
「あるでしょ」
「…………あるかも」
「やっぱり!」
美紀ちゃんが笑う。
「じゃあ、今回のデートで全身コーディネートしてもらえば?」
「……それ、いいかも」
私は想像してみる。
清水君が、私に似合う服を選んでくれて。
『これ、優里恵さんに似合うと思います』
なんて言ってくれたりして。
そして、その服を着た私を見て――。
『かわいい』
なんて言ってくれたりして。
「……ふふ」
「おーい、優里恵?」
「え?」
「今、完全に妄想の世界に入ってたでしょ」
「そ、そんなことないよ!」
「顔に書いてあるよ」
「もう!」
私は慌てて顔を隠した。
でも。
テストを頑張ったご褒美に、清水君と二人で夏服を選ぶ。
しかも。
今まで知らなかった清水君の家庭のことを、少しだけ知ることができた。
なんだか。
付き合い始める前より、清水君との距離が少し近づいた気がする。
そして――。
私はもう一つ、気になっていることがあった。
清水君は、服だけじゃない。
髪型についても、妙に詳しいのだ。
もしかして、それにも何か理由があるのだろうか。
――その答えを知るのは、もう少し後のことだった。




