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蒼月のレゾナンス ~最弱の調律士は運命を選び直す~  作者: なるかめ
第3章 運命に抗う者

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第20話 完成された兵士

強さは、分かりやすい。


早く、正確で、結果を出す。

それだけで、人は安心する。

迷いがないほど、信頼される。

感情がないほど、安定して見える。


第20話で描くのは、

その“完成された強さ”です。


同意はいらない。

躊躇もいらない。

ただ結果だけを出し続ける存在。


それは理想に見えるかもしれません。


けれど――

その強さは、本当に人間の形をしているのか。


何かを失うことでしか得られない安定は、

本当に「正しい」と言えるのか。


ジークは強い。

誰よりも効率的で、誰よりも確実に救う。


だからこそ、見えてしまうものがあります。


これは、勝利を獲得することを目的とした物語ではありません。

常勝の裏にある代償の物語です。

 夜明け前、都市外縁・廃棄区画。


 風が冷たい。


 鉄骨がむき出しの建物群の中で、共鳴暴走が発生していた。


 低く、重い振動。

 地面が波打つようにうねる。



 「対象、第三段階へ移行」


 綾城エリシアが端末を見ながら言った。


 その隣に立っているのは、鷹宮ジークだった。


 強制共鳴部隊の中核を担う男。

 無言。無表情。

 感情の起伏が、ほとんど見えない。



「……いける?」とエリシアが問う。


 確認というより、習慣だった。


「可能」とジークは言った。


 それだけで十分だった。



 ジークが一歩、暴走の中心へ踏み込む。


 空気が変わる。


 歪みが、彼に向かって流れ込む。


 引き寄せるのではない。


 引きずり込む。



 同意はない。


 拒否も、許されない。


 ただ――成立する。


 強制共鳴。



 波が一瞬で束ねられる。


 暴走が、抵抗する間もなく押さえ込まれる。


 骨が軋むような音。


 建物の歪みが止まる。



 静寂。


 時間は、十一秒。



「……収束確認」とエリシアが小さく呟いた。


 被害、最小。

 負傷者、なし。


 理想的な結果だった。



 ジークは何も言わない。


 ただ、そこに立っている。



「すごい……」と市民の一人が呟いた。

「一瞬で……」

「助かった……」



 声が重なる。


 感謝。安堵。救われた顔。



 ジークの視線が、その方向へ向く。


 だが・・・


 何も返さない。


 何も動かない。



 エリシアが代わりに頷いた。


「もう大丈夫です」とエリシアは言った。


 その言葉で、ようやく人々は安心する。


 ジークではなく。


 エリシアの言葉で。



 


 帰路、輸送車両の中。


 車体の揺れの中で、エリシアが口を開く。


「ねえ、ジーク」とエリシアは言った。


 返事はない。


「さっきの人たち、見た?」



 数秒の沈黙。



「視認」とジークは言った。



「どう思った?」とエリシアが続ける。



 さらに沈黙。


 ジークは考えているわけではない。


 そもそも ・・・持っていない。



「任務達成」とジークは言った。



 それが答えだった。



 エリシアは目を閉じる。


 分かっていた。


 分かっていたけれど・・・


 胸の奥が、わずかに痛む。




 統律院・作戦管制室。


 天城レオニスがモニターを見ている。


 その隣に、綾城セレスが立っていた。


「安定稼働」とセレスは言った。

「強制共鳴部隊、期待通りの成果です」


 天城は頷いた。


「そうだな」と天城は言った。

 だがその目は、わずかに曇っている。


「感情反応、依然として希薄」とセレスは続ける。

「問題はありません。むしろ理想的です」


「理想、か」と天城は呟いた。


 短い沈黙。


「人間としてはな」と天城は言った。


 セレスは首を傾げる。

「必要なのは結果です」とセレスは言った。


「そうだ」と天城は認める。

「だが、彼は“完成しすぎている”」




 再び現場。

 次の任務。

 連続対応。


 ジークは迷わない。

 躊躇もない。

 共鳴を強制し、止める。


 止める。

 止める。


 すべて正確。

 すべて迅速。

 すべて成功。


 完璧な兵士。



 三件目の任務後。

 ジークの足が、わずかに揺れた。

 誰も気づかない。



 四件目。

 呼吸が浅くなる。

 エリシアだけが気づく。


「ジーク?」とエリシアは呼ぶ。


 返事はない。




 五件目。

 任務は成功する。


 だが・・・

 ジークが、その場で崩れ落ちた。

 音もなく。

 糸が切れたように。


「ジーク!」とエリシアが叫ぶ。


 エリシアが駆け寄る。


 反応はある。

 意識もある。


 だが・・・

 目が虚ろだ。


 焦点が合っていない。


「……大丈夫」とジークは言った。

 声は平坦だった。


 だが・・・

 その奥が、空っぽだった。


 エリシアの手が、ジークの肩に触れる。


 温かい。

 生きている。


 それなのに・・・ 何かがいない。


「……ねえ」とエリシアは小さく言った。

「何も感じないの?」


 ジークは、わずかに間を置いた。


 そして答える。

「異常なし」


 その言葉が、すべてだった。




 医療室。


 簡易診断。

 異常なし。

 能力負荷、正常範囲。


 すべて問題なし。


 だがエリシアは納得しない。


「……これが正常?」とエリシアは言った。


「機能しています」とセレスは答えた。


「機能してれば、それでいいの?」


「はい」とセレスは即答した。


 一切の迷いなく。


「彼は兵士です」とセレスは言った。


 その言葉が、空気を冷やす。



 エリシアは言葉を失う。


 ジークはベッドに座っている。


 静かに。


 何も言わず。


 ただ、そこにいる。



 

 夜。


 天城が一人で資料を見ている。


 ジークの記録。


 完璧な数値。

 完璧な成果。


 だが・・・

 天城は小さく呟いた


「……代償、か」


 彼は知っている。


 これは完成ではない。


 削り取られた結果だと。


 


 辺境区。


 水月蒼真は、同じニュースを見ていた。


 強制共鳴部隊。

 被害ゼロ。

 完璧な対応。


「……すごいな」と蒼真は呟いた。


 迷わない力。

 結果を出す力。


 それは、魅力的だった。


 だが・・・

 映像の最後。


 担架ではなく、自力で歩くジーク。

 その顔。

 何もない。


 蒼真は、ゆっくりと目を逸らした。


(あれでいいのか)


 救える。

 守れる。


 だが――あの目で。


 その問いが、胸に残る。


 完成された兵士。

 それは理想の形に見える。


 だが同時に・・・

 何かを失った形でもある。


 心を失っても、平和ならそれでいいのか。


 答えは、まだ出ない。


 だが・・・

 ジークの空虚な瞳が、その問いを突きつけていた。

ジークは、最も“正しく機能している”存在です。


迷わない。

止めるべきものを止める。

結果を出す。


それだけを見れば、理想的な兵士です。


実際、多くの命が救われています。

被害は最小限に抑えられ、任務は完璧に遂行される。


だからこそ――

この回では、あえて「成果」をしっかり描きました。

そのうえで見えてくるものがあります。


何も感じていない。

ジークは壊れているわけではありません。

機能しています。

むしろ、誰よりも安定している。


けれど同時に、

「選ぶ」という部分が、ほとんど残っていない。

それが、この回の本質です。


エリシアは、それに気づいています。

彼女はジークを“兵器”ではなく“人間”として見ようとしています。


だからこそ、届かない。

ここで重要なのは、ジークが敵ではないという点です。

彼は誰かを傷つけるために存在しているわけではありません。

むしろ、多くの人を救っている。


それでも――

その在り方に、どこか痛みがある。


天城もまた、それを理解しています。

必要だと分かっていながら、

それが完全な答えではないことも知っている。


そして蒼真。

彼はまだ遠くにいます。

けれど、確実にこの問題の中心に引き寄せられていきます。


ジークは「完成形」の一つです。

だからこそ、問いになります。

心を失っても平和なら、それでいいのか。


この問いは、まだ終わりません。

むしろここから、蒼真は選択の難しさに正面からぶつかっていくのです。

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