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千葉科学技術博覧会

 1985(昭和60)年3月16日、千葉国際科学技術博覧会(以下、千葉博)の開会式が行われた。千葉学術研究都市の街開きイベントで日本を含む48ヵ国、37の国際機関、28の企業・団体が参加する。期間は同年3月17日から9月16日まで行われる。


 千葉学術研究都市は東京都心と関東国際空港の中間にある都市である。東京の過密解消を目的として、東京都内にあった官民の研究機関や教育機関を移転させたものである。

 交通は東関東自動車道や常磐新幹線・京葉電鉄北千葉線が整備されていた。そのため利便性はあり、東京駅からの最短所要時間が常磐新幹線で25分、関東国際空港への最短所要時間は常磐新幹線で最短22分だった。今後は京葉電鉄北千葉線が関東国際空港にまで延伸して、利便性が更に向上する。


 石山は、この土地の取得で大活躍をしており、この都市の礎を築いた人物の一人であった。そういった事情から、石山は開会式で貴賓として招待され貴賓席に座っていた。

 隣には石山と同様にこの都市の建設に深く関わった砂岡が座っていた。このとき砂岡は自政会参議院議員総会幹事長になっていた。自政会の党内役職であるため、直接的に行政に命令ができないが影響力については、依然の運輸大臣よりも強くなっていた。

 どれくらい強くなっていたかというと、懸案であった「なにわ筋線」の建設で反対の姿勢を取っていた大阪市長大山清に電話を掛けて、建設を認めさせるほどであった。そのときに語ったとされる言葉が

「市長の再選を心から応援します。それでなにわ筋線のことも、よろしくお願いします」

これだけだったという。大山は自政会の推薦で当選して市長になっていた。つまり、なにわ筋線を認めなければ、次の推薦はなく対立候補を立てるという体裁のいい恫喝であった。

 通常、ここまでの中央の政治家が地方組織に介入することができない。しかし砂岡の場合は、これまでの活動と参議院でも屈指の実力者となっていたこともあり、その隠然たる力は絶大であった。

 大山は砂岡の言葉の意味を瞬間的に理解し、なにわ筋線の建設を認めた。それだけでなく大山は定例記者会見で喜々とした表情でなにわ筋線の建設を認める発表をした。その表情こそが砂岡の力を示すものであった。


「石油ショックがなければ、今ごろ首都だったのにな」

砂岡は呟いた。

 元々、千葉学術研究都市の用地は関東国際空港の用地取得の際に買収した土地である。

それが東京都内の過密解消として新首都として構想されるようになる。ただオイルショックによって遷都計画が頓挫し、規模を大幅に縮小して学術研究都市になった。

 もし遷都計画が頓挫しなければ、今頃は人口70万人の都市となっていた。そして将来的には人口120万人の大都市に発展させ、東京都心の過密解消を目指した。もし、これが実現していれば、砂岡の利権は計り知れないほどの莫大なものとなっていた。

 砂岡にしてみれば莫大な利権を逃しただけでなく、遷都という男のロマンがなくなってしまったことを悔やみ続けた。それでも砂岡は規模の拡大を目指し、学術研究施設だけでなく、中央省庁の関東を管轄する地方部局を設置させる活動も行った。

 ただ当時において砂岡は今ほどの力はなく移転の綱引きに負けてしまう。結果、地方部局は埼玉県大宮市ある日鉄大宮操車場に移転することになった。これは日鉄の資産を政府が買い取る形で、日鉄の累積債務返済に充てさせることが目的でもあった。


 研究教育機関の都内からの移転は進んだ。砂岡の息が掛かっている防衛関連研究教育機関を始め、数々の政府系研究機関が移転する。同時に民間研究機関も東京都心から移転をするようになる。

 そして教育機関としては、関東医科歯科大学・関東教育大学・関東外国語大学などの国立大学や武蔵医科大学・開拓大学など私立大学が移転または新校舎設置をした。しかし、一番の要である国立弥生大学の移転は実現せず、画竜点睛に欠く結果となった。

 弥生大学の移転が決まれば、人口50万人になることが見込まれた。しかし移転ならず人口25万人程度となった。

 この結果に砂岡は極めて強い不満を持つようになる。そして移転に強行に反対した弥生大学法学部に対しては極めて強い憎悪を持つようになった。これが衛星による大学授業で弥生大学の権威を下げる事業に駆り立てた。

「弥生大学は潰さないといけないな。そうしないと納得ができない」

砂岡は心中の憎悪を改めて口にした。

「先生、そろそろの開催になります」

秘書の迫水がそっと砂岡に耳打ちをした。


 皇太子殿下のお言葉にはじまり、博覧会の会長や千葉県知事など挨拶が続いた。そして参加各国と企業・団体のパビリオンのスタッフが次々と開催会場に入場して、中央のマイクで各国の母国語による挨拶をする。

 再び千葉県知事が開催を象徴するボタンを押すと、四方八方から風船があふれ出し会場を覆いつくして飛び立っていった。その後はロボットによるピアノ演奏が行われるなど、当時の最先端技術を披露したりした。

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