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男装少女と騎士の出逢い1

初投稿です。長編になります。


 オールダンド王国では、領地を得られる年齢になるまで王子は墓守りを務めることになっている。王都郊外の岩山の奥深くに秘められた、歴代の国王の魂を祀る王廟にこもり、心身の修練を積むわけだ。

 石造りの王廟内は夏でも涼しく、冬ともなると痛みを覚えるくらいの厳しい寒さに苦しめられる。今は春だから、寒さのピークは過ぎたがまだまだ過ごしやすいとは言えない。身体を動かすことは、そんな時季をやり過ごすひとつの方法ではあった。

「……やぁっ!」

 わたしは宝石をあしらった剣を振るい、師の胸から腹にかけてを切り裂こうとする。師はそれを盾で受け止める。鈍い音が地下広間にこだまし、わたしの鼓膜を震わせる。師はふむ、と軽く頷いて、剣に力を込め続けているわたしを見下ろした。

「修練の成果は上々のようだ。これならこの国の王子として恥じることはあるまい」

「そうでしょうか」

「今日はこれまで」

 師が盾を一振りしただけで、わたしの剣は弾き飛ばされ、勢いのまま後退りすることになる。……悔しい、と思うのはこういうときだ。師はわたしを褒めたあとに決まって悪気なくこういうことをして、せっかく付きそうだった弟子の自信を木っ端みじんにしていくのだ。

 クルス師は王族でない者が王廟に入るときの礼儀として、長身を黒衣に包んでいる。筋骨隆々、というわけでもないのに、どういう筋肉をしているのか凄まじい膂力を有し、代々王家の者に武芸の心得を叩き込んでいる、王廟付きの一族の者だ。

 わたしは剣を鞘におさめ、真面目な顔で訊ねる。

「師匠。本日の甘いものは」

「今日はいい」

 わたしは内心仰天した。

 彼はわたしに稽古をつけたあと報酬として甘味を要求するのが常で、何事にも淡々としている師がそのときだけは細い目を輝かせるのに、今日は要らないなんて言う。

「……そんなに驚くことか。お前も成人の儀が近いのだ。煩わせまいと思っただけだ」

 煩わせるとは。

 確かに彼に渡す甘味は、毎回わたしが考えて調達していた。手間でなかったと言えば嘘にはなるが。

「それは……お心遣い感謝します……」

「成人の儀が終わったら、まとめて請求する。鍛錬を欠かさぬように」

 淡々と言って、師はわたしに背を向けた。そうして悠然とその場を立ち去る。いつも思うことだが、この人って格好いいのか悪いのか、よくわからない。

「……シャーリー!」

 そのとき、師と入れ替わりにわたしの主が現れた。周囲を警戒しながら磨き上げられた床を蹴ってやってくるのは、末の王子であるユーファウスさまだ。

「ユーファウスさま」

 臣下としての礼を取るわたしの前で、ユーファウスさまが立ち止まる。そうすると、恐れ多くも全く同じ顔が向き合うことになる。

 走った距離はほんの少しなのに、金髪を揺らし、肩で息をしているユーファウスさま。わたしは眉間に皺を寄せる。

「そう走られてはお身体に障りますよ」

「う、うん、ごめんね」言いながら、ユーファウスさまはわたしの頬を見て眉を下げる。

「怪我をしているね」

「稽古には付き物ですよ」

 ユーファウスさまは昔からお身体が弱い。そこでわたしが必要とされた。男女の性差があるにも関わらず、わたしはユーファウスさまとそっくりの顔をしている(これについては、わたしがむくつけき男顔というのではなく、むしろユーファウスさまが女性的なお顔をされていると言っておく)。

 かつて農村で畑を耕して暮らしていたわたしは、その一点を見込まれて、ユーファウスさまの影武者として王廟での修練を肩代わりすることになったのだ。それは身体の弱い末の王子を溺愛している王妃さまの意向であった。

 本来なら、王族の方と瓜二つの顔をしているなんて、それだけで不敬とされ処刑されてもおかしくない。そう思えば、活路があっただけわたしは良かったほうだ。

 窮屈だった男装ももう慣れた。農民時代は髪もかつら屋に売れば小遣い稼ぎにはなったから、いつも短髪でいたけれど、今は高貴なユーファウスさまを真似て長く伸ばしている。うっとうしくてたまらないと思ったのも最初だけ。後ろでひとつにまとめてしまえば、思ったより楽だった。

 わたしはユーファウスさまを促し、

「こんな寒いところにいらっしゃっては、お風邪を召されます。お部屋へ」

「待って」

 ユーファウスさまに袖を引かれ、わたしはたたらを踏んだ。

「大事な話があるんだ」

「……大事なお話?」

 ユーファウスさまは静かに頷き、わたしを伴って王廟内の図書室に向かった。

 一時は数名の王子がこの廟で寝起きし、修練の日々を送っていたものだったが、ひとり、またひとりと成人を迎え、領地を与えられるとここを去っていった。今はユーファウスさましか残っていない。王廟内はひどく静かだ。

 図書室に着くと、ユーファウスさまは一冊の本を本棚から抜き出して、椅子に腰掛けた。寒さはこの図書室でも変わらない。石造りの部屋に密閉された濃密な紙の匂いに脳天を刺激されるような心地がする。

「シャーリー。僕はもうすぐ成人する」

 ユーファウスさまが呟いた。

「はい」

「頼みがあるんだ」

「おっしゃってください」

「きみが『ユーファウス』になってほしい」

 ……とっさに言葉が出なかった。

「……はい?」

 首を傾げるわたしを無視して、ユーファウスさまは続ける。

「今、僕に与えられるはずの領地……アガムは兄のフィリップが治めている。ひどい暴政だそうだよ。たとえあのフィリップでも、父の意向に逆らって僕にアガムを明け渡さないということはないだろうけれど、僕はこの身体だ。政務をこなせる身体ではないからと、実際の統治は僕に代わってあいつが行うと言い出すのは想像に難くないよ」

 そうなれば、僕はどこかの塔に幽閉されて療養生活かな。

 ユーファウスさまは力なく笑う。

 第一王子であるフィリップ王子は、こう言っては何だが、お若いころのグリース陛下そっくりのご気性だ。戦好きで戦上手。違うのは、民を民と思わぬ残虐性を有していることと極端な娯楽好きであること。ふたつの特性が合わさればすなわち暴君になるということを、彼はよく体現している。

「悔しいけど、僕がユーファウスである限り、アガムの人々は救われないんだ」

「……だからわたしに、あなたに成り代われと?」

 わたしは頭痛を覚えてこめかみを抑えた。とんでもない話だ。いち農民に、王族になれなどとは。

「冗談をおっしゃらないでください。無理ですよ、そんなの」

「きみは優秀だもの。一番そばで見てきた僕が保証できる。きみならアガムを託せる」

 そ、その言葉は、ずるい。わたしはたじろいだ。熱くなった頬を手のひらで冷ます。

「う……嬉しいです、が! わたしは女です」

「大丈夫、きみならバレないよ」

「…………」

 一瞬にして真顔になったわたしに、あっと声を上げてユーファウスさまが口を手で覆った。こほん、と咳払いして、

「失言だった。きみは演技が上手いから、大丈夫だろうと言いたかったんだ」

 そうでしょうか。胸のあたりを見ていたように思えましたが、そうなのでしょうか。

 わたしは、これはさらしを巻いて平らにしているのだと声を大にして説明して差し上げたかったが、やめた。虚しいことはやらないでおくが吉だ。

「ユーファウスさま。わたしはただの平民です。そんな一生ものの恐ろしい嘘、到底つけませんよ。申し訳ありませんが」

「断らないで、シャーリー」

 言葉を遮られた。ユーファウスさまは必死の形相でわたしの顔を見つめていた。わたしの心臓がぎくりと踊る。

「アガムの人たちは重税と野党に苦しんでいる。フィリップのせいだよ。太陽税なんてもの、他の領地で聞いたことあるかい? 民が太陽の恵みを受けるだけでお金を取るんだよ。日照で洗濯物一枚乾かす、それだけでね。助けたいけど、僕じゃ無理なんだ」

「でも……」

「僕だって、フィリップに何をされるか……」

「…………」

 ユーファウスさまが幽閉される。その未来は、確かにわたしにとっても恐怖だった。

 生まれたときから身体が弱かったユーファウスさまは、いろいろなものを諦めてこられた。その上幽閉だなんて、とても許せることじゃない。

 しかし重い責任がわたしの足を竦ませる。王族に成り代わること自体とんでもない悪事だし、成り代わったところであのフィリップ王子と渡り合い、アガムを守れるものだろうか。あいにくとわたしは野心を持って生まれては来なかった。フィリップ王子にはバイタリティからして負けている。

 いっそユーファウスさまを連れて逃げようか? 彼を救い出すだけなら、まだそっちのほうが望みがある気がしてくるのだから、わたしも相当混乱している。

 でも。

「……お願い。シャーリー」

 ユーファウスさまがわたしの袖を掴んで懸命に繰り返す。ああ、もう。

「……アナベルさまはご存知なんですか?」

 ぱっ、とユーファウスさまのお顔が輝いた。

「うん、お母さまは賛成してくれたよ。きみが成り代わってくれるなら、僕のことはお母さまが助けてくれるって。あとはきみだけ」

 そうだろうと思っていたが、ユーファウスさまを溺愛しているアナベル王妃らしい答えだ。そして、それは同時にフィリップ王子には実の母上さえ逆らえなくなっていることを示している。わたしがここで頷かなければ、ユーファウスさまは確実にフィリップ王子の犠牲になってしまうということだ。

 追い詰められている。

 ここで頷けば、わたしはもうシャーリーではなくなる。

 だけど、頷かなかったら。

 一生後悔することになるだろう。それは、嫌だ。

 わたしは渋い渋い顔で頷いた。

「……分かりました。わたしに出来る限りのことはします」

「シャーリー!」

 ユーファウスさまが満面の笑みを浮かべてわたしの手を取る。

「必ずアガムを救うなんてお約束は出来ませんが」

「それで構わないよ。きみの誠実さを信じてるから。これを」

 ユーファウスさまはわたしに本を手渡し、どこか寂しそうに言った。

「細かいしきたりなどはこれを読めば分かるから。……預言によれば、今年はついに天のきざはしが降りてくる。だからこそ、フィリップの勢いは止まらない。残念だけど」


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