転移
CHAPTER4 転移
ザッ...ザッ...
土を踏みしめる音。落ち葉が擦れる音。風が鳴る音。枝を打ち合う音。
色んな音に飾られた山道をのぼっていく。
幼い頃の記憶が正しければ、もうすぐあの木が――。
見えた。
高鳴る鼓動。忍は改めてノートを確認する。
「目を瞑り木の幹に右手を当て呪文を唱える...
『失われし美よ、散りゆく花よ、我を導きたまえ。』」
後戻りするなら今しかない。でもその考えは忍の好奇心によって簡単に打ち消された。
目を瞑り深呼吸する。
心を落ち着け、目を見開く。忍は茶色の丸縁メガネをクイッと押し上げた。忍の緊張した時に出る癖。だが、覚悟は出来た。
大人が5人集まっても囲えるかわからないくらいの太い幹。空を覆い隠す葉の屋根。それは忍を威嚇するかのように。
忍は負けじと睨み返す。
そして目を瞑る。
右手を当てる。
『失われし美よ、散りゆく花よ、我を導きたまえ。』
その声は虚空に吸い込まれた。
彼女にも聞こえなかった。それでも確実に唱えた。
刹那。
グイイイッと右手を引かれる。目を開けてはいけない。決して。
人の手に掴まれているかのような感触。
足は地に触れている感触はない。いや、早すぎて浮いてるのかもしれない。
風がものすごい速度で脇をすり抜けていく。
耳が壊れそうなほど風の音がうるさい。
ふと、止まる。何もかも。
何も見えない何も聞こえない何も感じない何も――――。
まるで自分自身が空気になってしまったかのような感触は一瞬で途絶えた。




