第九話 小さな決意
セシルからいくつかの報告を受けたあと、サディクを連れて医務室を出た。
留置室でファシルに尋問をしている官吏たちへ、ティティユから聞いた情報を伝えるべく人をおくる。
今日ティティユが見つける以前にも、偽造された文書があるかもしれない。ファシルが着任した数か月前に遡って調査する必要があるだろう。
知った者を口封じに殺そうとする相手だ、長期間にわたって重要な情報が改ざんされているかもしれない。
大層なことをやってくれたものだ。ここで作られた文書の一枚は王宮に送られ、それを基に関係各所へ伝達するための文書が何枚も複製されることがある。どこまで影響があるかわからない。
「サディク、やはりわたしは考えが甘いな。身元があいまいなファシルを雇うことをお前は反対していたのに」
「いいえアルバート様、貴方はいつでも貴方の思う通りにされていいのですよ。不幸なことが起こったときは、わたしたちの腕の見せどころです」
もっと注意深く、厳しくあらねばならない。自分には敵が多いのだから。
何度そう自分に言い聞かせても情を移してしまうアルバートを、三つ年上の兄は諫めることなく支えてくれている。
「それに、ティティユはあれほど純粋な忠誠心であなたに仕えていますよ」
嘆息した。全身包帯だらけ、簡単に壊れそうなほど小さい体で、アルバートやファシルまでも守ろうとする姿に、どうしようもなく胸が痛む。
よく今まで生き延びたものだ……
ティティユには自分が傷つかない道を選ぶという考えがないように見える。それほどまでに、ティティユの育った環境は、彼女の安否に関心を示さなかったのだろう。
常に献身を求められ、ティティユにとっての世界は自分を差し出すだけの相手になった。
しかし今、ティティユの周りには彼女を心配して心を砕く友人や同僚がたくさんいる。
彼らの心がティティユに届くことはない。ティティユにとって彼らの心は未知で、見たことも触れたこともないものだからだろう。
ティティユ自身が心配して心を砕くものは何かないのか。彼女にとっては自分の命すら軽く大切なものではない。守るもののない生など、空虚でつまらないものではないか ――――
アルバートは彼女への褒美を決めた。時間はかかってもきっと上手くいく、という予感がした。
これを受け取ったとき、人形のようなティティユの顔がどうなってしまうのか、今から楽しみだ。