第二章 十三節 焜炉と旅支度
私たちは宿のロビーまで出てきていた。
エルムの男女が見送りに来ている。
「とても楽しませていただきました。ありがとうございました。」
私は頭を下げてお礼を言う。
課長も頭を下げる。
ヨドは相変わらずぶっきらぼうに突っ立っていた。
「よろしければ、またいらしてくださいませ。」
エルムの男女も頭を下げた。
自前では来ることはないだろう。
おそらく宿代が恐ろしいことになる。
「では、行こう。」
課長の一声で宿を出る。
「いってらっしゃいませ。」
後方でエルムの男女が丁寧にお辞儀をしていた。
「で、ヤミマ山のセノってのはどう行けばいいんだ?」
テノジンの街に出た所で課長が言った。
「ここから北の方角に進んでいけば良い。」
ヨドの口調は相変わらず淡々としていた。
「二日ほどかかるって言ってたよね。」
テノジン支部の食堂での会話を思い出して言った。
「そうだな。食料の調達が要る。パンと干し肉を買いに……」
「待って!」
ヨドの言葉を制止した。
もうパンと干し肉はたくさんだ。
「確かに、今後の長旅のためにも栄養バランスは課題だな。」
課長も私と同意見のようだ。
「パンと干し肉で十分だろうに……。」
ヨドは解せないようだ。
「もっと日持ちして美味しいもの、街の市場で探そうよ!」
課長は頷いている。
「わかった。こっちだ。」
ヨドはそう言って歩き出した。
しばらく歩くと、鍋が並んでいる雑貨店に目が留まった。
「ちょっと待って、ここ見たい。」
ヨドと課長は足を止めた。
私は雑貨店に入った。
後から二人もついてくる。
鍋ややかん、フライパンなど調理器具がある。
……ヨドのねぐらに居る時に欲しかったな
ふと、四角い鉄製の箱が気になる。
上部が網で、中に何かを入れられるようになっていて、折り畳み式の足が付いている。
「なにこれ?」
「携帯式の焜炉だよ。」
私のつぶやきに店主が答えた。
……携帯式焜炉!
「こっこれ欲しいっ!」
「良いが、誰が持つんだ?結構重いぞ?」
ヨドに言われて持ってみる。確かに結構重い。
「バコに積めそうだな。」
課長が焜炉を見て言う。
「となると、荷鞍が必要になるわけだが……」
課長が顎に手をやる。
「荷鞍ってありますか?」
課長が店主に聞く。
「ニクラ?なんだそれ?」
店主が不思議そうな顔をした。
課長は私を見て首を振った。
……無理かぁ
私はとぼとぼと店を後にした。
「材料さえあれば、山中なら作れそうだ。」
店から出た課長が言った。
「そうですね……。」
でも、山中はいない。
「とりあえず、食料調達だろ。行くぞ。」
ヨドは歩き出す。
私と課長は後を追う。
しばらく歩くと広場に出た。
露店がそこかしこにあり、買い物客で賑わっている。
果物を売ってる露店に目が留まり、そこに駆け寄った。
瑞々しい果物が美味しそうだ。
二日ほどなら、いけるかも。
青い林檎、青いバナナ、黄色いトマトのような物を指さした。
「これ、三個ずつください。」
「十ディル貰うよ。」
ゴレドンの中年女性にお金を支払う。
革袋に入れる。
次は肉をぶら下げている露店を発見して向かう。
干し肉は嫌だけど、何があるか見る。
干し魚も何種類かある。
小ぶりのものは頭から齧れそうだ。
ハムやソーセージっぽいのもある。
小ぶりの干し魚と、ソーセージを買うことにした。
これも三つずつ。
全部で六ディルだった。
次は野菜の露店。
野菜はそのまま食べられそうなものがわからない。
ヒュマの男性店主に聞いた。
「ガキュとカンパはそのままでも美味しいよ。」
店主は茄子のようなものと胡瓜のようなものを指さしながら言った。
「じゃあ、それ三つずつください。」
「はいよ、六ディルね。」
基本的にどれも一つ一ディルのようだった。
後は炭水化物系が欲しい。
芋のようなもの、南京のようなものはあるが、火が無いと厳しい。
ソーセージも火を通さないといけないことに気づく。
「やっぱり携帯式焜炉欲しい……。」
そう呟いた。
「火が欲しいのか?」
ヨドが聞いてきた。
「そりゃそうだよ。」
「そんなもの、そこらの木の枝燃やせばいい。」
「危ないからダメだよ。」
ヨドはわけがわからないという表情をしていた。
「そうだな。山火事の危険性もあるから俺も賛成はしない。」
課長も私と同意見だった。
ヨドは顎に手を当てて、しばらく何か考えているようだ。
そして私に向き直る。
「仕方ない。焜炉は私が持ってやろう。」
「え?本当!?」
「ああ。どうせコユキには持てないからな。」
私は少し頬っぺたを膨らませた。
でも、持ってくれるならそれはそれで嬉しい。
「ありがと、ヨド。」
芋のようなものを三つ、南京のようなものを一つ、合わせて五ディルで買う。
そして、雑貨屋に戻った。
携帯焜炉と小ぶりのフライパンを持って会計に行くと、店主が対応してくれる。
「お嬢ちゃん、焜炉は買うの初めてかね?」
「はい。そうですけど。」
「赤の魔法石も無いと使えないよ。」
「魔法石?」
私がそう言うと、店主は棚にある鉄箱を一つ取る。
「ああ、これだ。」
店主が箱を開けると赤い光沢を放つ石が入っていた。
「これを焜炉の中に入れて、魔力を送り込んでやればいい。」
「わかりました。」
「じゃあ、フライパンが十ディル、焜炉が六十ディル、赤の魔法石百ディルで、百七十ディルになるよ。」
……百七十ディル!?
自分の財布代わりの袋の中を見る。
所持金は三百五十ディルと四テルだった。
……半分飛んでいくのかぁ
「まあ、旅をするのに必要になるのならば三人で折半するのはどうだ?」
私の顔を見て、課長が提案してくる。
ヨドも私の顔を見て言う。
「コユキの旨い飯が食えるのならば、私もやぶさかではない。」
焜炉を買えることになって私は嬉しくなった。
「まいどあり。これだけ買ってくれるのだったら、これも付けてやる。」
店主はそう言って杓子と何か袋を置いた。
「袋はなんですか?」
「塩だ。」
「ありがとうございます!」
私は笑顔でみんなにお礼を言い、それを買うことにした。




