第19話「王都からの提案」
エドガーの言葉が城下で静かに広がり始めた頃、王都から再び正式な使者が到着した。
今度は監査ではない。
封書は厚く、王家の紋章が鮮明だった。
執務室で封を切る。
同席するのはミレイユとセルマ。
文面は明確だった。
『フェルンベルク領の教育制度および契約再設計は、王国の将来的安定に資する可能性がある。
ついては、王都直轄領にて試験導入を検討する。
フェルンベルク公爵令嬢に助言役としての出仕を求む』
室内に静寂が落ちる。
「……中央が動いた」
ミレイユが小さく言う。
「評価とも、牽制とも取れる」
セルマは眉をひそめる。
「出仕となれば、領地を離れる時間が増える」
「条件は」
アリアは文書を読み進める。
『ただし制度設計は王都監督下とする』
監督下。
その一語が重い。
「主導権は王都にあります」
ミレイユが即座に言う。
「あなたの名を使い、王都仕様に調整される」
「そして失敗すれば、責任は?」
「あなたにも及ぶ」
セルマの声は低い。
王都は利用する。
成功すれば取り込み、失敗すれば切る。
政治の常道。
「断れば」
「旧貴族派に『やはり地方の理想論』と攻撃される」
「受ければ」
「中央に組み込まれる」
どちらも簡単ではない。
アリアは窓の外を見る。
森。鉱山。城下。
ようやく均衡を保ち始めた領地。
「エドガーたちが知れば」
セルマが言う。
「『王都を変える機会だ』と騒ぐでしょう」
その通りだ。
若い理想は中央へ向かう。
だが中央は、地方より複雑だ。
「期限は」
ミレイユが文書を指差す。
「一月以内に回答」
一月。
領地の均衡がようやく安定し始めた今。
「意図は明白ね」
アリアは小さく言う。
「私を動かすことで、領地を揺らす」
「あるいは、あなたを中央に縛る」
どちらにせよ、均衡は崩れる。
「どうしますか」
ミレイユが問う。
沈黙が長く続く。
やがてアリアは口を開く。
「受ける」
セルマが目を細める。
「即断か」
「ただし条件を付ける」
視線は鋭い。
「制度設計は共同名義。最終決定は王都だが、修正提案権を明記」
「通ると思いますか」
「通らせる」
ミレイユの口元がわずかに緩む。
「交渉ですね」
「ええ」
王都は力を持つ。
だがこちらも、実績を持った。
「領地はどうする」
セルマが問う。
「あなたが不在になれば、不安が出る」
「長期滞在はしない」
アリアは即答する。
「往復で動く」
「負担が増えます」
「覚悟はしている」
夜、エドガーが城を訪れた。
「王都へ?」
情報は早い。
「はい」
「ついに中央を変えるのですね」
目が輝く。
アリアは静かに言う。
「変えるためではない」
「では?」
「試すため」
エドガーは首を傾げる。
「中央は地方より力が強い。制度が歪められる可能性もある」
「だからこそ監視が必要です」
即答。
理屈は整っている。
「力を均す好機です」
その言葉に、アリアは微かに眉を寄せる。
「均すことが目的になってはいけない」
「目的は合意です」
「合意は、相手を敵にしないこと」
「敵がいるなら?」
またその問い。
若い理想は直線だ。
曲線を知らない。
「王都は敵ではない」
アリアははっきり言う。
「王都は、国家そのものよ」
エドガーは黙る。
だが完全には納得していない。
その熱が危うい。
彼は頭を下げる。
「ならば、我々も準備します」
「準備?」
「中央に依存しない力を」
去っていく背中。
セルマが小さく呟く。
「熱が増している」
「ええ」
アリアは窓の外を見る。
王都の提案は好機だ。
だが同時に、火種でもある。
中央へ出る。
領地を守る。
若い理想を暴走させない。
均衡は、さらに難しくなる。
それでも止まらない。
急がず、だが止まらず。
アリアはペンを取り、返書を書き始めた。
王都との新たな局面が、静かに幕を開ける。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




