92話 ピアノの音色
92
「あの有名なパレス家の方でございますか。希少なお品を……ありがとうございます。すぐお茶をお入れしますわね」
ソファに座らせてもらい、お茶を出された。子供達は躾がなっていてテーブルの上に置かれたお菓子に群がったりせず、オッケーが出るまでおとなしく待っている。亜人の姉妹もお話が終わるまで床に座りお口にチャックを入れている。
「院長先生と子供達に、今日はお願いがあって来たんですが」
「まぁ!何なりとおっしゃってください、お嬢さんには先日はお手伝いに来てくださった教会の方に、珍しい料理を振舞ってくださって大変感謝してるんですよ」
「冬越し祭りに子供達の手をお借りしたいんですが。私一人だと竹輪の準備だけでもてんてこ舞いで」
「よければ当日も手伝っていただきたいんです。送り迎えも僕が責任持って届けますし、売り上げからおこずかいも出します」
子供達に小声でざわめきが起こった。今年は院長先生の腰の具合が悪いので不参加なのを残念に思っていたのだろう。期待を込めてみんなで院長先生を見やる。
「わ……私どもには大変嬉しい申し出でございますけど、よろしいんでございますか?この子達で」
「ぜひお願いします!」
「まぁなんてことでしょう……それでは、こちらこそよろしくお願いいたします」
院長先生の許可がおりると押し黙っていた子供達から歓声があがった。誰も嫌がらずに参加してくれるようだ。私もホッとしてみんなと一緒に手を上げて喜んだ。
「せっかくの歳を重ねるお祝いなのに、このように私のせいでお祭りに参加させてあげれず申し訳なく思っていたところでして。本当にありがたい申し出をありがとうございます」
喜ぶ子供に抱きつかれて院長先生は薄っすらと目を潤ませていた。嫌がられずに引き受けてくれて本当に良かった。これで人手の懸念は解消だ。
ひとしきり喜んだあとはみんなでオセロットくんのお家のお菓子をいただいた。貴族御用達のお菓子のようで、繊細なつくりでとても美味しかった。よく聞いたらお菓子だけでなく、他にも手広く展開しているようで質の良さはお墨付きのよう。本人は謙遜するが誰もが知っている家柄の息子だったのは驚きだ。教えてくれても良かったのに。
子供達もオセロットくんに懐き、遊びまわるほど打ち解けた。私も院長先生の小物細工を見学させてもらった。器用に竹を編んだり藁を編んだりしてランタンや籠を作る。
「院長先生、私にもランタンを作らせていただけませんか?」
「ええ、かまいませんよ。どういうものがよろしいですか?」
紙とペンを借りて院長先生に図解で説明した。
「こういう形で作りたいんですけど」
「竹ひごで作れますわね、色はどうされますか?」
「もちろん赤で!」
屋台の提灯といえば赤ちょうちんだ。あのボンヤリと光る灯火は大人の輝きだろう。そういえば、この世界ではいつからが成人なのだろう?屋台といえばお酒という感じもする。話を聞いた限りこの世界では個人の誕生日という概念はないようだった。皆で同時に歳を重ねるということだろうか。暦がないのならそれも大切な行事なのかもしれない。
院長先生に手ほどきを受けながら竹ひごを丸めて輪っかを作り、紐で均一に束ねて薄い紙を貼る。乾かしていると奥の部屋からピアノの音が流れていることに気がついた。誘われるようにそちらに向かうとオセロット君が小さい子達を横に座らせピアノを弾いていた。わらべ歌のようだがピアノの腕前はとても上手だ。
「オセロットくん上手!」
「ありがとう、ある程度の習い事はさせられてたんだ。芽衣もこっち座って」
オセロットくんが小さい子を抱っこして隣に立った。アップライトピアノだ。白と黒の鍵盤は地球にあるものと全く一緒で、押すとポロンと綺麗な音を奏でる。ピアノは全く弾けないけどこの曲なら弾けるという定番を披露した。
「可愛い曲、なんて題名?」
「ねこふんじゃっただよ……あ」
三角にとんがった猫の耳を見て気がついた。オセロットくん猫科の亜人だった。一瞬時が止まりワッとみんなが笑いだした。
「アハハ!ねこふんじゃったか、歌詞はあるの?」
せがまれて歌詞まで教えてあげたらオセロットくんがまた吹き出した。簡単な曲なので子供たちにも弾き方を教えてあげた。そろそろ制作途中の提灯が乾いた頃だろうと、年長者のトキコちゃんとピアノを交代した。部屋を出ようとして私の足が止まった。
「……この曲」
「教会でよく流れる曲だよね、僕も好きだよ。切ない気持ちにはなるけどね。幼い日のーってところとかね」
……メロディが似ているだけではなかった。子供達がピアノの横で歌っている歌詞の内容は私の知ってるものと全く一緒だ。よく覚えている。なぜなら私が中学校の卒業式で歌ったものだ、音と一緒に歌詞が溢れ出てくる。なぜ……ここは違う世界なはず、私が立つここは地球ではないのになぜメロディや歌詞までが全く同じなのだ。
「どうしたの?」
「ううん!何でもない……私、戻るね」
地球では見たこともない種族の人たちとあり得ない魔物や植物のこの星で、全く違う歴史を紡いでたのだろうに偶然に全く同じ音楽が生まれるものだろうか。奇跡を超える確率ではないのか?こんな事が……混乱したまま座り込むとピアノの音がまだ微かに聞こえる。思い出深い曲。父兄席で誇らしげに見つめ返してくれる母の顔を見つけた。ハンカチで涙を拭う仕草に私も壇上で湧き上がる気持ちを堪えたことを覚えている。高校受験に合格して少し母に親孝行が出来た頃だった。
「お姉ちゃんどうしたのー?院長先生のとこに戻ろうー?」
姉妹が私を見上げてくる。頭にしっかりと生えた動物の耳、撫でると脈動も感じるし暖かい。作り物ではない。この世界にはこうした人たちがいるし生きてきた。その歴史に私の知る文化が所々に現れるのは、一体なぜなのだろう。
考え事をしながら、提灯にも暖簾と同様の店の名前を書いて完成させた。子供達は変な名前ーと笑いながら茶化してくる。吊り下げ式に作って折りたためるよう工夫もこらした。院長先生に割り箸も頼んで見たら快く引き受けてくれ、できた数で代金を払うことにしてくれた。
「確かに、割って使えば新品だという証にもなりますね。子供達と協力して数を揃えますね」
「本当だね、いいアイデアだ。それではまた前日に子供達を迎えにきます」
別れの挨拶を済ませ森をあとにした。微かにまたあの音楽が聞こえるような感覚を味わい、懐かしい気持ちに包まれながら帰路についた。地球に帰りたくなるようなあの音が、当分耳から離れてくれそうになかった。




