城の新名物誕生 『ファンシーゲート』
医療部はここ連日忙しい。つまりあたしシフォンレイ・クラスグリムも忙しい
魔法部の馬鹿共が別棟で実験という名の大爆発を起こしやがって…別棟自体にはシールドがかけられてて他に影響は出なかったけど、本人たちは重体者まで出す大事故になった
それによって手術スケジュールが大きく変わり、ここ数日手術室にずっと入り浸る生活になっている
「ったく…今日、これで何件目の手術よ」
あたし的には手術数はできれば1日に1件に抑えたいのに、この日はもうすでに4件目の手術を今終えたところだった。普通では疲労が溜まりすぎて手術を出来る集中力を保てないので自分自身に回復魔法をかけやり過ごしている状況に あたしの機嫌も最高潮に悪かった。
医療魔法は少し特殊な部類とされ、医療に魔法を多使用してしまうと人本来の免疫力や治癒力が低下してしまう事や細胞の突然変異を起こす危険があるのでこの国では他人への医療の場合、資格と魔法を使う事に制限がある。
特に今回のような本人達の過失が大きい場合は戒めの意味も込めて、生死に関わる事以外、治療に魔法が使われる事はない
…魔法部ってほんっとに馬鹿ばっかり!!
しかも魔法部に関しては実験という名の大事件を1年に何度も起こす悪部として有名で、そのたびに医療部のベッドは満床になり、難しい手術に医療部の手が大量に割かれ、手術・入院など備品で医療部の予算消費が激しくなる。
しかも魔法部は魔術学校出の貴族坊ちゃん嬢ちゃんが多いので入院中の態度も悪い。
「…ったく、今回は痛み止めの魔法も最低限でいいからねっ!!!」
側を歩く助手のラッシュに噛み付きながら、手術着と帽子を脱ぎ捨てると近くのダストボックスに捨てた。
とにかく今は何も考えないで寝たい。
「あー疲れた。しばらく執務室で仮眠取るから…何かあっても連絡しないで」
「くす…わかりました」
苦笑を浮かべるラッシュと別れて自分の執務室に入ると机などには目もくれず、すぐに簡易ベッドへ一直線に向かってうつ伏せにダイブする。
…やっと寝れる。
すぐに眠りが訪れると思ったらノックも無くバァーン!と執務室の扉が開かれた。
「シー様!失礼します。どうかお力を貸してください!!」
「○△□×~!!!!」
…この国はあたしを殺す気?
地を這うような声を出しながらゆらりと起き上がると扉付近で近衛兵の姿をした者が震えながら立っていた。
「…楽に死ねる方法にしてあげるから」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「シー様」
よく見ると震え上がる近衛兵の横でさっき別れた助手のラッシュが呆れた顔で立っていた。震える近衛兵はラッシュに向かって
「お前が突入しろって言ったんじゃないか!!」
と泣きそうになりながら怒鳴っている。それにラッシュはウンザリした顔で
「この状態のシー様相手に扉の外でノックなんてしてたら明日の昼までずっとノックする事になるけどそれでもいいの?」
「………」
その一言で近衛兵を黙らせた後、ラッシュはこちらを向いて淡々と事情を語り始めたがそれに対するあたしの返事は
「つまり手配書の女が見つかって、その女が城の魔障壁の穴を見つけたから…それを直せと?…んーなぁもんは魔法部の仕事でしょうがぁ!!!!」
「それが先日の大爆発の犠牲者と後処理でまともな魔力の残ってる上級者がいないそうです。国の中枢機関としては馬鹿すぎて終わってますね」
…そうねラッシュ。この国の未来が危機だわ。
呆れて物も言えないあたしとラッシュを見て二つの部署には関係ない近衛兵が「すみません」と小さくなる。
「…はぁ。行くわよラッシュ」
「わかりました」
ハッキリ言って魔法部の失態など放置して公にしたところだけれど、魔障壁の穴は城に居る者すべてに危険が及ぶ事なので渋々フォローしてやる事にした
魔障壁に向かいながら近衛兵にもっと詳しい状況を聞く。
「…それにしても手配書の女が見つかったって言うのも初めて聞いたんだけど、いつ見つかったの?」
「シー様にも連絡したのですが手術中だったので、手配書の女は…それが…自分から乗り込んできたみたいで…」
「はぁ!?」
手配されて3年も見つからなかった人間が今更自分で名乗り出てきたって言うの!?
思わず歩いていた足を止めて近衛兵を凝視してしまう。
「はい。しかも転送魔法で外部から城内に入ったようでして…そこで魔障壁の穴を発見したそうです」
ラッシュも普段顔色を変える事は滅多にないが、今はあたしと同じような顔をしている
「…何なのその規格外の子は」
「さぁ…。詳しい事はまだ皇帝と宰相しか知らないようです」
「ラッシュ、後でシュビのところに行くから」
「わかりました」
やりたい事が出来たなら、その前にさっさと用事を済ませるに限る
「で…魔障壁の穴ってどのくらいの?あんまり小さいと調べんの大変よね?」
城の魔障壁は直径で10kmほどあるのだから、ラッシュの手があるとは言え二人だけではどうしようもない
「いえ…それが、場所はもうわかっていまして…」
「何それどういう事?もう調べたの?」
こんな短時間ですべてを調査できるほどの魔法使いがいるのであればあたしが出る必要ないと思いますけど…
「いえ…手配書の女が通過の際に目印をつけて通りすぎたようで…」
「めじるしぃ!?」
魔障壁に目印!?
そんな物聞いた事も無ければ見た事も無い。
「はい。それが我ら兵士にでもわかるような物でして、見つけた時点から見張りは立てております。ただ穴自体が小さいので何か別の物が通る事は不可能だと思います」
全くもってあたしの理解の範囲を超えていたけど、それと同時に久しぶりにワクワクする感覚があたしの中に芽生えた。
…何だか初めて魔法を覚えた時の感覚に近いわね。
あたしに似たところがあるラッシュも横を見ると目が輝いている
再び歩き出すとすぐ横の近衛兵と同じ格好をした者の集団がいたので、そこが現場だとわかった
「…いいわ。後は現物を見て判断しましょう」
そして現場に着いたあたしとラッシュは目が点になった。
魔障壁に熊が生えている。
ただし熊といってもリアルな熊ではなくぬいぐるみのようなクマ
そのクマが穴を塞ぐ形で「こんにちわ~」と魔障壁から飛び出ているのだ。
「…何てファンシー」
「…シー様」
「あっ…ごめん」
このクマを消さなきゃなんないなんて…逆に作業がやりずらいわっ!!
とりあえずクマに触れてみると思いのほか高性能な魔法に驚いた
「ラッシュ…触ってみなさい」
ラッシュも最初は少し嫌そうにクマに軽く触れると、驚き今度はじっくりクマを調べ始めた。
なんとこのクマ、通行ゲートのようになっていてここを通る時には自分の名前と姿を残さなければ通過出来ない魔法陣が組まれていた。しかもクマの周りの元の魔障壁も強化されていて、ここから穴が拡大する事がないように修正もされていた
そしてそこに唯一残っていたデータが
『あさみず ひより』という名前とあの手配書の女の顔だった
「これ…下手に直すよりよっぽど凄いわよ。可愛いし、このままにしとけばいいわ」
あたしの発言に驚く兵士達だったけど、ラッシュはわかっているのか黙って頷いてる
あたし自身はリュージュが手配書を出した女なんて少しの興味も無かったけど…この魔法を組んだ人間には俄然興味が涌いてきた。
「ラッシュ急いで皇帝のところに行くわよ」
「わかりました」
この後すぐにリュージュの元へ急いだけれど、この時にはすでにひよりはガース国の使者と村に向かった後だったので会えなかった。
ただすぐに戻ってくると聞いて、あたしは彼女に会うのが待ち遠しく楽しみになったのだった