ヴィーゼルの楽園
「いらっしゃいませ」
人間姿のヴィーゼルが客を飲食スペースに案内する。
ヴィーゼルが働き始めてから二週間。
仕事が滞りなく進むようになり、接客も以前のように出来るようになっていた。
客足はゆっくりとだが、戻り始めている。
いや、戻り始めているというより、新しい客層が出来始めていた。
男の客が増えたのだ。
今までも桃子狙いの客がいたにはいたが、そいつらとは違う客だった。
今度の客はヴィーゼル狙いだ。
男のヴィーゼル狙いでせっせと足を運ぶ男達の姿はだいぶ滑稽だったが、客達にヴィーゼルが男だと知らせるつもりはない。
ヴィーゼルは女の客には気を配り、積極的に関わろうとするが、男の客には極力近付かない。
ヴィーゼルと話すには、注文をするしかないのだ。
ヴィーゼル狙いの客達はヴィーゼルと会話する為、店にかなりの貢献をしていた。
しかも、桃子狙いの客と違い、ヴィーゼル狙いの客は女の客が少ない時間帯に来るので、今まで客の少なかった時間帯にも客が入るようになり、デットタイムが減ったことで効率の良い営業が出来ていた。
店が安定するまでは、このままバレずに営業したいと薫は思っていた。
ヴィーゼルは嫌がっているが。
「何なんですか。あの男どもは」
カウンターに戻って来たヴィーゼルが、薫の横で悪態をつく。
薫は大きなトレーの上のケーキを、陳列ケースに並べているところだった。
カウンター内では桃子が販売をしているので、小声でのやりとりだ。
「男どもなんて言わない」
「ボクがお客様と話しているのに、邪魔をしてきて迷惑です」
「その男も客。それと邪魔じゃなくて注文だろ。で、注文は?」
「チーズケーキです」
「了解」
空になったトレーを脇に置き、チーズケーキを取り出す。
皿にのせ、いつも通りに飾り付けた。
「チーズケーキ出来たぞ」
「はい」
薫はヴィーゼルにチーズケーキを渡す。
ヴィーゼルは紅茶を入れ終わったところだった。
丸いトレーにチーズケーキと紅茶をのせ、ヴィーゼルは飲食スペースに運びに行く。
ヴィーゼルの背中を見ながら、ふと思う。
ヴィーゼルの顔が無表情でよかったと。
もし、顔に出るようなタイプだったら、男相手の接客が出来なくなるところだった。
ケーキをのせてきた空になったトレーを持ち、薫は厨房に戻る。
厨房の作業台の上には補充用のケーキがまだまだあった。
薫はイチゴケーキがのったトレーと空のトレーを交換し、また売り場に出た。
「美世留ちゃんのおかげですね」
ちょうど客が切れたのか、カウンターに入ると桃子が話しかけてきた。
「人手が足りなくなって、どうにもならなくなってきた時はどうなることかと……」
桃子が苦笑する。
やはり桃子も危機感を持っていたようだ。
「そうですね。一人いるのといないのでは全然違う」
「美世留ちゃんはシフトにたくさん入ってくれるし、本当に助かります」
ヴィーゼルは近隣の高校が放課後の時間になるとバイトに入り、閉店まで働いていく。
土日祝日はほぼ丸一日店にいるので、ヴィーゼルは前に働いていたバイト以上に勤務していた。
「本当ならお兄ちゃんが戻ってくるべきだったのに。あの奔放兄め」
桃子には兄が一人いる。
パティシエ修行で海外を飛び回っているらしい。
経営が傾き始めた時、桃子はその兄に連絡をしたらしいが、戻って来ることはなかった。
「いっつも勝手なんだから」
桃子は頬を膨らませる。
しかし、すぐに笑顔になった。
「いらっしゃいませ!」
店にお客が入って来た。
近所に店舗を持つ、常連のおばさんだった。
「こんにちは〜。今日も繁盛しているわね〜」
「ありがとうございます。そちらはどうですか?」
「うちもボチボチよ〜」
おばさんは口に手を当てて、ホホホと笑った。
「今日はどうしますか?」
おばさんの店ではお得意様にケーキを出している。
そのケーキを毎回、ここで買ってくれていた。
「いつも通りでお願いするわ。あ、それと今日は回覧板も持って来たの」
おばさんがバインダーを差し出してくる。
「最近、この近所で子供を狙った不審者が出ているんですって。恐いわね〜」
「私も聞いてびっくりしました。回覧板のお知らせに入ったんですね」
薫も不審者の話を、ヴィーゼルが働くことになったその日に聞いていた。
魔法少女姿のカオルを、無理やり店へ連れて行ったのもそれが理由だったらしく、不審者が出ているから、なるべくヴィーゼルと一緒に帰るようにしてほしいと桃子に言われた。
人間の姿が危ないのなら、フェレットの姿に戻ってから帰ればいいし、そもそもヴィーゼルは男なのだから心配する必要はないが、桃子の真剣な顔に、薫はとりあえず頷いておいた。
「うちには不審者に狙われるような年齢の子供はいないから大丈夫だけど、あなたのところは大丈夫? 最近入った女の子がかなり可愛かったわよね」
「はい。大丈夫です。竹山さんに一緒に帰ってもらっているので」
持っていたケーキの補充が終わり、立ち上がって厨房に戻ろうとしたところでちょうど名前が出て、薫はドキリと固まった。
おばさんの視線が薫に向く。
そして、薫はねめつけるようにジロジロと見られた。
「ふーん? あなたが?」
おばさんのこういう視線は苦手だ。
怪しまれているように感じて、居心地が悪くなる。
「竹山さん新しいバイトの子の親戚なんですよ。バイトもその繋がりで見つかったようなもので」
「あら、そうなの?」
おばさんは親戚と聞いて、薫からすぐに視線を外した。
薫はおばさんの目力から解放され、無駄に緊張していた身体の力を抜く。
軽く頭を下げて厨房に戻った。
もうしばらくは売り場に出たくない。
しかし、補充する商品はまだある。
出ないわけにはいかない。
内心でため息を吐きつつ、薫はケーキののったトレーを持ってまた売り場に出た。
売り場に出ると、おばさんがちょうど会計をしているところだった。
「じゃあ、お互い頑張りましょ〜う」
手を振りながら、おばさんは店から出て行った。
薫はおばさんがやっといなくなったとこっそり安堵する。
「早く捕まるといいですね」
「え?」
気を抜いていた薫は何のことか分からず、桃子に聞き返した。
「不審者です。美世留ちゃんにも安心して働いてほしいし」
「ああ、そうですね」
実際にはいらない心配だが、薫は無難な返事をしておく。
ヴィーゼルは安心どころか有頂天で仕事をしていた。
「いらっしゃいませ」
入口が開き、客が入って来る。
女性二人組だ。
「すみません。今、席は空いていますか?」
「いらっしゃいませ〜」
素早くヴィーゼルが現れ、飲食スペースに女性二人を案内した。
ヴィーゼル曰く、ここは楽園らしい。
無表情だが、キラキラとした瞳でヴィーゼルは仕事をしていた。




