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第30話 牢破り 其の一

「殿下、宰相の使者は、二日後クラッチ離宮でグラディア魔王国と会談する模様です」

「クラッチか。あそこに入られては面倒だ」


———フリージア王国第二王子エリオット・フォン・フリージアは、部下の報告を聞き、少し苛立った———


 クラッチ離宮。 王家の避暑地の一つである古城だ。 裏は断崖絶壁の上、幾重にも防護結界が張られ、表は隘路で一本道。 守りに易く攻めるのに難い不落の城である。 この州都が、王城だったころ、王家の最後の砦として建てられた場所だった。 謀反への対処を考えて転送陣が敷かれておらず、入城するには馬や徒しかない。


「州都とクラッチ、馬で約一時間、そこで止めなければこの国は魔族に支配される」

「魔族の使者の方を止めることはできないでしょうか」


 騎士団長のマーカスが、言葉を発した。 エリオットは、自分の部下には、いつでも直言することを許している。


「無理だな。 こちらに魔法使いが少ない。 それに魔族そのものへ危害を加えると、それこそ侵略の口実を与えかねん。 戦力が足りないことに変わりはない」


 宰相の使者を止めるか、魔族の使者を止めるか、そのどちらを実行しようにも、圧倒的に戦力が足りないのである。


「やはり、ライガル侯爵を助け出すのが一番だろう」


 州都を任されている、ライガル・ミリアーゼ侯爵。 父の腹心として、ここの州都を任されている郡長だ。 武勇に優れた傑出した人物である。


 宰相の使者を襲ったのは、自分だが、その使者はそれを口実に言葉巧みに侯爵に疑いをかけて投獄した。 もっとも、これによって侯爵が宰相派ではない事が分かった。 しかしこの宰相派が厄介だ。 ギルドに頼めないのも、これが理由だった。 誰が宰相派か分からないのである。 たとえ相手が父の腹心であってもだ。


「狼殿に頼んでみるか」


 ちょっと風変わりな異国人。 しかし、その流れるような剣捌きは、驚くばかりだった。 魔法無しに、20人の宰相派騎士をあっという間に切り伏せた。 単身で乗り込んでくる豪胆さ、戦場を精緻に分析する冷静さ、そして、自分を狼と呼べというユーモア。 初対面なのに何故か信頼できる感じがする。 宰相派ではないことは確かだと感じていた。


「カザハ、狼の所在は分かるか」


 どこからとも無く、猫族の女が現れる。 完全な音消しの術で全く足音がしなかった。


「ギルドにいるにゃ」

「牢破りを手伝ってくれないか、聞いてみてくれないか。 無理強いはしなくて良い」

「御意にゃ」


 カザハは姿くらましの術で、音もなく消えていった。


◇ ◇ ◇


「んー、ベル、おかしく無いか」


 小次郎は、こちらの世界の服を着てベルグランに感想を尋ねた。


「全然、おかしくねぇだ」


 パスコが、迷惑かけた詫びだと言いながら、仕立て屋を呼んだ。 しかし、やはり日本の物は作り方が違うと言う事で、一晩貸す事になり、今はシャツとズボンを履いている。


「この、座ったときが駄目だな」


 正座したとき、膝と尻が突っ張る。 小次郎はその姿勢から、長光を抜いた。


「何だろうな。 足の動きが丸見えで騒がしい感じがする。 もっとも、テラリミナスに来て、正座の機会が減ったから、何とも言えんが」


 小次郎は、姿見のまえで色々試した。 最終的には、長いさらし布を腰に巻き、そこに差すことにしたが、どうにも気に入らない。


「うーん、ベル、どうだ」

「おら、良くわかねぇだ」


”そうだな。 刀を差したことが無いベルに聞いても無理か”


 姿見を見ていると、納刀した長光が目立つのである。


”そうか、袴に慣れていると、長光の刀身が隠れる。 だが、この洋風のズボンは細すぎる。 だから、刀が異様に目立つのだ”


 しばらく小次郎は座ったり、立ったり、抜刀したりして、鏡の中の自分を観察した。 すると次第に自分の刀の持ち方、振り方が気になり、次には決め技の剣先の高さ、足の位置、膝の向きを微調整し始めた。


 ベルグランの方は、自分に技を見せていると勘違いして、眠気と戦いながら、小次郎を凝視していた。 その努力も限界に達しようとしたとき、ノックがあった。


(コツ、コツ)


「佐々木様、旦那様がお呼びです。 開けてもよろしいですか」


 シルキーがドアの外で、お伺いを立ててきた。


 小次郎が許可を出すと、扉が開かれる。 その向こうは、すでにパスコとサリーが座っている部屋になっていた。


「なんとも、便利な物だ」


 小次郎は呟いた。


◇ ◇ ◇


 カザハは焦っていた。 『狼』がこの屋敷に向かったとギルドで聞き、屋敷から出てくるのを待っていたが、一向に現れない。 仕方ないので忍び込んだ。


 ところが、屋根裏を這っていけば、いつの間にか庭に出て、扉を開ければ開ける度に違う部屋になる。 諦めて屋敷の外に出ようと塀を乗り越えても庭に降り立つ。


「しまったにゃ、屋敷妖精が支配する屋敷だったにゃ」


 それも、100年以上この家に宿っていて相当老獪な妖精だと彼女は思った。 カザハはこの時、お頭の言葉を思い出した。


「カザハ、忍び込む前に地理は勿論のこと、その家の住人、家の成り立ちを調べるんやで。 それがお前自身を助けることがある」


 地理的条件は調べたが、家の成り立ちは、軽んじていたと反省した。


「仕方ないにゃ。 この屋敷の主人が出てくるまで待つかにゃ」


 鹿の依頼受諾の可否を早く持ち帰りたいが、カザハは腹を括り部屋で主人が現れるのを待った。 この家の魔法使いは、大学の先生でギルドでも魔法の教鞭を執っている。 それ程悪い事にはならないだろうと感じていた。


◇ ◇ ◇


 小次郎の顔を見たパスコが話しかけてくる。


「お主が聞いたドルティアの魔王復活の話、魔法協会本部には、サリーに行ってもらうことにした。調査団とは、再来週あたりにアロン村で落ち合うことになるじゃろう」


 小次郎はドッティニとの闘いの時、最後に聞いた言葉をパスコに告げていた。するとしばらく考え込み、サリーと相談すると言っていたのだ。


「さて、今度は違う話じゃ。この屋敷に忍び込んだ奴がおってな、小次郎、鹿の関係ではないか」

「鹿殿が何故? ここまで追ってくるということは緊急の用か」


 小次郎も首を傾げるばかりであった。 同席したサリーは、鹿と言われてもサッパリ分からず、理解することを止めて、マニキュアののり具合を見ていた。


「シルキーや、そやつをここへ、招いてくれぬか」

「かしこまりました」


 パスコに頼まれたシルキーは、扉をノックをし、その扉を開けた。 するとそこにはフードを深々と被った人物が胡座を掻いて座っている。 小次郎は例の『ひったくり』だと直ぐに分かった。


「拙者に何か用か? 悪いが魔導書はもう持ち主の所に戻ったぞ」


 魔導書のことはちょっとした皮肉である。


「魔導書のことじゃないにゃ」

「にゃ? お主、尾張の出か」

「へっ? 何の事にゃ」


 ひったくりは、フードを外し片膝をついた形に座り直した。 すると猫耳がそこにあった。 よく見ると長い尻尾がパタパタしている。 服装は獣人特有の薄着と言うか、布の面積が小さい。


「ウチは、カザハ・ヴァレンと申しますにゃ。 ボスの命で『鹿』様をお守りしておりますにゃ。 ちなみに尾張は知らないにゃ」

「ああ、尾張は忘れてくれ。 拙者の勘違いであった。 ハハハハ」


 小次郎は笑って誤魔化した。


「うっほほほ、ウチも何が面白いのか分からないにゃ。 それで、鹿様から依頼があるにゃ、だけど……」


 カザハは、パスコとサリーを見て話すことをためらった。 するとサリーは声を上げてシルキーに言う。


「もう面倒事は勘弁だわ。明日の朝は早いから私は寝るわよ」


 そう言ってサリーはシルキーと共に部屋を出ていった。 パスコは聞く事が当然のようにソファーに座り、ベルグランは何故かソワソワしている。 しかしカザハは、出ていこうとしない少年を見てどうするか迷った。 その態度を見た小次郎は、少し他所を向いてつぶやいた。


「パスコ先生に言えない事なら、拙者も、聞けないなぁ」


 これを聞いたカザハは、愁眉を開いた。


「一昨日、鹿様はパスコ先生に会いにきたにゃ。 でも留守だったにゃ」

「その頃はベルの背中に居たからのう。 じゃが鹿殿については知っておる。 まあソファーに座るのじゃ」


 カザハは、ベルグランを見て、パスコは背負われていたと想像した。そして狼が言うのならと話す決心をし、勧められたソファーに座る。

 一方で話がドンドン進んでいくなか、ベルグランは自分がいて良いわからず、鼻の辺りを指さしてアピールする。


「そこの熊耳男、聞いてても良いにゃ」


 ちょっと呆れた顔で言った後、姿勢を正して答えた。


「コホン。 鹿様のお言葉をお伝えします。 牢破りするので、付き合って欲しいということにゃ」


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