episode.16 The sound of falling in love.
それから数日後、ミーシャと例の侯爵家の次男さんの顔合わせに、わたくしもカイン様と同席する事に。
カイン様は紹介者の立場で居てもおかしくないのだけれど、わたくしはミーシャに『恥ずかしくて話せなくなるかも!ほら、わたくし毒舌でしょ?嫌われちゃったら困るわ!お願い、ロティも来て!』と懇願されたの。
可愛らしいミーシャにうるうるの瞳で頼まれたら、行かない訳にはいかないわ。
待ち合わせ場所に行く前、件の侯爵家の次男さんがシュヴァリエ家に来たの。
「長、奥様、おはようございます!…長、今回間を取り持って下さって、ありがとうございます!」
そう、カイン様って『長』って呼ばれてるの。
なんだが極道の親分て感じでまた素敵!
あら?極道は親分だったかしら?それとも親父だったかしら…あ、組長だわ。
となると、カイン様は…シュヴァリエ組組長…無いわ…いえ、意外と有りなのかしら。
そんなくだらな過ぎる妄想を広げていたわたくしの腰を、カイン様が引き寄せた。
「ロティ、こいつがミーシャ嬢に懸想してる部下のユーリだよ」
「お初にお目にかかります、ランダル侯爵家次男、ユーリ・ランダルと申します!長の部下なのでユーリとお呼び下さい!」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。わたくしカイン様の妻のシャーロット・シュヴァリエですわ。よろしくお願いいたしますわ」
「あ、ロティ。言い忘れてたけどロティはシュヴァリエ家の部下に敬語はいらないよ。…それにしてもユーリ、お前の変装服以外の格好久しぶりに見たな」
「奥様、長の仰った通り、敬語は要りません!自分達は長と奥様に仕えておりますので!…あの、長、この服変じゃないですかね…?最近女装ばっかりだったんで、良いか悪いか分からなくて」
「あー、なんか違和感があると思えば、女装じゃないからか。安心しろ、今日の服装なら心配はいらないだろう」
「本当ですか!?良かった〜!」
ほう。
ほうほうほう。
良いわ。これは良い。
笑顔で挨拶をしてくれたユーリは、人懐っこそうな元気なワンコ系のようにも見えて、線の細さから儚げにも見える不思議な雰囲気の男性。
髪色は白っぽいブロンドで、ふわふわしてそうなのにサラリとしてる…このあたりがワンコポイントね。
そして瞳はクリスタルの様な淡い水色だけれど、キラキラと輝いていて透明感があって…純真無垢な感じかしら。
なのに全体的に見ると、色香もある…うーん、ミステリアス。
そしてユーリも多分ソフトマッチョ。
それに自分で選んだらしい服装もなかなか。
ユーリは見た目もだけれど、何より声が良いわね。
その良い声で『女装』とか聞こえたけれど、気のせいよね…いや、線の細い彼なら、多分ものすごく似合うわ。
あり寄りのあり、だわ。
2人の会話を聞きながらもユーリを上から下まで見聞するわたくしの腰を、カイン様がさらにギュッと抱き寄せた。
「ロティ、あんまり俺以外の男を見て欲しくないんだけど?」
「あ、違いますわ!ミーシャの好みに合うか見ていただけですわ!性別なんて考えていませんでしたし、むしろ女装が見たいですわ!」
ぶはっと吹き出すカイン様と、ショックを受けるユーリ。
「お、奥様、それはなんというか…」
「あ、ごめんなさいね。大丈夫よ、貴方はとてもミーシャ好みだわ!もちろん今日の服装もよ!応援するから頑張って!」
「ほ、本当ですか!!!!ありがとうございます!奥様!!」
思わず手を握られそうになったわたくしの前に、カイン様の手がにょきっと伸びた。
目の前にはガシッと握り合う黒い笑顔のカイン様と目が点になったユーリ様の手。
「お、長!申し訳ありませんんんんん!嬉しくてつい…殺さないで下さい…」
やだわ、そんな事で殺さないでなんて…って、カイン様が深淵のようなオーラを纏ってるわ。
ミーシャと出逢う前に殺さないであげて!!
「ん。今後気をつけてくれたらいいよ。さ、行こうか」
数分後、なぜか笑顔でユーリを牽制するカイン様に肩を抱かれたままのわたくしと、顔を引き攣らせたユーリを乗せた馬車が、クルーゲル伯爵家に到着したわ。
クルーゲル家のタウンハウスとシュヴァリエ家はとっても近いのよ。
「シュヴァリエ君、シャーロット夫人、そして君がランダル侯爵家のユーリ君かな。よく来てくれたね」
「お久しぶりです、クルーゲル伯爵、ライラック夫人。ミーシャ嬢は学園ぶりだね」
「クルーゲル伯爵様、ライラック夫人、お久しぶりですわ。ミーシャ、ごきげんよう!」
朗らかに笑ってわたくし達を出迎えてくれたのは、ミーシャのお父上のクルーゲル伯爵様と、ミーシャによく似たお母上のライラック夫人。
クルーゲル伯爵様は花形の近衛師団長なだけあって、かなーーーり整ったお顔立ちの、多分ソフトより多めのマッチョ。
ライラック夫人は見た目は庇護欲をそそられる系のご夫人なのだけれど、勇ましくも優しくもあって、さすがミーシャのお母様って感じでわたくしも大好きなの。
そんな夫人の隣にいるミーシャを見てみれば、あら、俯いてもじもじとしているわね…可愛い!
じゃなくて、かなり緊張しているみたいだわ。
「皆さん、よく来てくださいましたわ。シャーロット、お久しぶりね!夫婦仲がとても良いと社交界でも評判よ、ふふ」
えっ、やだわ、恥ずかしい!
わたくしまだ社交界デビューすらしていないのに、そんな所でも話題にされてるだなんて!
って、わたくしの事はいいのよ、今日の主役はミーシャなのだから!
さあ、ユーリ、ご挨拶よ!
「お、お初にお目にかかります!ランダル侯爵家次男、ユーリ・ランダルと申します。今日はお時間を頂きまして、ありがとうございます」
うん、想い人の両親の前にしては、上出来じゃないかしら。
ユーリの声が好みだったであろうミーシャが、ゆっくりと顔を上げた瞬間、ユーリと目が合う。
途端にぼぼぼぼと赤くなるミーシャ…うん、落ちた音がしたわ。
何にって?そんなの決まっているわ、恋によ!
「よ、ようこそ、お越しくださいました、シュヴァリエ先生、ロティ…ラ、ランダル様…」
「あら、あらあらあら!ふふふふふ」
ライラック夫人、嬉しそうだわ。
クルーゲル伯爵は…oh......しかめっ面ね…。
わたくしが婚約する時のお父様を思い出したわ。
応接室に案内されたわたくし達はたわいない話を交わし、15分程たった頃にライラック夫人が「そろそろ…」と提案を口にしたの。
「ミーシャ、ランダル様にお庭を案内してさしあげたら?」
ナイスですわ、ライラック夫人!
頑張るのよ、ミーシャ、ユーリ!
「えっ、あっ、はい!…それでは、ご案内しますわ」
ユーリにエスコートされながら歩く初々しい2人の背を笑顔で見送るライラック夫人と、しぶーい顔のクルーゲル伯爵。
「シュヴァリエ様、娘に素敵な方を紹介して頂けて感謝するわ!ね、あなた」
「う、うむ…」
「中々主人のお眼鏡にかなう方がいなくて、困っていたのよ」
「いえいえ。元々ユーリの仕事場が学院だったので、妻の親友であるミーシャ嬢を見る機会が多かったのですよ。それで段々と想いを寄せるようになったようで、私としても部下が幸せを得るのは喜ばしい事ですから」
そう答えたカイン様が、わたくしに同意を求めるように微笑んだから、わたくしもその通りですわ!という想いを込めて頷いた。
「それにしても、あそこまでミーシャの好みど真ん中の方を連れてきて下さるなんて…もしかしてシャーロットがこの話を?」
「いいえ!わたくしもユーリに会ったのは先程が初めてでしたのよ。それであの容姿にあの声…まさにミーシャの好みそのもので、びっくりしましたの!」
「あら、そうなの!?きっと運命の相手なのね!これでクルーゲル家も安泰ね、ね、あなた!」
「う、うむ…」
先程から、「う、うむ…」しか言っていないクルーゲル伯爵、眉間のシワがその美形なご尊顔に似合わないわ。
それにしても、やっぱりどこの男親も娘の相手には良い顔をしないのね。
それが家族愛ゆえなのでしょうけれど。
「それで、ユーリの仕事について、なのですが」
カイン様が真面目な顔で話を切り替えたわ。
そういえば、今ユーリは影の仕事をしているけれど、娘婿になると近衛師団に入ることになるのかしら?
「ああ…そうだな、本人は何と言っているのだ?」
「本人は今のままでも近衛でも、伯爵とミーシャ嬢の意に沿うつもりだと言っています」
「たしか、かなり凄い聴力の持ち主だったか…近衛でも活かせそうではあるが、密談時の護衛には向かぬ…か」
王宮の応接室には防音結界が張られているけれど、ユーリは影の訓練をした際に、その結界をくぐり抜ける訓練もしてしまったため、聴き放題らしいわ。
なにそれ、凄くない!?
それより、近衛だと…ミーシャ的に微妙なのではないかしら。
「あの、わたくしの勝手な意見なのですけれど…ミーシャとしては、将来の伴侶を近衛師団という花形の職につかせる事は望まないのではないのではないでしょうか?」
「ん?シャーロット、どういう意味だ?」
本当にわからない、という顔で尋ねるクルーゲル伯爵の横で、ライラック夫人の大きなため息が零れた。
「あなた、近衛師団って、騎士団とは違ってたくさんの視線を浴びますでしょ。特に女性から。しかも他国の王家が来た時なんかの護衛をする事もありますわよね」
「ああ、まぁそうだな」
近衛師団は王宮の中で王族の警備をする立場だから、他国の王家とかを迎える時や、その人たちが滞在している間の護衛をする役目も仰せつかっているのよね。
その中にはもちろん王女なんかも含まれるわ。
だから見た目も重要で、制服も煌びやかだし、全員お顔が整っているのよ。
ユーリの顔も十分イケメンの部類に入るから、近衛師団に入る事自体は問題ないと思うわ。
でも、女としては自分以外の女性の目をたくさん集めるであろう近衛師団には、入って欲しくないと思うのよね。
わたくしだったら絶対に嫌だもの。
「女からすると、自分の伴侶が他のご令嬢にジロジロと見られたら、いい気はしないのよ。わたくしだって、婚約者だった頃はしょっちゅうイライラしたもの」
「えっ?そうだったのか?」
「クルーゲル伯爵、もしお美しい夫人が、日々多数の男性の目に触れる事を想像されたら…どう思われますか?」
カイン様が具体的な例を上げて問いかければ、愛妻家なクルーゲル伯爵の目がカッと開いた…イケメンの怒り顔、ちょっと怖いわね。
「なるほど!それはイラつくな!うむ、わかった、今のまま働いてもらおう」
本人たちのいない所で決めてしまっていいのかしら?と考えた所で、わたくしとカイン様は夫人に頼まれて、2人の様子を見てみることにしたの。




