secret.9 癡鈍
遅くなってすみません。
教員室から次の授業の為に移動していた俺の元に、緊急連絡用の魔道具にラルフから連絡が入った。
これもロティの作った魔道具で『ポケベルモドキ』とロティが呼んでいたモノなのだが、手紙の様に魔道具に文字が表示されるのに、すぐに消せるから手紙の様に処分する必要のないかなり便利なスグレモノ。
『お花畑が奥様を運命の相手と認定しており、長から助け出すと宣ってました。消したかったのですが、奥様に止められたので断念しました』
有り得なすぎる内容に驚いた俺は廊下に立ち止まり、ラルフからの通信を2度読み返した後、怒りのあまり呟いた。
「消すか」
いや、待て、俺。
消すのはロティがダメだと言っていたじゃないか。
きっとロティはお花畑に消えて欲しくなくてそう言っているのではなくて、自分が原因で俺に無駄な殺生をして欲しくないからこそ『消しちゃダメ』と言っている。
それはつまり俺のためなわけで…。
「はぁ、どーすっかなぁ」
重い溜息を落としつつまた移動し始めた俺の耳に、一人の影の声が届いた。
《長、陛下が放課後登城するようにと》
《は?今日か?》
《はい。庶子らの報告を聞きたいそうです。まだ調査中とお答えしたのですが、現状だけでも聞きたいと》
《…チッ。分かった。7人分の資料だけ先に渡しておいてくれ。17時に陛下の執務室に行く。人払いしておいてくれ》
《はっ》
今の声の主は陛下に付けている影のアハトからだ。
付けているといっても陛下を探るのが目的ではなく、護衛として付けている影の纏め役と、俺との連絡を円滑にする役目を担っている。
アハトは念話の魔法が得意なのだが、この世界で念話を使いこなせる者はとても少ない。
あのヴァロワ侯爵ですら苦手と言う程難易度の高い魔法で、俺は向いていたのか比較的すぐ使えるようになったが、兄と弟は最後まで会得出来なかった。
そんな使い手の希少な魔法が使えるアハトだからこそ、常に陛下のそばに居る。
本当は陛下よりもロティを護らせたいのが本音だが…まぁアハトは普通の人間の男だし、ロティの護衛はむりだがな(俺の心情的に)。
次の授業のある教室の手前で一度身を隠し、ラルフに返事を送る。
『分かった。消したいのは俺も同意だが、俺たちの為に消すなと言ってくれるロティを困らせない為にも、なんとか耐えろ。だが物理的に何かしようとして来た時は容赦せず捕縛しろ。あと、放課後登城する事になったから、その間は連絡が付かない。ロティが帰宅するまで気を抜かないように』
これで、まぁ大丈夫だろう…。
はぁ。俺自身が常にロティを護れたら、どんなに良いだろう。
でも今のこの距離はロティが卒業すれば終わる。
俺の臨時の教員期間も、ロティの卒業までだからな。
延長してくれと王弟殿下に言われてるが、ロティが居ないのに教員などやってられるか。
国王の執務室の時計が17時を知らせた時、国王の目の前に漆黒に覆われた人物が姿を表した。
見えるのは瞳だけだが、その瞳も何も映さない漆黒故に、人間味が全く無かった。
「お呼びで」
「うむ。例の件の報告を聞きたい」
「部下からまだ調査中とお聞きしているはずですが?」
「あ、いや、そうなのだがな…王妃が次が決まるまでキースを手元に置きたいと譲らなくてなぁ」
「キース元王子がまだ城にいると言うのは真実でしたか。王妃殿下は王弟殿下に決まるとお考えなのかと思ってましたが?」
実はキース元王子が廃嫡になった事はまだ発表されていない。
アレン元王子の時は本来婚約者に使うはずの金の横領があったため、即座に廃嫡して北の塔行きが発表されたのだが、キース元王子は明確な理由がなかった。
と言ってもキース元王子の場合は細々とした問題が積み重なり過ぎた故の廃嫡で、その問題の中身が王族に有るまじき醜聞というか、なんというか…ある意味アレン元王子より面倒だった。
ロティやソフィア嬢の件から分かるように、様々な女性を片っ端から『僕のお嫁さんにならない?』と口説いており、その中には本気にしてそれまで結んでいた婚約を解消した女性もいたのだ。
しかしオツムの弱いキース元王子のことだ、口説いた事すら忘れているなどザラで、婚約を解消してしまった女性の親から王家に慰謝料請求等も何件もあった。
あとはエヴァーン王国の第一王女の件。
キース元王子は王女の姿絵を見た瞬間に興味を無くし、プレゼントどころか手紙すら送っていなかった。
王女にはセスティアから婚約を打診した形だったのにも関わらず、当の本人は関係構築をしようとしない。
それはもうエヴァーン王国からしたら腹の立つ話だっただろう。
だがあのヤマネコの様な第二王女の件があったため、良くも悪くもこちらが一方的に責められる立場にはならずに済み、内々にキース元王子との婚約話は流れた。
「うむ…そうなのだが…」
「すぐに王弟殿下に決めれば良かったものを」
「うっ…お前もわかってるだろ?儂は彼奴が苦手なのだ」
苦手ってだけでたいして出来も良くない自分の子供に王位を継がせたいとか、アホなのか?
「…今の所、5人が脱落致しました。残る2人はまぁ…普通ですかね」
「なっ、7人も居たのに2人しか残っておらぬのか!?」
「はい」
「り、理由はなんだ?」
「まぁ、主に女性問題ですかね。1人は何人もいる恋人の1人を妊娠させておりますし、内2人は私の妻を無理やり誘うわ、力づくで腕を握って怪我をさせるわ、私という夫から自分の運命の相手である妻を救い出すとか寝ぼけた事を言うわ…私が何度刃を向けそうになったか、お分かりで?」
サァーっと顔色を無くす国王。
この国王、国のトップに立つだけの頭はあるのだが、如何せん女性に弱い。
そこを、国王の子らもきっちり引き継いでしまっていた。
王妃が嫉妬深いため側室等を迎えることが出来ず、こっそりと励んだ結果が今の有り得ない庶子の数。
王女も入れれば2桁になる…アホか。
「す、すまぬ!分かっておろうが儂は何も指示しておらんからな!?お前を敵に回すほど、儂は耄碌しておらぬからな!?」
「…ええ、分かってますよ。ですが。陛下のお子らの私の妻に対する態度が許せないラインまで行った時は」
「も、も、勿論だ!ある程度痛めつけても構わん!むしろその様な阿呆に国は任せられぬし、本来の身分を明かしても害にしかならぬだろう」
「あー、それなのですがね。脱落した中の1人である子爵令息は気付いておりますよ」
「なんだと!?」
慌てて手元の資料を捲る国王の手が、1枚の資料を見て止まった。
『レグルス・ハービンジャー』
「こやつか…。たしか母親は生きておるな?」
「ええ。そりゃ彼の実の母親は伯爵令嬢ですからね」
そう、このアホな国王が手を出したのは平民や下位貴族出身の侍女とかだけではないのだ。
それなりの地位の令嬢なんかともお付き合いしていたのだ。
何度も言うが、アホか?アホなのか?
「うっ。儂だって本来ならば側室にしたかったんだぞ?だが王妃が…」
「はぁ。そのせいで今でも例の伯爵令嬢は未婚なわけですもんね」
「だから、それはその、仕方なかったというか」
「仕方なかったって、王妃殿下は結婚前から側室は認めないと仰っていたんでしょう?」
「そ、それは〜」
やれやれ、王妃に完全に尻に敷かれてるよな、この国王。
王妃と国王は政略結婚だが、王妃が年上で負けず嫌いな上にそれなりに優秀であったためか、婚約者時代からすでに尻に敷かれていた、とはセバスの言。
俺はまだその頃子供だったから、実際目にしてはいないんだよ。
俺としてはもう、王弟殿下でいいと思うんだ。
監視続行となっている2人がどう育つかはわからんが、この先もこの国の暗部を預かる身としては、やはりそれなりの人物に玉座に座って貰いたい。
そう考えている俺が今受けているこの任務の報告次第では、次の国王を選べてしまう立場でもあるわけだ。
そこんとこ、分かってんのかね?
「とりあえず、残り2人の監視を続けますが、その2人も脱落した場合は王弟殿下しか残りませんからね。というか、庶子の存在を半分くらいしか把握していない王妃殿下に、把握していなかった庶子を王太子にすると伝えられるんですか?残っている2人は、王妃殿下の把握していない庶子ですけど?」
「う…お前は痛い所ばかり突くなぁ」
「そりゃあ、私も王妃殿下の性格は把握しておりますから。陛下、半殺しにされるかもしれませんね」
ガタガタ震え出す国王。
うん、やっぱりアホなんだな。




