羽田空港拡張
「まあ、その辺りは、こっちで考えることにしよう。原発新幹線が絡んでいるのだから、こっちとしても何とかしないといけないのは分かった。それより東郷君」
「はい」
「確かに大阪湾空港に新幹線を引くことで、空港の利便性を上げ航空会社に便宜を図るというのは分かった。これでワシの面子も多少は立つということなのだろうが、まだ足らんな」
砂岡は東郷を鋭く見つめる。そして東郷は話を進めた。
「はい、これだけでご満足して頂くとは思っておりません。もう一つの案も準備しております」
「ほう、楽しみや」
砂岡は少し小馬鹿にしたような態度をとった。それに東郷は意に介さずに話を続ける。
「京葉電鉄さんの空港特急の速度向上に全面協力します」
「なるほどな。京葉が速くなれば、それだけ便利になるのだから航空会社も喜ぶだろう。だが、それはまだ弱いな。相手は航空会社。その航空会社が直接よろこぶものでないとな」
砂岡は東郷から更に引き出そうとしていた。しかし東郷もこれ以上は難しい表情を浮かべていた。
東郷の限界を悟ったのか竹上が助け舟を出した。
「それだったら、羽田空港を拡張したらええ。これから原発新幹線が増えれば、国内線は厳しくなるやろ。関東空港では遠すぎる。そこで羽田を拡張すればええ。昔は羽田の埋め立ては無理やったが今ではできるやろ。なんせ、あんな沖合に大阪湾空港を造ることができるようになったのだから、羽田なんて余裕やで」
対して砂岡は渋る表情を浮かべて
「できるでしょうけどね」
砂岡にすれば、それは避けたかった。羽田空港を拡張すれば、それだけ関東国際空港から羽田空港に路線が移るからである。何より羽田空港は関東国際空港と異なり、砂岡の縄張りではなかった。
関東国際空港は建設時から深く関わっていたこともあって、空港の至るところに砂岡の利権の根が張り巡らせていた。しかし羽田空港は従前より運営されていた空港であったため、砂岡が入り込む余地がなかったからである。ここで羽田空港の拡張を認めれば、折角育った関東国際空港の利権が縮小する。それが耐えられなかった。
ただ石山はこの流れに逆らうことは出来ないと思っていた。石山も航空会社の羽田空港拡張を望む声は聞くようになっていたからである。実際、大阪湾空港の計画策定で航空会社の要望を聞く際に羽田空港拡張を望む声を合わせて聴いていた。このままでは、砂岡以外の手によって羽田空港が拡張されることは時間の問題であった。
「迫水、どう思う」
それまで黙していた迫水が口を開く。
「致し方ないかと。航空会社が羽田拡張のため、あちらこちらに働き掛けています。ここは積極的に認めた方が航空会社への影響力を保つことができます」
「石山君はどう思う」
「羽田の拡張は必要です。このままだと20年後に関東空港はパンクします。そうなってから羽田拡張となれば、時間が掛かります。今から羽田を拡張させて、丁度いいくらいです。関東空港は首都のための空港ではなくなりました。もうアジアの空港です」
石山は迫水よりも、積極的に羽田拡張を主張した。
1980年代に入り一般庶民が豊かさを実感できるようになった。それに伴って海外旅行や出張がうなぎ登りの勢いで増えていった。新婚旅行は海外旅行が当たり前になった時期である。
また航空貨物の取り扱いが増え、関東国際空港は世界有数の貿易港となっていた。特に日本の海産物の輸入は顕著で、「関東漁港」とまで揶揄されるようになった。
地理的に関東国際空港は欧米とアジアを結ぶ結節点である。そのため、海外の各航空会社は当空港をアジア地域におけるゲートウェイ空港として活用していた。
更に空港内には、国内航空会社だけでなく海外の航空会社の整備場が数多く建設された。当空港が単なる乗り換え拠点だけでなく、アジア地域における一大整備拠点となっていた。
また1980年代は「日本に続け」を合言葉に韓国・台湾・香港・シンガポールが劇的に経済成長を遂げる。更にタイ・マレーシア・インドネシアがそれに続こうとした。こうした、彼らの航空需要も関東国際空港が請け負っていた。これは彼らが訪日だけなく、欧米への乗り換えとして当空港を活用していた。
そういった事情で1984(昭和59)年の関東国際空港の年間発着回数は38万回に達し、年間利用者数は4、000万人に達した。最早、首都圏の空港ではなくなっており、運輸省が目指していたアジアの空の玄関となっていた。
どの道、新しい空港が求められるようになりつつあった。
砂岡は二人の意見を聞いて、沈黙して思案を巡らせていた。そこに竹上が追い打ちをかけた。
「先生、そもそも原発新幹線を推し進めたのは砂岡先生ですがな。東郷の本州2分割よりも、そっち方が航空会社にはしんどい話とちゃいますやろか。ここは先生が積極的に推し進めた方が面子は保てると思うんじゃが」
暫し沈黙が流れる。そして砂岡は口を開き
「仕方ありませんな。羽田空港の拡張に協力させてもらいます」
とうとう観念した。
「難しい話はこれで終わりや。芸妓でも観よか」
と竹上が言う。そして奥から芸妓が6人と三味線弾きなどが来て、踊りを舞った。




