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第28話  魔法使いの業(ごう)

 ギルドはいつもの喧噪がなく、静まりかえっていた。


「怪しい奴が来たら、知らせるように」


 小次郎はさりげなく顔を背け、腕を組んで首の辺りを掻き、ベルグランは虫が壁に止まるように張り付いている。三人の役人が小次郎たちの前を通るとき、チラリと二人を見たが、特に何事もなく通り過ぎた。


「けっ、役人風吹かせやがって」


 冒険者達は口々に怨嗟の声を上げた。小次郎は悪態をつく連中をよそに受付へ向かう。


 “どこの世界でも役人は嫌われるらしい”


「ああ、佐々木さん、お待たせしました」

「さっきのお役人は何だったのですか」


 小次郎は『鹿』のことだろうと思っていたが、さりげなく尋ねてみた。


「ああ、あいつらはこの州都の役人じゃないですよ。宰相府の奴らです」

「宰相府」

「ええ、宰相府の使者が州都に来る前、襲われたらしいですよ。それで、その襲った賊が鍵付き魔導書をひったくって、この州都に逃げ込んだらしいです。それで皆、血眼になって探しているらしいです。まあ、襲われたのはざまあみろですが、鍵付き魔導書が野放しなのは怖い。ああ失礼しました。今日のご用向きは何でございましょう」


 小次郎は、その鍵付き魔導書が隣にいるベルグランの背中にあることに、複雑な思いを抱いた。


「サリー・マクナエルさんのお住まいを教えてほしいのですが」

「マクナエル先生ですか。ちょっとお待ちください。佐々木さんは州都は不案内でしょうから、地図をお渡しします」


 小次郎は待つ間、ギルドの様子を見回した。剣、大剣、双剣、短剣、槍、大楯、斧――まるで武器の品評会である。何も持っていないのは魔法使いかと小次郎は思った。そして斧に目が留まる。


 “一撃必殺か。ベルグランの剣は小さいが、左手に盾、右手に斧という型もあるな。力の強いベルには叩きつける方が向いているかもしれん”


「佐々木さん、大丈夫ですか」

「ああ、問題ない」


 受付が近づいているのは分かっていたが、考え事に集中していた。


「気をつけてくださいね。南地区で乱闘騒ぎも起きてます。宰相府の奴らが賊にコテンパンにやられて逃げられたらしいですけどね。いい気味だ」


“多分、鹿と狼のことかな。しかし宰相府の役人はよほど嫌われているらしい”


 小次郎がベルグランをチラリと見ると、照れくさそうにニヤニヤしている。


“ベル、そのニヤけ顔を宰相府の奴らに見られたら、我々が賊と通じていると疑われるぞ!”


 小次郎は心の声で訴え、礼を述べてギルドを後にした。


「ありがとう。精々気をつけることにするよ」


“結局、役人の所為で判時(はんとき)近くかかってしまった。泣く子と地頭には敵わないのはどこも同じだ”


 地図を受け取ってギルドを出ると、そこに五郎がいて驚く。


「どうした? 川でも氾濫して引き返してきたのか?」

「へっ、アロンの村から戻ってきて、待っていたところだぜ」

「えっ、まだ判時(はんとき)ほどしか経ってないぞ」

「てやんでぇ、俺ぁよ、()()()()()()だぜ。アロンの村なんざ、角の厠へ行くのと同じくらい、すぐそこだ」


 小次郎は、人の脚で4日掛かるところを1時間で往復した五郎に驚いた。実際にはウェリスが手紙をしたためる時間があったので、実質10分で往復したことになる。


「うーん。そうか、凄いな。それで、どうだった」

「綺麗な姉ちゃん二人に可愛がられちまってよ。こいつは鼻血もんだぜ! ……っと、いけねぇ。返事の文を貰ってきたぜ」

「それでは、ウェリスも怪我が良くなったのか」


 小次郎は五郎の首の筒から手紙を取り出し、じっと見つめた。


「ふー、良かった。この世界の治癒力を疑ったわけじゃないが、万が一も考えていた。手紙が書けるほど良くなったのか……」


 小次郎は大きく息を吐き、安堵した。目頭が熱くなるのを感じ、これからパスコの重い話をする気持ちが少し軽くなった。


◇ ◇ ◇


「申し上げにくいのですが、パスコ先生は賊との戦闘で斬撃を受け、()()()()()()()()()()()。その折、マクナエルさんにこれを託すよう遺されました。……ご冥福をお祈りいたします」


 小次郎の前にいるのはサリー・マクナエル。アラン・パスコが生前に魔導書を託すよう指名した人物である。部屋に通される前から沈痛な面持ちだったが、対面すると視線をどこに置けばよいのか迷った。


 紫紺の衣に金の刺繍、大きく開いた胸元。細身の体にしては豊満な胸が深い谷を作り、椅子に身を預ける仕草には余裕と色気が漂う。彼女の瞳は鋭く、見る者を圧するようでありながら、同時に落ち着いた魅力も備えていた。小次郎はたまらず視線を逸らし、テーブルの魔導書に目を落とすと、風呂敷に包んでいた本を取り出し、彼女の方へ差し出した。


「これをマクナエルさんへ渡してくれと――それが最後の言葉でした」


 小次郎は声を落とし、ぎこちなくも気持ちを込めた。だが彼女の反応は思いがけないものだった。


「あらまあ、大お爺さまったら……肝心なことを言ってなかったのね」


 サリーはわずかに紅い唇を歪め、微笑む。小次郎は戸惑いながらも魔導書を差し出す手を止めない。


「あっ、ごめんなさい。誤解させちゃったかしら。まず――()()()()()()()()()()()()()()。……そうよね、大お爺さま」


 彼女は本に向かって語りかけるように言った。小次郎は、悲しみの余り遺品に向かって話しているのだと思った。


「佐々木さんでしたよね? ……大お爺さまが選んだ人なら、知る権利があるわ。本人の口から聴いた方が、もっと深くわかるはずよ」

「……ん」


 小次郎は返答に詰まる。亡くなった本人から聞けとは、口寄せなのか。首を傾げると、サリーは背後の女中頭に声を掛けた。


「シルキー、用意して頂戴」

「畏まりました。研究室ですね」


 女中は先ほど小次郎たちが通ったドアを三度ノックした。開くとそこは廊下ではなく、別の空間が広がっていた。


「さあ、佐々木さん。こちらへいらして」


 サリーは笑みを浮かべ、小次郎を導いた。


◇ ◇ ◇


 広く明るい室内に、大きな道具がずらりと並んでいる。


「ベル、これは何だ」

「多分、ゴーレムだべな。おらあんま近づきたぐねぇです」


 二人が警戒している間に、サリーは部屋の奥の扉の前に立ち、胸元に手を添えて咳払いし、詠唱を始めた。歌姫のような声で、一言一言が扉に魔法紋を描いていく。


「啓け、ひらけ、展け、開闢せよ。門よ、扉よ、閂よ、悉く口を啓示せよ。解け、ほどけ、放て、封印よ理を失え。塞がるもの退き、閉ざすもの崩れ、結界は無効へ帰せ。──啓示的開放、実証的開門」


 呪文は効力を発揮し、錠前の外れる音が次々と鳴った。最後の扉が開くと、小さな鳩が現れ(ポッポー、ポッポー)と鳴いた。


「この長くて、くっそダサい呪文。何度唱えてもうんざりする。せめて無詠唱にして欲しかったわ。ああ、私が作ったんじゃないのよ。誤解しないでね」


 サリーはむっとした顔で付け加える。小次郎は意味が分からず、ぽかんと口を開けたままだった。


◇ ◇ ◇


 部屋の中は青白い光に満たされ、中央にはガラスの棺が置かれていた。中には腹まで伸びた髭をたくわえた、仙人のような老人が眠っている。


「これが、アラン・パスコよ」

「えっ……」


 小次郎は声を失い、ベルグランを見た。彼は案外平然としている。


「魔法使いのやることは、いつも分がんねぇです」


 サリーは棺の上の透明なガラスの鍵を取り、魔導書の錠を外した。白い粘土の入った桶に魔導書を投げ入れると、魔導書は空中に留まり、光を放ち始める。


 粘土は光を受け、表面で粒子が舞い、空気が震える。塊が盛り上がり頭になり、胴がむくりと起き上がると、腕が伸び、足が押し出されるように形を取った。


 小次郎は息を詰め、目が離せない。塊が人の形に近づくたび、思わず息を呑んだ。


 “……いったい何が起きるのだ”


 やがて指や顔のパーツが形を成し、目や鼻、口が現れる。布のような衣が重なり、袖や襟の立体感までが整う。白かった粘土に色が差し、最後に栗色の髪が生えて、()()()姿()()()()()()()()


 少年の姿をしたパスコがゆっくりと目を開け、声を出す。


「あー、あー……よし、声も出る。……小次郎、儂の見識不足で、あたら若き命を散らしてしもうた。儂は()()()()()()。それに小次郎、ウェリス、プエラを危険にさらしたこと、()()()()()()()()、誠に済まぬ。ウェリスの具合はどうじゃ」


 小次郎はパスコの悔悟を聞き、はっと我に返った。確かに一名の犠牲者が出たが、それは無謀な賭けの結果であり、必ずしもパスコだけの責任とは言い切れないと考えた。それよりも、何か喉に引っかかった小骨のような違和感が付きまとっていた。


「先生、あの時は誰もあの結果を予想できなかったと思います。それにウェリスもこの通り良くなりました」


 小次郎はウェリスの手紙をパスコに見せた。パスコは読んだ後、目を瞑り、何度も頷いた。


「年長者にとって、後進の者の無事は何よりの薬じゃ。だが、その安否を心配すること自体が、()寿()()()()()()()()()


 パスコは少年の姿ながら深い皺を刻んだかのように目を細め、静かに息を吐いた。それを見た小次郎は、数日前の自分の心情を思い出した。


「プエラが言ってました。『武人の責任は、過去の失敗ではなく未来の戦いにある』と。先生を武人と呼ぶのは烏滸がましい事ですが、拙者もこの言葉に救われました」


 小次郎はこれ以上助言するのは年長者に失礼だと考え、言葉を控えた。


「プエラめ、たまには歳相応に良いことを言うのぉ。じゃがやはり犠牲者が出たことは年長者として責任を取らねばならぬ。後はギルドと相談する」


 小次郎には、パスコが自らに課した厳しい判断を決意したように見えた。


「ところで先生、その棺の中の人物は」


 “あの老人と、今の少年の姿……パスコ先生は自らの命を二つに分けたのか”


「オオジイ、また長ったらしい講義ばかりして、肝心なことを佐々木さんに話してないんじゃない」


 パスコは少し顔を緩め、サリーに向き直る。


「サリーちゃんは手厳しいのぉ。つい魔法談義に夢中になってのぉ」


 パスコはガラスの鍵を棺の上に置きながら答えた。


「ここじゃお茶も出せないから、上に戻りましょう」


 サリーは、シルキーを呼び指示した。


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