第一章 十二節 最初の構え
昨日の騒動が嘘みたいな朝。
ヨドと私は街道組合に来ていた。
どうやら、昨日の荷物が今日もまだ届いていないらしい。
ヨドが腕を組んで指で顎を支える。
そして私の目を見る。
「コユキ、今日こそ訓練をするぞ。」
……うーん
……やっぱり要るよね。
「わかったよ。やるよ。」
ヨドとマヤトが頷いている。
「マヤト、訓練場借りて良いか?」
「おう、もちろんだとも。コユキ、しっかり身に付けるんだぞ。」
「支部長、ちゃんと使用料頂くんですよね?」
中に居る眼鏡をかけたニャルメルがそう言ってマヤトを睨む。
「カソミツ、そう言うなって。せっかくコユキが頑張ろうって言うんだぜ。」
「私も神現しの使者がきちんと力を付けていただくのは賛成です。しかし、それはそれ、これはこれです。」
「かってえなぁ……」
マヤトが苦笑する。
「いや、使わせていただくのはこちらの都合だ。使用料は払う。」
改めた表情のヨドがそう返した。
……使用料要るんだ。
……なんか申し訳ないな……そうだ!
「あ、それ私が払うよ!」
『む!』
ヨドとマヤトが同時に言う。
「ではコユキさん、五十ディル頂きます。」
カソミツが淡々と会計処理を始めようとする。
「まて!それは私が払……」
ヨドが言い終わる前にカソミツに五十ディルを渡した。
……結構痛いなぁ。
「確かに頂きました。コユキさん、修練頑張ってください。」
そういうカソミツに私は真剣な顔で頷いた。
カソミツは微笑を浮かべた。
「ではこちらへどうぞ。」
「俺の出番ないなぁ。」
マヤトが苦笑して頭を掻いた。
カソミツに案内されて着いていく。
街道組合の裏から集落の別の出口があった。
そこから鉄の扉を開けて集落の外へ出ていく。
空が見えていて、晴れている。
風が気持ち良い。
集落の外ではあるが、周りは高い石の壁になっていた。
ここからでは他の場所には出ていく事が出来ないらしい。
かなり広い敷地だ。
奥の壁際には様々な大きさの石人形がたくさん置かれている。
小屋も数軒立っている。
中には煙突から煙が出ている小屋もある。
いくつかの区画があり、鉄の柵で囲まれていた。
中には既に使われている区画もあり、他の人たちが訓練している。
その中の一つの区画に案内された。
……1区画テニスコートくらいか。
「では、ごゆっくり訓練なさってください。ご期待しております。」
そういってカソミツは去っていった。
入口の横に棚がある。
棚を見渡すと、木で出来た様々な種類の武器が置かれている。
……木製とはいえ、当たったら痛いよね。
「さて、さっそく始めるか。」
ヨドへの返答の代わりにつばを飲み込みながら頷く。
「まずは持ち方からだな。ここにある短剣を使え。」
そう言ってヨドが木製の短剣を手渡してくれた。
私は包丁を持つかのように短剣を手にした。
「短剣はそう持つんじゃない、それでは可動範囲が狭くなる。まず持つ向きが逆だ。そして後ろ手に持つんだ。」
「え?えっと、こう?」
言われるがままに短剣を持ち直してみた。
「その姿勢では勢いが出ず威力が出せない。もっと後ろだ。それと足を肩幅ほど開いて、腰を落とす。」
「わ、わかった。こう?」
「ん-、まぁ最初はそんなもんか。」
ヨドの眉が少し下がった。
「それで、顔から少し左上まで振りぬくんだ。」
言われたままやってみる。
右下から左上目掛けて腕を振る。
(フィ~ッ!)
ヨドの眉がさらに下がった。
「どうやってツメイナバを倒したんだ……」
「あの時は無我夢中だったから……」
一瞬の沈黙。
「私が手本を見せてやる。よく見てろよ。」
ヨドが棚から別の木剣を手に取る。
そして私に向かって構える。
真剣な目をして私を見つめている。
……ヨド、かっこいい!
なんて、暢気な感想を抱いたのは一瞬だった。
次の瞬間、ヨドの身体が一気に踏み込んだ。
……え?
視界からヨドの姿が消える。
空気が裂けるような音が耳元で鳴る。
……速いっ!!
脳が状況を理解するより早く、私の生存本能が全力で警報を鳴らす。
目の前に、信じられない速度で迫る木製の切っ先。
……あ、死ぬ。
逃げるとか、避けるとか、そんな選択肢は頭のどこにも浮かばない。
ただただ、圧倒的な暴力の気配を前にして、私の身体は指一本動かせないほど完全に恐怖で凍りついた。
……これ、避けられない!
……怖いっ!!
ぎゅっと目を閉じ、衝撃に備えて歯を食いしばる。
来る。切り裂かれる……!
(バインッ)
……痛……あれ?ほとんど痛くない?
当たった感触はゴムみたいだった。
恐る恐る目を開けてみる。
ヨドは木剣を完全に振りぬいていた 。
「何を大げさに怖がってるんだ?バイン材だから当たっても大したこと無いはずだ。」
……バイン材?
「バイン材って何?」
呆然とした顔で訊く。
すると、珍しくヨドがキョトンとした顔をした。
「あー、コユキ、バイン材知らなかったか。すまんすまん、普通に痛いと思ったんだな。」
ヨドが剣を振って見せる。
木剣はビヨンビヨンとしなり、まるでゴムのおもちゃみたいだった。
「こ……」
「え?」
「怖かったよおぉ!!!ヨドのバカぁ!ちゃんと説明してよおぉぉ!!」
私はその場にガタガタと崩れ落ち、頭を抱えて泣き叫んでしまった。
「コユキ、ごめん!本当にすまなかった!」
本気で殺されると思った。
現代社会で生きてきた私にとって、あの風切り音は凶器以外の何物でもなかった。
私がひとしきり泣き止むまで、ヨドは完全にオロオロしながら、私の肩を優しくさすって「ごめん」を繰り返してた。
「何やってんだ、あいつ。」
その様子を街道組合の二階からマヤトが眺めていた。
深呼吸する。
一回。
もう一回。
胸の奥のざわざわが、少しだけ落ち着いていく。
「説明もせず悪かったけど、雰囲気はわかっただろう?」
「うん、身の毛がよだつほどわかった。」
ヨドはバツが悪そうな顔をしている。
「これはバインの木の木材で、当たっても痛くないから訓練に使われている。」
「説明今なんだね。」
「コユキ、勘弁してくれ。」
「ごめん、少し意地悪した。」
「次からは、コユキが知らなさそうなものは先に説明する。」
「うん……」
一旦、気を取り直す。
「本題に戻ろう。振り抜き方は伝わったはずだ。一度コユキやってみろ。」
「うん、やってみる。こうだったよね。」
今度はシャッと空気音が鳴りそうな仕草で振り切る事が出来た。
「おー、コユキいい感じだぞ。」
ヨドにそう言われて少し嬉しくなった。
「じゃ、その素振りを百回やってみよう。」
……は!?百回!?
「私も一緒にやるから、ほらやるぞ!」
……
「九十八回」
……はぁ……はぁ
「九十九回」
……ぜぇ……ぜぇ
「百回」
「あぁ……はぁ……もう……無理……」
……バタッ
私はそのまま仰向けに倒れこんだ。
「まだ素振りしかしてないぞ。本当に体力が無いな。」
「そんなこと……はぁ……言われても……ぜぇ」
ヨドは上から私を見下ろしている。
「私はまだ全然身体動かし足らないんだが、無理そうだな……」
「無理……本当に無理」
声を振り絞って言った。
ヨドはしばらく腕を組んで、指で顎を支えていた。
私はその間に疲れがなんとか取れた。
「明日から朝メシ食ったら走るぞ。」
……ええええぇぇぇぇ!!!
……確かにやるって言ったの私だけど
……でも、確かに体力無いから仕方ないか……
「わかった、やるよ。」
……ちゃんと強くなりたいし。
訓練所を出て、街道組合に戻る。
「お早いお帰りで。」
淡々とカソミツが私を見て言う。
口元は微笑んでいる。
でも目だけは全く笑っていない。
そして、街道組合を後にした。
ヨドは惜しそうな顔をしていた。




