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鉄道狂時代

 1980年代、関東と関西を中心に新線や鉄道路線の複々線化が次々と完成した年代であった。人口が地方から大都市部に集中し続け、人々が都心から放射線状に移住するようになったためである。

 1970年代の2度に渡るオイルショックで総需要抑制政策が取られる中でも大都市部の鉄道は優先的に建設された。建設の原資として日鉄や私鉄は倍々ゲームの勢いで運賃を値上げし、それを原資にして新線建設や複々線化が行われていった。


 それが1980年代に実を結び、次々と完成に至った。元々、これらの新線や複々線化は「団塊の世代」対策でもあった。団塊の世代が丁度住宅を購入する時期に合わせて路線を整備した。都心郊外に新しい住宅街を提供する。そして付随する流通スーパーマーケットなどで利益を上げる私鉄のビジネスモデルが展開される。

 ただ日鉄は私鉄のような積極的な商業展開は出来なかった。日鉄の商業展開は国営企業による民業圧迫として規制されていたからである。更に過去の地方赤字ローカル線建設による借金と余剰人員による人件費圧迫に晒され続ける。結果、都市部の新線建設が進んでも経営が好転できずにいた。


 一連の鉄道および沿線開発は単に鉄道会社の利益追求によるものだけではなかった。これには政府の意向が多分に含まれており、政府は出資を始めとした陰に陽に鉄道会社への支援を行った。

 かつて発生したオイルショックは政官財のエリートに資源が断たれる恐怖を思い起こさせた。彼らの中には戦時を経験している者が少なからずおり、その者たちはかつて石油禁輸によって日本が締め上げられ、結局は破滅的な戦争に至った記憶を持っていた。その者たちがオイルショックを契機にその記憶を思い起こし、「石油の一滴は血の一滴」という思いに駆られるようになった。


 そこで脱石油をめざし、政府は石炭・天然ガス・原子力の開発に注力するようになった。特に原子力は再処理で燃料が繰り返し使える準国産エネルギーとして、開発が推進されていた。

 そして石油消費量を少しでも抑える政策が採られる。高いガソリン税でガソリンの使用量を抑制させ、更に原発の電気で電車を動かすことで人の移動での石油消費量を抑えようとした。


 関東においては、関東国際空港にアクセスする常磐新幹線が80年代の新線開業の代表格であるが他にも開業される。八王子鉄道の新宿―調布の複々線化が完成し、帝都地下鉄が池袋―渋谷間で複々線による新線「西都心線」を開業し私鉄(帝都地下鉄・墨田鉄道・所沢鉄道・渋谷急行)との相互乗り入れが実施される。


 石山の古巣である京葉電鉄も千葉県との共同出資で新線「北千葉線」の建設を進めていた。そして一部分である高砂―千葉学研都市間が1984年に開業した。これは翌年に開催される千葉国際科学技術博覧会に合わせての早期開業されたもので、将来は関東国際空港にまで延伸される。

 北千葉線の線路は比較的にカーブを少なくしており、将来的に最高速度160km/hで走行することを目指している。実現すれば、日暮里と空港間で所要時間が40分程度になるため、空港アクセス線として常磐新幹線と十分に対抗できるようになる。


 この京葉電鉄の動きに引き摺られる形で、相互乗り入れする太平洋急行も路線や駅の改良が進んだ。横浜駅の改良と青物―蒲田間と夕陽町―白銀町―西太田の複々線化を行われ、横浜駅などの太平洋急行の各主要駅も改良工事が行われる。

 これは相互乗り入れ先である京葉電鉄の空港アクセス特急に対応したもので、砂岡の強い要請によるものであった。砂岡が関東国際空港建設に大きく貢献した京葉電鉄に見返りとして便宜を図った。太平洋急行にしても自社路線から空港にアクセスできるのは利益に適うため、積極的に協力することになる。

 そこに横浜市が加わってくる。横浜市は戦後の問題を引き摺っていた地区である太平洋急行の沿線である夕陽町―白銀町―西太田の問題の解決を目指していた。そこで当区間の複々線化に出資することになり、当区間が複々線化された。


 関西においても同様に複々線化や新線開業が次々と行われた。

 複々線化では山海電鉄が大阪湾国際空港のアクセス線として、山海電鉄和歌山線の高架複々線化を推進していた。

 また山海は和歌山線以外にも金剛線東住吉―百舌鳥間の地下複々線化工事を計画していた。百舌鳥駅からは高野山方面と和泉方面に分岐して、郊外新興住宅地からの通勤通学需要を取り込むことになっている。この事業には大阪市と堺市が一部出資している。

 特異なことに地下複々線化事業には大阪市が出資していたことである。


 普段、大阪市は山海電鉄に対して塩対応することが多く、山海電鉄の梅田延伸を何度も妨害するなどして梅田進出を妨げていた。これは大阪市が経営する市営地下鉄御堂筋線の乗客が奪われ減収することを恐れたからである。

 しかし、そんな大阪市が当該地域においては積極的に支援をすることになり、関西財界で驚かれる事態となった。出資の目的は「当該地域の踏切渋滞の解消と当該地域の利便性の向上」としており、それだけ当該地域の渋滞解消や住環境改善が大事であったことが伺えた。


 そんな大阪市は新たな地下鉄を建設しようとしていた。ルートは大阪市大正区鶴町から心斎橋と京橋を経由して大阪府交野市方面が想定されていた。(後に淀川電鉄と宝急が加わり、想定ルートが変わって長堀淀川線と呼ばれる路線になる)

 目的は2つ。一つは通勤電車の混雑解消ともう一つは旧大阪砲兵工廠跡地の再開発事業のためである。

 そこで京橋付近を境に交野方面は淀川電鉄が心斎橋・鶴町方面は大阪市が担当して一つの路線として建設・運営されることになっている。

 この再開発事業で音頭を取っていたのが大阪市と竹上電器産業創業者で当時相談役であった竹上幸三郎である。そして、これが日鉄分割民営化論議で東郷が推していた「本州2分割(東日本、西日本)+三島(北海道、九州、四国)分割」にも関わっていくことになる。

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