フリー車両作成、そして完成
慶福は、インターネットの画像検索を利用して、沖縄らしい色使いの情景を探っていく。琉球王国の頃から日本と大陸の文化を混ぜたような、異国情緒あふれる趣を車体に取り入れられないか、考えていた。加奈子は、夫のぎらついた眼を見て安堵している。果たして、沖縄の情景に合ったフリー車体の素材は見つかるのだろうか。そのことだけが気がかりだった。
週に四日は、模型店のパート店員として時間を取られる。慶福は器用で、ビギナーから常連にかけての客受けは良いようだ。レイアウト制作を考えている客の求めるストラクチャーや、情景用の小物のチョイスが上手い。その他の模型でも、商品知識の呑み込みが早く、重宝がられているようだった。
加奈子は、ネットショップで、サイトの制作も任されるようになった。簡単な文章を打ち込んだり、全体の構成をデザインしたりする。有名なホームページ作成サイトで、割と安い料金設定で借りている。昔のようにHTMLを打ち込まない分、楽でもある。加奈子は、夫の夢を後押しするための訓練だと思って勉強した。
慶福のデザインしたフリー車体は、クリームを基調に輝く太陽と海の波をあしらった物にした。どことなく、沖縄を走るバスに似ていなくもないが、人の考えることは皆に通ってしまうのだろう。青を全面にあしらった気動車は、サトウキビ畑をゆっくりとした速度で駆け抜けていく。茶色い客車を引いた機関車という編成も考えてみたが、茶色だと風景にとけこまず、印象も地味になってしまう。加奈子の主張で、オリジナルデザインの気動車ということになった。
ローカル線というには、わりと大き目のスペースをとった線路を、二両の気動車はゆったりと走る。高架を上り、トンネルをくぐり、サトウキビ畑を抜け、御嶽を背景に、エンドレスを一周する。エンドレスは二重になっているが、線路同士の幅が広く、ただの複線とは思えない配置になっていた。
「これは、何かの賞に出すの」
「出そうと思っている」
「入賞したらいいわね」
「それは難しいと思う。賞に出す人はベテランが多いからな」
コンテストに出すのが、処女作のレイアウトだとしたら、入賞する可能性は低いだろう。慶福は器用ではあるが、レイアウトづくりは新米でもある。それに、もしかしたら沖縄をテーマにしたレイアウトは過去にもたくさん出品されているのではないか。世の中はそれ程甘くないと思わなければならない。それでも、夫の思いが形になってほしいと加奈子は願った。
模型店の売り上げは、マニアの客には知られた店ということもあり、そこそこペイできるが、もし慶福が新規に店を出すとなれば、宣伝費だけでも大変になるだろう。慶福もその所で悩んでいる。沖縄で鉄道模型店が成功できる保証はない。むしろかなりの冒険になってしまうことは想像できた。台風も多いことをネットで知り、沖縄に店を出すことについて、慶福は諦めかけていた。加奈子も、無理に夢を追わせないと決めていた。それより今は、長年手を付けずにいたレイアウトづくりに全力を傾けてほしかった。
レイアウトがほぼ完成した時、ビールで乾杯をした。夜に合わせて部屋の照明を暗くすると、レイアウトの町に灯がともった。加奈子は、レイアウトが見せる別の顔に引き込まれた。ヘッドライトや室内灯をつけた気動車が線路を一周する。沖縄風の民家に明かりがつく。夜の顔が走行音を響かせて、網膜に焼き付く。
『レイアウトエクスプレス』のコンテストは、残念ながら入選どまりだった。賞を取ることはできなかったが、雑誌には「意欲作」とのコメント付きで掲載された。慶福は、初めてのレイアウトが一応の結果を残したことに満足した。そして加奈子も、慶福の趣味に理解を示した。リビングに置かれたレイアウトは、様々な来客を迎えて、部屋の花形になっている。
やっぱり沖縄で鉄道模型店の経営は、現在の私の筆力では無理でした。
ここで終わらせた方がエタナールは回避できると思ったので、これで終わりにします。