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第一章 十節 洞窟の机

 お腹が満足になった午後、ヨドのねぐらで椅子に座りながらボーっとしていた。

 ヨドは何か用事があるとかで出て行った。

 ……職場の皆あのあとどうなったんだろう。

 ……私だけこんな状況なのかなぁ。

 今更ながらに考えている。

 ……そういえば、ここに最初に居た場所に机あったなぁ。

 ……気になる。

 ……ちょっと見にいってみたいな。

 思い立って、確認しに行くことにした。

 短剣は忘れず装備してねぐらを出ていく。

 ……そういえば、こっち来てから一人で出歩くの初めてだ

 どこからかカーン、カーンという音。

 ゴオオン、ゴオオンという唸り声のように響く音。

 歩いていると、道の端で井戸端会議をしている女性たち。

 色んな音が聞こえる。

 辺りを見渡しながら歩いて、集落の入口に辿り着く。

 そこには門番が二人立っている。

 私は門番にペコリと会釈をして出ていこうとする。

「ちょっと待ちなさい。そんな軽装で出ていくつもりなのか?」

 物腰が柔らかそうなヒュマの男性に呼び止められた。

「あ、ちょっとだけ確認したいことがあって、すぐ戻るので大丈夫です。」

 私はそれだけ言って駆け出して行った。

 あんぐりとした顔でそれを見送ってしまうヒュマの門番だった。

「あの娘、確か神現しの嬢ちゃんじゃないか?」

 もう一人のエルムの男性が言った。

「ああ、確かヨドが保護しているコユキだったか。一人で大丈夫なのか?」

「わからん、俺は街道組合に報告に言っておく。その間の見張り頼んだぞ。」

 見張りがそう対応しているとも知らずに、ロクアシドラに襲われた洞窟に走っていく。

 太陽の光があるので草原では辺りが良く見えていた。

 でも森の中に入ると木々に覆われていて見通しが悪くなってくる。

「ん-、確かこの辺りだったと思うんだけど。」

 視界が悪いせいではっきり周囲が見えない。

 不自然に草に覆われた丘の下に暗い空間が見えた気がする。

 私はそこに近づく。

 異様な湿気を感じる。

 洞窟があった。

 中に入ってみたけど、暗くて良く見えない。

 ……そうだ、スマホ!

 ポケットからスマホを取り出し電源を入れる。

 しばらく待つ。

 起動が終わってライトで奥を照らす。

 少し奥に入る。

 現代風の四角い物が映る。

「あった!職場の机だ!」

 近づいて良く見る。

 世界的に有名なネズミのキャラのステッカーが貼ってある。

 ……私の机だ。

 卓上に置いていたマグカップやPCのモニターなどは無かった。

 周りをよく見渡してみる。

 職場にあった他の物は見つからない。

 中央の引き出しを引いてみる。

 買い置きのチョコレートが入ったままだ。

 少し「ラッキー」と思いながらそれをポケットに入れておく。

 右の引き出しも開く。

 メモ帳と筆記用具が入ってる。

「これも持っていこう。」

 他の引き出しも開けて見てみる。

 特に持って行って役立ちそうな他の物はなかった。

 ……ていうか、私の机だけしかないのか……

 もう一度、周りを見る。

 何もない。

 誰の机もない。

 誰の声もない。

 昨日まであったはずの場所の“続き”が、そこだけ切り取られたみたいに、ぽっかりと抜け落ちている。

 ……多分、ここに居るのは私だけだ。

 そう思った瞬間――

 急に、音がなくなった気がした。

 さっきまで聞こえていた木の揺れる音も、虫の鳴く声も、全部遠くに行ってしまったみたいに感じる。

 耳の奥で、シン……とした音だけが残る。

 私の机に手を置く。

 冷たい。

 あの職場で触っていた感触と、同じなのに……

 そこに繋がっているはずの“向こう側”が、もうどこにも無い。

 ……誰もいない。

 本当に、誰も。

 ここにいるのは……

 私だけだ。

 急に孤独感が増してくる。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 息がうまく吸えない。

 ……あれ?

 喉の奥が熱い。

 ぽたり、と机に何かが落ちた。

 ……涙だ。

 気づいた瞬間、止まらなくなった。

 肩が震えて、声が勝手に漏れる。

 ……なんで。

 ……なんで、私だけ。

 暗闇に落ちていくような感覚にも襲われる。

 そのまま机に突っ伏してしまった。

 しばらくそのまま動けなかった。

 ひとしきり泣いた後、顔を上げて目を腕で拭った。

 私は立ち上がって机に今一度目をやる。

 洞窟の外で草木が風に煽られるような音が聞こえる。

 気持ちを引きずるように洞窟の外に出た。

 ……戻らなきゃ。

 集落の方にゆっくりと足を進める。

 鬱蒼とした樹木が少しずつ晴れていく。

 ……シャッ!

 その時、視界を何かが横切った。

 身体がビクッと反応する。

 ……何か居る。

 ……自分で対処しなきゃ

 ベルトの短剣に手をかける。

 腕がブルブル震える。

 ……シャッ!

 ……また聞こえた。

 震える両手で短剣を持つ。

 左手に二つの光る何かが見えた。

 ……シャッ!

 ……あっ!

 頬に熱い痛みを感じる。

 ……やられた!

 ……でも深い傷じゃない。

 目を凝らして辺りを伺う。

 ……何か来そう

 ……シャッ!

 その音に合わせ力を込めて両手を振るう。

「やーーーっ!」

 ……ミャゥッ!

 ……当たった!

 何かが落ちていく。

 落ちた何かを見ると、足の先に鋭い爪が付いたウサギだった。

 まだピクピクしているけど、もう動こうとしない。

 ……私……斬ったんだ。

 呆然として膝をついてしまう。

 そのまま暫く動けなかった。

 再びしばしの静寂。

 その静寂を打ち破るかのように何かが急速に近づいてくる音がする。

「コユキーーーっ!」

 ……ヨドだ!

 膝をついている私にヨドが駆け寄ってくる。

「コユキ、大丈夫か!」

 ヨドが私の肩を優しく掴む。

「な……なんとか大丈夫。」

 なんとか声を出す。

「頬が切れているじゃないか!」

 ヨドが私の顔を心配そうに見つめてくる。

「う……うん。」

 ふと、ヨドが倒れているウサギを睨む。

「ツメイナバ……。もしかして、コユキ?」

 不意に涙が溢れ出す。

 ……う

「コユキ……?」

「うわあああぁぁぁぁん!」

 大きな声が出てしまった。

 そのままヨドにしがみ付いてしまう。

「うわあああぁぁぁぁん!うわあああぁぁぁぁん!」

 大粒の涙がいっぱい出る。

 ヨドが私の背中に手を回す。

「頑張ったな。」

 ヨドが私の背中をさすってくれる。

「うわあああぁぁぁぁん!うわあああぁぁぁぁん!」

 ……止まらない

「大丈夫だ。もう大丈夫。コユキ。」

 ヨドがギュッと私を抱きしめてくれる。

 そのまましばらく、ヨドは私が泣き止むまでずっとそうしてくれていた。


 ようやく落ち着いた。

 ヨドがそっと腕を離した。

「しかしコユキ、一人で集落を出るのはまだ無茶だぞ。」

「ごめん……」

 シュンとなって謝る。

「しかし、まさかコユキがツメイナバを倒すとはな。感心したぞ。」

「必死だった……」

 ヨドが少し微笑みながら私の頭を撫でる。

「こどもじゃないから……撫でないで。」

 照れながら言った。

「ああ、すまん。いや、しかしこいつ旨いんだ。」

 ……は!?

 ヨドは少し嬉しそうに、持っていた縄をツメイナバの足に括り付け、そのまま吊るす。

「よし、帰るぞ。」

 ヨドのその様子を見て、唖然としてしまう。

「しかし、次から外出るときは私を呼ぶんだぞ。」

「わかった……」

 ヨドと一緒に歩く帰り道は少し足が軽くなっていた。

 集落についてから、門番にめちゃくちゃ叱られた。


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