第二章 二節 決意の時
「課長!本当に課長ですよね?」
私は天岳課長の元に駆け寄った。
天岳課長はふっと安堵したように表情を緩めた。
「ああ、間違いなく天岳翔本人だ。」
……本当に天岳課長だ!
……良かった。
感動のあまり思わずすり寄ろうとする。
「ば、ばか、ちょっと落ち着け。」
天岳課長の大きな手のひらが私の顔に当たり、そのまま押し止められてしまった。
私は気を取り直して一歩下がった。
「藤野、まさかこんな所で会うとはな。」
落ち着いた声で課長が言う。
「それは私のセリフです!気が付いたらこの世界に居て、元の世界の人にはもう誰にも会えないと思っていたんですから。」
少し興奮気味に課長に訴えた。
「それは私も同じだよ。いったいどうしてこんな事になってしまったのか。」
寂しそうな目で私に向かって言う。
「課長、それにしてもなんで弓を持っているんですか?それに、あんな簡単にモンスターを倒せるんですか?」
私のボルテージは下がらない。
「実は趣味でアーチェリーをやっていてね。」
課長は苦笑した。
「まさかここで役に立つとは思わなかったが。」
……え?課長って凄い
「お陰で助かりました。」
尊敬の眼差しで課長を見た。
そんなことより、聞きたい事はいっぱいある。
「課長はなんでここに?」
「独りでどうしたもんかと悩んでいたんだが、もしかしたら元の世界の人がどこかに居ないかと考えて、旅を始めたんだ。」
課長も私と同じだったんだ。
「そしてたまたまここに立ち寄ったらモンスターの襲撃を受けてて、門番に助けを求められたから、手伝っていたんだ。」
「二人して話し込んでいる所悪いんだが、コユキ、こちらはどなたさんだ?」
ヨドが割って入ってきた。
「ヨド、えっとこの人はうちの会社の課長なんだよ。」
「カイシャ?カチョー?なんだそれ?」
ヨドの顔に「?」が浮かんでいるようだった。
私は説明に困ってしまった。
「彼女は私と同じ組織に属していましてね、藤野は私の直属の部下なんです。」
課長がさらっと助け舟を出してくれた。
「そ、そうなんだよ。だから私ここで課長にあってびっくりしちゃって。」
ヨドは納得したようだ。
「そうか、初めましてカチョー。私はヨドと言う。コユキが丸腰で居たところを私が保護して、今は一緒に生活をしている。」
「そうだったのか。」
課長は少し驚いたような顔をした。
「ヨドさん、その節は藤野が世話になった。ありがとうございます。」
課長が深々とお辞儀をする。
「どうりで弓連合で見たことのない顔だったんだ。俺タマキ。よろしく、カチョー。」
タマキが手を振って挨拶をする。
「天岳です。よろしくお願いします。」
課長は軽く頭を下げた。
「アマオカ?カチョー?カチョーの方が呼びやすいからそっちで呼ぶことにする。」
タマキは調子良さそうに言った。
「どちらでも結構ですよ。」
課長がにっこりとそう言った。
なんだか和やかな空気が流れている。
「課長、他のメンバーって見ました?」
「いや、見てない。だけど私はここに居る可能性は高いと思っている。」
課長は一瞬視線を落とした。
「職場で雷がなって暗闇に放り出されたあの時、居たのは藤野と私だけじゃないはずだ。」
……そういや平田さん、私の足にしがみついてたはず
「つまりあんたも神現しって事か。」
ヨドが突然驚いたように言う。
「神現しとはなんです?」
課長が首を傾げる。
「あー、えっとですね。」
私は課長に向き直った。
「この世界では、別の世界から来た人のことを神現しって呼ぶんですよ。」
「なるほど。」
「それで、大魔王を倒した時に神隠しが起きて、その代わりに神現しが現れるって言い伝えがあるらしいんです。」
「そういうことか。」
課長は納得したようだ。
「ってことはあちこちに神現しが居るって事か。なんか面白そうだな~。」
タマキは楽しそうに言った。
課長はタマキを一瞬見た後に続けた。
「私はこっちで気づいた時、ベッコーと呼ばれる町の近くの森の中に居たんだ。」
「ベッコー。結構遠いじゃないか。その割にはなんかここに到着するのは速くないか?」
ヨドが反応する。
「森の中で仲良くなった奴が居ましてね。そいつに乗って来たんですよ。」
課長はにんまりと笑った。
「バコ、おいで。」
ドカッ、ドカッと足音が聞こえた。
そこに現れたのは羽根が生えたカバだった。
『トビヒッポ!』
ヨドとタマキが驚く。
私も当然驚いた。
開いた口が塞がらない。
「怪我をしてる所を助けたら懐かれちゃいましてね。」
「いや、あんたトビヒッポ乗れるのかい?」
珍しくヨドがかなり驚いてる。
……トビヒッポ
……私のベルト、トビヒッポの皮だ
「馬に乗る要領で走ってくれるので助かりますよ。少しくらいなら飛んでくれますしね。」
……課長、馬にも乗れたんだ
「課長、その子の餌代とか大変じゃないですか?」
「そこらの草を食べてくれるので、餌代にも困らない。それに可愛いでしょ?」
課長はバコの肩を撫でながら言う。
バコは嬉しそうに目を細めた。
……なんか普通に懐いてる。
思わず撫でようと手を出してみた。
バコは優しそうな目をしている。
撫でてみた。
ベルトと同じ感触がするけど暖かい。
……なんか、ごめんなさい
「少し脱線しましたが……」
コホンと咳払いする課長。
「ここで藤野に会えて本当に良かった。少し安心したよ。」
「私もめちゃくちゃ安心しました!一時はどうなるかと……」
少し涙目になってしまう。
「藤野はヨドさんが保護してくれてて助かったが、他の皆も独りで孤独になっているかもしれない。私は旅を続け他のメンバーを探しに行くが。藤野はどうする?」
課長からの突然の選択に私は戸惑った。
他の皆の事も心配だけど、ヨドとも一緒に居たい。
でもヨドにはヨドの生活がある。
街道組合の仕事もある。
この町を離れることなんてできないだろう。
そんな私をヨドが見つめている。
この世界に迷い込んだ時から守ってくれた。
孤独を救ってくれた。
いつも私を守ってくれた。
……
「私は……」
答えに詰まる。
でも――
……ここで決めなきゃ!
「私は……課長と行きます!」
言葉にした瞬間。
何か大事なものを自分で手放してしまった気がした。
胸がチリチリと痛んだ。
……もう、こんな風に一緒に居られなくなるんだ。
ヨドの顔を見る。
いつもの顔をしていた。
ふいに涙が溢れてしまう。
「ヨドっ……私っ……私っ!」
ヨドに駆け寄り胸に飛び込む。
「コユキ、なんで泣くんだ?」
ヨドの声が優しい。
それが余計に胸が苦しくなる。
「だって……」
言葉が続かない。
「だって……」
息が詰まりそうになる。
「ヨドと離れたくないっ!」
声を振り絞って言った。
ヨドの手が私の頭を優しく撫でる。
「離れるわけじゃないだろ?」
ヨドの声が心に響く。
「うん……うん……だけどっ!」
「私も一緒に行くつもりだ。」
……は?
「……え?」
頭が真っ白になった。
その場に沈黙が流れた。
やがてヨドが口を開いた。
「ノジ山を下りる時から何か異変を感じていた。それがすごく気になっていてな。今何が起きているかを私も見て回りたい。それに……」
ヨドはそれ以上言わなかった。
頭が真っ白になっている状態から、我に返った。
「ヨ……」
ヨドが首を傾げる。
「ヨドのばかぁ!それなら先に言ってよおぉぉぉ!涙かえせええぇぇ!」
ヨドの胸をポカポカ殴る。
「良かったねぇ。コユキちゃん。」
タマキがニマニマ笑っている。
「からかわないでっ!」
顔が赤くなる。
「うぉー!コユキちゃん怖いから僕は離れるよ。じゃぁ、ヨド、コユキちゃんまったね~!」
「藤野。」
課長が突然呼ぶ。
「はい?」
「涙は返ってこないと思うぞ。」
さらに顔が真っ赤になってしまった。
「課長までーーーーーーーー!」
こうして。
私たちは一緒に旅をすることになった。




