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氷の魔女の料理屋さん~最愛の師匠を探してモフモフな食堂を始めました!~  作者: 遠野イナバ
第十章『燃える!炎のリゾット』

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36 芸術は爆発です

 季節は流れ、秋になりました。

 この二か月必死にお金を貯め、やっと店の立て直しを終えたわたしは店のカウンターに座ってうなだれていました。


「お客さん、ぜんぜん来てくれないです……」

「ほんとになぁ」


 夏まで来ていた常連さんたちがまったく顔を出してくれません。

 それどころかリニューアルオープンを迎えたというのにこの客足。

 ゼロですよ、ゼロ!

 いくらしばらく店を休んでいたからといってこれは悲しいです。


「まあ、あんなウワサが立っちゃなぁ……、しょうがねぇよ」

「うう……」


 どうも、あの店は爆発する、というウワサが広まっているようでして、そのせいでお客さんが寄りつかないようなのです。

 自業自得は承知。

 けれど、ふだんから爆発しているわけではありません。


 この前のあれは事故なのです。

 そう伝えようにもすべはなく、そもそもお客さんからしたら店の事情なんて知ったこっちゃあないわけです。


 ですからいまのわたしに出来ることはひとつだけ。


 失った信用を取り戻すためにコツコツ頑張る。それだけです。


「はあ……、ひとまず続きをやりましょうか」


 わたしはキャンドル作りに戻りました。

 現在、王都では今月開かれる収穫祭の準備が行われています。


 今年一年の実りを祝う祭り。


 かぼちゃのランタンを玄関前に飾ったり、仮装した子供たちにお菓子を配ったりと、そんな愉快な行事だと聞いています。

 いつもよりも少し豪華なごはんを食べて、家族との時間を過ごす。


 そのような祭りですから春の豊穣祭とは違い、王都は観光客で溢れることなくいつもの日常が広がっています。


 そんな中、わたしの店ではかぼちゃの収穫や飾りの作成など。

 ありがたいことに魔女の依頼だけは途切れず舞いこみ、今日も今日とてこうしてキャンドル作りに勤しむわたしです。


 からんころん。

 あ、玄関のドアが開きました。


 入ってきたのはペリードさんです。

 今日はコックコートを着用しているようです。パティシエ風の赤いリボンが素敵です。


「ペリードさん。こんにちは」

「久しぶりだね、ロゼ。元気にしてたかい?」

「はい、なんとか。この前はお仕事を紹介していただき、ありがとうございました」

「いやいや、当然だとも。それよりも無事に店の修繕が終わったみたいで安心したよ」


 ペリードさんがにこりと笑います。

 その節はお世話になりました。


 それにしても、今日は青バラですか。

 この人はうちの店に来るたびに必ず花束を持ってきてくださるんですけど、正直、花をもらってもなぁ……というやつです。


 いえ、うれしいんですよ?

 でも、花をいただいたところで手入れが大変ですし、枯れてしまうものをいただいても捨てる時に忍びないです。


 ペリードさんはわたしに花束を渡すと椅子に腰かけ、数枚の紙をテーブルの上に置きました。


 チラシのようですね。


 ああ、実は彼は城の政務官を辞めて、来月商業通りでケーキ屋さんを開くそうです。


 なんで急にエリート高官からパティシエに? とは思いましたけど、まあ、ありていに言えば彼が仕えていた王子様が政争に敗れたそうです。


 ですので、ペリードさんも城にいられなくなりパティシエに転向した、というわけです。


 わたしはペリードさんにお茶を出して、対面に座ろうとして──ノルさん、邪魔です。

 軽く横にスライドして席につきます。


「お店の宣伝用のチラシですね」

「そう。いくつか案を考えてみたのだけれど、なかなかしっくりくるものがなくてね。ぜひ君の意見も聞きたくて今日は来たんだ」


 ペリードさんが苦笑します。

 散々悩んだのでしょう。彼の目の下にはクマができています。

 ペリードさんはメガネな外見通り、真面目な方なので、こういったことにも全力で取り組む性質たちなのでしょう。


 チラシを一枚手にとると、みずみずしい果実が敷き詰められたタルトが描かれていました。


 とても上手です。

 本物みたい。おいしそう。


 そう褒め称えますと、ペリードさんは困ったように頬を搔きました。


「ははは。そういってもらえると嬉しいけれど、できればもう少し個性が欲しくてね」

「個性、ですか?」

「ほら、ふつうの店ではほかの店との差別化が図れないだろう? 王都には多くの菓子店があるからね。僕の店でなければ食べられない味を作りたいと思っている。そしてこれもそうだ。ひと目みて、僕の店だとわかるものにしたいんだ」

「なるほどー……」


 個性は大事ですよね。

 彼の言いたいことはわかります。

 ですが、お客さんに提供するモノである以上、必ずしも個性が大切というわけではありません。


 人は強烈すぎるものには近づかないものです。

 なぜならその感性についていけず、理解できないから。


 そう、まさにこの三枚目の絵のように。


 なんですか、この絵?

 ケーキの中からお犬様がコンニチワしてるんですけど。

 浮き輪みたいになってますけど、ケーキが。

 しかも背景バーストしてるし、犬の瞳もメラメラだし、無駄にやる気がみなぎっているし。


 一体なにをどうしたらこういうデザインを思いつくのでしょうか。

 ある意味、彼のセンスは爆発していると思います。


「──あっ」


 そうですよ。

 この絵じゃないですけど、ベルルーク家は代々火の魔法が得意なのでした。

 確認すると、


「そうだね。うちの家系は代々火の系統が得意でね。僕も少しだけなら使えるよ」


 やはりですか。

 わたしは拳を握って力説します。


「それですよ、ペリードさん。魔導師のお菓子屋さんなんて滅多にありません。ここは全面的にそのうたい文句を宣伝に使わない手はありません!」


 火の魔法を使ってお菓子を焼く黒猫の絵。

 これならかわいいですし、一目でなにをしているのか分かります。


 なにより彼が開く店の名前は、<眠り猫の菓子店>。


 犬、ぜんぜん関係ないです。

 ですから、ここは店名になぞらえた動物を使うのがベストというものでしょう。


 そのように提案すると、ペリードさんは目を丸くして呟きました。


「たしかに……。大抵の魔導師はその道の職につくからね。ふつうは菓子店なんて開かない。稼げる額も桁違いだから、よほどの物好きしかやらないだろうし……」

「でしょう?」


 わたしは大きく頷きます。


「うん、そうだね。その線でいってみるよ。ありがとうロゼ」

「いえいえ、どういたしまして」


 まあ、才女のわたしにかかればこんなもんですよ。


「そうと決まれば、さっそく戻って新しいものを書いてみるよ」


 ペリードさんが椅子から立ち上がります。

 そのおり、ぐぅぅと爆音が。

 照れたように頬を掻いて顔を真っ赤にするペリードさんです。


「あはは……実は恥ずかしながら、きのうの夜からなにも食べていなくてね」

「夜から⁉ それはまたどうして……」

「これを考えるのに徹夜だったからね。さっきまでずっと描いていたんだよ」


 そしてふらり。

 机にもたれかかってしまったペリードさんにわたしは慌てて駆け寄ります。


「ひ、ひとまず椅子に座っていてください! すぐになにか作りますから、食べたいものとかありますか?」

「ああ、いや大丈夫だ。戻ってつづきをやらないといけないからね。──それにほら、キミに迷惑をかけるわけにはいかないから、もう帰るよ」

「ですが……」


 ひどい顔。

 メガネがかげっています。

 こんな状態で外に出してはレンズがばりーんと割れてしまうでしょう(つまり倒れてしまうでしょう)。

 心配してペリードさんのメガネを覗き込んでいると、ノルさんが彼の腕に頭突きしました。


 ちょっとノルさん、空気を読んでくださいよ。


 え? 俺をモフれ?


 なるほど。

 ノルさんなりにペリードさんのことを心配しているようです。


 癒しは大切ですからね。

 彼のことはノルさんにお任せして、わたしは昼食を作ることにしました。

 なお、その際いささか抗議をはらんだ視線がわたしに向けられましたけど、気のせいだと思います。

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