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羽田空港沖合展開事業

 1987年1月23日、羽田空港沖合展開事業起工式が堤根稲荷神社で執り行われた。起工式には運輸大臣を始めとするその最高幹部、東京都知事とその東京都庁最高幹部、航空会社役員、建設業者が参加した。それに参議院議員総会幹事長砂岡も参加した。


当時の羽田空港は以下の通りであった。

 面積:408ヘクタール

 A滑走路:3,000m(閉鎖中)

 B滑走路:2,500m

 C滑走路:3,150m

 年間発着回数:約16万回

 当時、羽田空港は3本の滑走路を有していたが、実質2本となっていた。増大する航空需要で駐機するスペースを確保するため、旧A滑走路を閉鎖して駐機場としていた。


これを3期に渡る工事で以下のようにする。

 面積:1,271ヘクタール

 A滑走路:3,000m

 B滑走路:2,500m

 C滑走路:3,360m

 年間発着回数:約30万回

 特筆すべきは並行するA・C滑走路はオープンパラレル(滑走路間隔1,700m)となって、同時離陸・同時離陸が可能になる。


当事業の目的は以下の通りである。

 1.騒音問題の抜本的な解消

 2.輸送力の確保

 3.廃棄物処理場の有効活用


 これらの目的は表向きのものであった。しかし、実態は砂岡を始めとする自政会が“懇意”としている航空業界に対する便宜であり、同時に自政会の利権拡大のためであった。

 尤も表向きの目的も嘘ではなかった。滑走路を現行より沖合に移すことで飛行ルートを人口密集地から外して、騒音問題を軽減させる。工事前の年間発着回数16万回から引き上げる。空港沖合に隣接している廃棄物処理場(浚渫土や関東圏の建設残土など)にターミナルビルや滑走路を建設して有効活用する。

 そのどれもが求められるものであった。ただ、それ以上にありとあらゆる利害関係者たちの利害調整こそが真の目的であった。


1.航空業界の事情

 当時、航空業界は自社路線と競合する原発新幹線に神経をとがらせていた。これまで新幹線と競合しない航空路線は羽田空港でなく、都心から離れた関東国際空港に乗り入れていた。しかし、原発新幹線の拡大によって、新幹線との競合する路線が増えるようになった。

 こうして航空会社は新幹線に対抗するため、都心に近い羽田空港の利用を切望するようになった。そして、もう一つの事情が航空会社にあった。それが自衛隊の航空基地建設であった。


 時は冷戦時代米ソ対立でソ連からの脅威「北方脅威論」が叫ばれていた時期であった。特に1976(昭和51)年9月6日に発生したソ連防空軍戦闘機が函館空港に強行着陸した「ベレンコ中尉亡命事件」は、日本人に鮮烈な印象を残した。そして、日本が再び容易に空襲されるという恐怖心を芽生えさせた。

 その結果、ソ連に対抗するため全国の地方で航空基地の建設が行われる。そして基地がある地元住民の理解と地方の開発促進のため、民間旅客機も利用できるようにした。所謂、「軍民共用空港」と呼ばれるものである。

 ただ、航空会社はこれらの軍民共用空港への就航に消極的であった。これらの路線で利益を上げることが難しかったからである。場合によっては赤字になることすら想定された。

 元々、航空基地は開発が遅れているところに建設することが多かったため、当然の結果であった。しかし政府としては、就航がないと体裁が保てなかった。

そこで航空会社の要望である羽田空港の拡大を条件とした。収益性が高い羽田発着便の増大で収益を確保して、不採算路線を維持するということで航空会社と折り合いを付けた。


 こうして航空会社と政府の思惑が当空港の拡張事業を促した。(尚、同様の理由から伊丹空港も存続が事実上決定された)


2.自政会の利権拡大

 航空業界は政治の影響を受けやすいため、政官財の利権の温床になりやすかった。当然のことながら、羽田空港や関東国際空港も利権の温床となっていた。

 関東国際空港は開港以来、成長し続け利権も成長し続けた。しかし、1980年代で関東国際空港が成熟化するようになると、利権もまた飽和するようになった。

 そこで新たな利権を育てるため、羽田空港に目を付けた。そして、土木技術の進歩が羽田空港拡張を可能にした。この拡張で旅客数拡大に伴うターミナルビルの大型化や駐車場などを設けるなどで、自政会は利権にありつこうとした。


 正直なところ、砂岡は羽田空港の拡張は反対であった。何しろ砂岡の利権である関東国際空港から、一部路線が羽田空港から再移管することになるからである。

 しかし、砂岡は自身の権力を強化するため、自政会の他の有力者にも利権配分をしなければならなかった。そして日鉄分割民営化で航空業界の要望を叶えることが出来なかった補償として、砂岡は羽田空港拡張の音頭を渋々ながらとった。


 航空業界は伸張する新幹線網に対して、自政会や砂岡を通して裏工作を行っていた。それは日鉄分割民営化で東海道新幹線と山陽新幹線を一体運用ができないように会社に分けることだった。所謂、本州3分割である。

 しかし、竹上幸三郎の裏工作と大阪駅の構造上の問題で会社を分けて運営することが不可能だった。(大阪駅の新幹線ホームは2面4線しかなく、大量の新幹線を捌くため、新幹線を京都駅と新神戸駅に分けて折り返していた)

 結局、東海道新幹線と山陽新幹線は同じ会社で運営されることになる。その代わりに羽田空港拡張で航空業界の競争力を上げ、新幹線とのバランスを取った。

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