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希望あふれる未来へ

本日二話更新しています。ご注意ください。



 兄さんはブツブツと私の聞こえない声と何かを話し合い、しばらくすると真剣な顔で私に向き直った。


「ヴィー、お前は知らないだろうが、お前の能力を魔界に欲しいと以前からオファーを受けているんだ。この薬屋にも直接交渉しているのだろうが、薬屋はお前を手放そうとしない。それを、薬屋が理不尽にお前を閉じ込めているという声が最近聞こえるようになっていた。あのオークはその意見を鵜呑みにしていたみたいだ。無理にお前を連れ出そうとしていたが、あくまで親切のつもりだったのだろう。まあ……随分と下心もあったようだが……」


「そうなんですか……? じゃあさっき家はオークさんと戦っていたんですか? 放り出さないんで家が認めたのかと思ってしまいました。あのオークさんは家よりも強いんですねえ……」


 私がそういうと薬屋の床がブルブルと悲しげに震えた。


「術を使われたらしい。あのオーク、見た目は禿げ散らかしたオッサンだが、相当強いぞ。正直俺の説得で引いてくれてよかった。いままで薬屋にそのような手段におよぶ者がいなかったが、あまり悪い噂が広まると同じような事がまた起きるかもしれない。いずれにせよ、ヴィーの守護が薬屋だけではもう足りないんだろう。

なあ、薬屋。そろそろヴィーを俺に渡してくれないか? 俺が正式に後見になれば魔界の法に守られる。そろそろ潮時じゃないかと思うんだ……うん、そうだな」


 兄さんは家に向かって話しかけている。直接話ができるんだ……。それすらも私は今まで知らなかった。後見とはなんだろう? 魔界なんて私にとっては一生縁のないおとぎ話のような場所だった。




 魔界に私を欲しいとはどういう意味なのだろう? 元人間だから? まさか実験にでも使われるとか? そういう考えに至って急に怖くなってきた。


 だって、魔人ばかりが住む魔界で、薬をちょっと作れるくらいの元人間に、それ以外に利用価値なんてほとんどないはずだ。


 兄さんが関わっているなら、私が危険な目に遭うようなことにはならないと信じたいが、兄さんも魔人として魔界で果たすべき職務があるのかもしれない、


 巣立ちしてからは、兄さんが時々訪ねてきてくれるから兄妹の縁が続いているが、私は魔界に渡れないので、私から兄さんを訪ねることはできない。



 今、兄さんはどんな仕事をしているの?

 魔界におうちがあるの?

 そういえば魔界での兄さんのことはほとんど知らないと今更ながら気付く。


 さっきオークさんとお話していた時も、普段きいたこともないような喋り方で知らないひとみたいだった。


「ねえ、兄さん。何が起きているんですか? 私がここに居ることで、家に迷惑がかかっているってことなのですか? オークさんはなんで私を連れ出そうとしたの? 兄さんはなんでオークさんに嘘をついたの? 私と兄さんは兄妹と言ってはいけないの? ねえ、私はもう妹と思ってもらえないの……?」


 オリヴァーのことで情緒不安定になっていた私は感情的になってしまい、つい兄さんを責めるようなことを言ってしまう。


「ち、違う! さっきお前をツガイだと言ったのは……オークたちは昔、人間の女を攫って無理やり子を産ませるということを繰り返していたんだが、それを見咎めた魔王様が人攫いを禁止する条約を作ったんだ。

その条約によると、成人していない子どもや、ツガイを持つ者は、たとえ本人の同意が得られたとしても連れてきてはならないと決まっているので、あの場でツガイがいると言えばオークは引かざるを得ないと考えたからだ。嘘をついたといえば嘘なんだが……あれは俺の願望というか……妹でなくとも、お前を大切に思う気持ちに変わりはないという意味で……」


「だって、兄さん私に嘘はつかないって、そう言ったのに……魔界に行くなんて話、初めて聞いた……ねえ、オリヴァーは? 彼はちゃんと人間界に帰れたんですか? お願い、嘘はもうイヤなの」


 兄を疑うようなことはしたくない。だがもう何を信じていいのか分からない。

 でも、兄も家も、いろいろな私に関わることを話してくれなかった。私は彼らにとって信じるに足らない者なのだろうか。人間だった頃も私は誰にも信じてもらえず殺された。十年経って再び出会ったオリヴァーも、私のことを何一つ信じてはくれなかった。


 魔界で誰が私を連れて来いと言っているのか分からないが、もう私は誰かの思惑に振り回されるのは嫌だ。ただあるがままの私を受け入れてくれたのは森だけだ。兄さんも家も、森の者だと思っていたけれど、もう魔界のひとになったのかもしれない。

 私はこの森から出たくない。



「ヴィー、ちょっと落ち着け。不安に呑まれて目を曇らせるんじゃない。あの人間はちゃんと人間界で信頼できる者に預けた。魔界の話を黙っていたのは悪かったが、薬屋も俺も、お前を守りたいだけなんだ。でも、いまの薬屋の守護だけではもう守りきれないところまできているのかもしれないと、さっき薬屋とも話したんだ。

ヴィー、不安があるのなら、自分の目で魔界を見てみればいい。どういう理由でお前が呼ばれたのか、自分の耳で聞いてみろ。その上でどうするかヴィー自身で決めればいいんだ」


「自分の目で、魔界を見る……」


「そうだ。薬屋もそれでいいと了承した。俺は、お前を守るためにお前の後見になりたいと思って、魔界で認められるよう頑張ってきたんだ。言っただろう、俺はお前を騙したり裏切ったり、利用したりなんてしない。お前が今まで見てきた俺は、そんなに信頼できないような男だったか?」


 兄さんに言われてハッと我に返る。

 兄さんはずっと私を守ってくれていた。悪夢にうなされた夜も、いつも兄さんが抱きしめてくれた。誰よりも私を助けてくれたひとなのに、知らないことがあったというだけで今の不安な気持ちに流されて、兄さんを疑ってしまった。


 

 ……私、最低だ。誰も信じてくれなかった、なんて悲劇のヒロインぶっておいて、自分も同じことをしているじゃないか。一刻の感情で、それまで信頼していたひとをこんなにも簡単に疑ってしまった。


 猛烈な自己嫌悪に襲われて、這いつくばる勢いで兄さんに謝罪する。


「ごめんなさい! 兄さんの言う通り、不安で目が曇っていました。誰よりも兄さんは私を大切にしてくれたのに、疑うようなことを言ってしまって……許されることではないです」


「いや、いいんだ。あんなことがあった後で疲弊しているヴィーにする話ではなかった。だが俺が思っていたよりもあまり猶予はなかったみたいだ。薬屋の協定を無視する者が出てくるのなら、早く後見の認定を得る必要がある。……ヴィー、俺と来てくれるか?」


 手を差し出す兄さんの金色の瞳が、不安そうに揺れている。まるで私が断ることを恐れているように。


 兄さんだって万能じゃないんだ。魔人になりたてで、兄さんだって最初はなにも分からない魔界で色々な苦労をしてきたに違いない。


 だったら私も、安寧に甘えないで、森を出て、自分の目で世界を見よう。


 立ち上がって、兄さんの手をギュッと握る。


「はい、自分で判断する機会を与えてくれてありがとうございます。私、兄さんと一緒に魔界に行きます。魔界がどういうところなのか、何故私が呼ばれるのか、直接話を聞いて事実を知りたいと思います。兄さんには面倒をかけますが、よろしくお願いします」


「そうか! 来てくれるか! じゃあ、それでな、後見になるには、お前とツガイだってことにしたほうが、申請が通りやすいからそういうことにしていいか…………っうるせえ薬屋! 今大事なとこなんだよ! ヴィーちょっと待て、ここを出てから話そう、雑音がうるさすぎる」


「雑音って……兄さんは家と会話できるんですよね。いいなあ、私も一度でいいから直接話してみたかったな。あの、薬屋さん? って呼べばいいんでしょうか。今までありがとうございました。温かい寝床と、充実した仕事を与えて頂いて感謝しています。ここで過ごした日々はとても幸せで、私の大切な宝物です」


 今まで『意思ある生き物』だと思ってはいたが、本当に家が生きている実感はあまりなかった。だから直接話しかけることはほとんどなかったけれど、心からの感謝をこめて家に向かって言葉をかける。


 家はそれに応えるように、ふるふると優しく揺れた。



「おい、ヴィー、早く出よう。こいつ、下手すると店を畳んで付いてきそうだ。薬屋が終了したらまた俺が文句を言われるハメになるだろうが。絶対に付いてくるなよ? お前は早く次のあるじを見つけろ。行くぞ」


 兄さんはそう言うと私を抱き上げて店を飛び出した。


 そのままグワッと高くジャンプして、一気に敷地を抜ける。


「ヴィーが森を愛しているのは知っている。どうしても魔界が嫌なら帰って来たっていい。だけど魔界も面白いものであふれているぞ。新しい生活もきっと楽しいって思うよ。俺はヴィーとまた一緒に暮らせるのが楽しみでしょうがないがな!」



 空を飛ぶように森を駆ける兄さんは、心底楽しそうに笑いながら私に話しかける。

 こうして走っていると、昔に戻ったみたいだ。兄さんに背負われて森を駆けた日々を思い出して切ないながらも楽しい気持ちになってくる。


「そうですね! 森よりも不思議な生き物がたくさんいるんでしょうか! 楽しみです!」


 私も笑いながら答えると、兄さんはちょっと驚きながらも、嬉しそうに鼻をこすりつけてきた。



「さあ! 魔界へ渡るぞ! 新しい日々の始まりだ!」


 森の中心部にある泉の上空から、兄さんの掛け声とともに泉へ飛び込んでいく。



 今までは、森からみえる崖の向こうは人間界につながっているんだと思って、まだ自分が人間とつながりがあるような気がしていたが、魔界に渡ればこれで完全に人間界とも決別だ。


 もちろんオリヴァーとも二度と会うことはない。

 奇跡のような偶然で再び彼と出会ったが、あんな奇跡はもう起こりようもない。




「ほんとに、永遠に、さようなら」


 声に出して別れの言葉を呟く。

 不思議と悲しい気持ちにはならかった。

 



 きっと彼もそうだろうけど、私もこれからの人生を、精一杯生きる。


 もう過去を振り返って泣くようなことはしないと心に誓って、私は目を閉じた。






おわり

















これにて完結となります。最後までお読みくださってありがとうございました。


この後のオリヴァーさんですが、庭師のじいさんに弟子入りして人間辞めてヴィーちゃんを追いかけて魔界に現れ、魔人街で店を持って真面目に暮らしている彼女の元までやってきて、「もう一度、俺を君のペットにしてくれ!!!」と公衆の面前で声高に叫びオリヴァーさんたらヴィーちゃんを社会的に殺してくる……てとこまで考えましたが、あまりにも不憫なのでさすがに止めました。


イチ兄さんやパックンちゃん、オオカミ母さんだけでなく、なんと薬屋のホラーハウスまでも皆様に愛していただいて感謝感謝です! ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろかったです!もっと先が読みたいと思う駆け足な終わり方でしたが、パックンちゃんかわいかったし、イチ兄かっこいい。オリヴァーのヘタレっぷりがすごい。でも残念ヒーロー嫌いじゃないので、ぜ…
[良い点] パックンちゃん可愛いし優しい 夢心地で死なせてくれる系? [気になる点] 1人残された殿下 [一言] 魔界編お待ちしたい
[良い点] 久々にエイ先生の作品を読み直してますが 何度読んでこのエンドで良かったと思います! (イチ兄さん推しなので!) オリヴァー押しかけも良いですが彼はしがらみがあったとはいえヴィーちゃんに甘…
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