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幼女と幼女と変態と(1)

 それから数日、平和な毎日が続いていた。

 シュテルン石の反応はなく、魔法少女になることもなく、薫の心の平穏は保たれていた。

 残り二つをさっさと集めてしまいたい気持ちも薫にはあったが、それ以上に、魔法少女に対する王子やヴィーゼルからの変態行為に、変身することへの拒否感が上回っていた。

「いっそこのまま帰ってくれないかな……」

「何か言いました?」

 ヴィーゼルから聞き返され、薫は慌てて口を噤む。

 悩み過ぎて、心の声が漏れ出てしまっていたようだ。

「なんでもないなんでもない」

 隣を歩くフェレット姿のヴィーゼルに、薫は首を横に振る。

「そうですか?」

「そうそう。ははは」

 薫は顔に笑顔を貼り付け、ごまかした。

 ヴィーゼルが来てから、営業スマイルのレベルが上がったような気がする日々だ。

「さっさと行こう。お前も忙しいだろ?」

 今は朝で出勤前。

 薫はケーキ屋に向かっているところだった。

 ヴィーゼルはシュテルン石を探しに行くところだ。

 最近は、ケーキ屋の少し手前でヴィーゼルと別れていた。

 そろそろヴィーゼルと別れる十字路だ。

「今日こそはシュテルン石が見付かるといいな」

 心にもないことを言いながら、手を上げて別れの挨拶をした薫は、十字路を左に曲がり、その先にいつもはないものを見付けて後ずさった。

「どうしたのですか?」

 薫のいつもと違う行動に、ヴィーゼルも薫を追って左の道に入る。

「おやおや、これは」

 幼稚園児ぐらいの女の子が、道の真ん中でうろうろしていた。

 しかも、一人で。

「ママ……」

 心細そうな声で、女の子が母親を呼んでいる。

 今にも泣きそうな顔だった。

「迷子ですね」

「迷子だな……」

「どうしますか?」

「どうしますかって……」

 普通なら声をかける。

 声をかけて女の子をなだめて、母親を一緒に探す。

 しかし、今はタイミングが悪い。

 子供を狙った不審者の件がある。

 もし、話しかけてもっと泣かれ、その最中に誰かが来たら……。

 まるで幼女を狙った変質者だ。

 誤解で逮捕なんて、勘弁願いたい。

 しかし、このまま放っておくわけにもいかなかった。

 本物の変質者が現れないとも限らない。

「どうしますか?」

 ヴィーゼルが再度、確認する。

 いつもの無表情と感情のこもらない声だったが、薫には急かしているように聞こえた。

「どうするって、無視するわけにいかないだろ……」

 泣きそうな子供を放置出来るほど、薫は外道ではなかった。

「しかし、どう話しかけようか……。あ、ヴィーゼルが行くのはどうだ? お前が人間界用スーツを着て話しかければ、子供同士だから怪しまれないだろ」

「自分で助けることを決めたくせに、他人頼りですか」

「ぐっ」

 痛いとこを突いてくる。

「お前、女好きのくせに、こんな時だけその態度かよ」

「何を言っているのですか? あんな小さな女の子を恋愛対象に見るとか、変態ですか? 気持ち悪いですね。勘弁してください」

 ヴィーゼルが見下す態度で言葉を畳みかけてきた。

「変態王子と一緒にするな!」

 あんなのと同じだなんて心外だ。

「まあ、それはどうでもいいんですけど、その方法は無理です。人間界用スーツは洗濯中ですので、今は持っていません」

 持っていないなら持っていないと言うだけでいいのに、ヴィーゼルは何故こうも一言どころか二言も三言も多いのか。

「スーツが使えないとなると、他に手段が……」

「薫さん」

 薫はヴィーゼルを無視して、腕を組んであからさまに悩む。

「うーん」

「薫さん」

 また、無視。

「どうする……」

「薫さん、薫さん」

 ヴィーゼルが薫の足を、前足でボンボンと叩く。

「……何だ」

 さすがに無視出来なくなった薫は、ヴィーゼルを見た。

「薫さんには怪しまれずに話しかける方法があるじゃないですか」

 薫は口を引き結び、黙る。

 不審者に思われない方法。

 それには薫も気付いていた。

 気付いていて、わざとそこから目をそらしていた。

 一番やりたくない方法だったから。

「ほら薫さん。女の子が泣き出してしまいましたよ」

 女の子を見ると、座り込んでわんわん泣いていた。

「早くしないと」

 ヴィーゼルが急かす。

「いや、それは……」

「ああ、じれったいですね。さっさと行って下さい」

 ヴィーゼルがそう言うと同時に、ポンと音をたてて薫の周りが煙で包まれた。

「おい! 勝手に……!」

 煙がはれると、そこには魔法少女姿のカオルがいた。

 オレンジがかった金髪のツインテールに可愛らしい顔。

 ピンクのジャケットとフリルの付いたスカート。

 そして、小さな身体。

 この子供の姿なら、怪しまれる心配はない。

「くそう……」

 カオルは渋々、泣いている女の子のそばに向かった

「大丈夫?」

 カオルは女の子に声をかける。

「うえっ?」

 女の子は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。

「迷子かな?」

「う……。え?」

 カオルは女の子に、上から下までじっくり見られた。

「そのかっこう……。なあに?」

 この魔法少女の姿は、泣いている幼女の涙を止められるほど、インパクトがあるらしい。

 カオルを見ている女の子は、目を丸くして泣き止んでいた。

「え、えっと……。これは……」

「魔女っ娘ルルコちゃん?」

「え?」

「お姉ちゃんルルコちゃんなの?」

 お姉ちゃんではないし、ルルコちゃんでもない。

 カオルは否定したい気持ちをぐっと抑える。

 今のカオルの姿はどう見てもお姉ちゃんで、たぶん魔法少女のアニメか何かなのであろうルルコちゃんにも見えるだろう。

「ルルコちゃん! 魔法! 魔法見せて!」

「え、ええ〜っと……。お姉ちゃんはルルコちゃんじゃないから、魔法は使えないよ」

 お姉ちゃんの否定は諦めるしかないが、ルルコちゃんの方はしっかり否定しておきたい。

「そうなの? じゃあ、何コちゃん? あと魔法見せて!」

「何コちゃんでもないよ……。あと魔法も使えないよ……」

 諦めないお子様だ……。

 カオルは心の中でため息を吐く。

「そうなの? つまんない……」

 女の子は唇を尖らせた。

 女の子の表情が曇る。

「ママ……」

 女の子が俯いて呟いた。

 あ、ヤバい。

 カオルはまずい選択をしたのに気が付いた。

 女の子が泣き止んだのは、興味のあるもので気を引けたからだ。

 それが間違っていたと分かれば、女の子が再び泣き出すのも時間の問題である。

「ああーっと、ママな。ママ。一緒にママを探そうか」

 女の子は下を向いたまま、コクリと頷いた。

「ママ……」

 女の子が泣き出す前に、女の子のママを見付けなければ。

 しかし、探す前にしなければならないことがあった。

 それは、仕事に遅刻するかもしれない旨を、桃子かオーナーに伝えることだ。

 開店まであと四十五分。

 開店前準備もあるから、もう店に着いておきたい時間だった。

「だが、しかし……」

 連絡出来ない問題が一つあった。

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