37 三種のキノコのチーズリゾット
「ご飯できましたよー」
十分後。
ペリードさんの前にお皿を置きます。
淡い琥珀色の、きのこたっぷりチーズリゾットです。
ペリードさんの真向かいに座り、さっそくスプーンをお渡しすると、『おいしい』と笑って食べてくれました。
半分まで食べ進めたあたりの頃でしょうか。ペリードさんがリゾットを食べながら「ところで」と切り出しました。
「君は、どうして食堂を始めたんだい?」
「と言いますと?」
「ほら、僕の場合はお菓子を作るのが趣味だったからね。それで菓子店を開くことに決めたけれど、キミもそうなのかなってふと思ってさ」
ああ、なるほど。
たしかにふつうはそうですよね。
好きだからやる。
向いてるからやる。
わたしのように料理がド下手なのにいきなり店を開く人はいないですよね。
遠回しのイヤミでしょうか?
……などと、一瞬勘ぐりましたが、まあ違いますよね。
おそらくは純粋な疑問なのでしょう。
ですからあいまいな笑みを浮かべてわたしは答えました。
「ああ……そうですね。料理を作るのは嫌いではありませんよ。上手に作れた時は嬉しいですし」
食堂を営む理由。
それはひとつだけ。
師匠に会いたいからです。
わたしはリゾットを見つめて微笑みました。
「会いたい人が、いるんです」
「会いたい人?」
「わたしに魔法を教えてくれた師匠──。その方に会うために、わたしはこのお店を開いたんですよ」
以前にもノルさんに問われて話したことに少し内容をプラスしてペリードさんにもお話しました。
森族の中でも魔法の才が劣っていたこと。
そんなわたしが師匠のおかげで『篝火の魔女』と呼ばれるまでに至ったこと。
お祖父さまが亡くなってから、師匠が里に来なくなったこと。
ずっと待っていたこと。
それらを伝えると、ペリードさんは真剣な表情で腕を組み、静かに聞いてくれました。
「──だから、料理屋さんを出したんです。この国には師匠もよくいらっしゃるそうですから、美味しいご飯を出すお店がある聞けば、ふらりと来てくれるかなと思いまして」
「なるほど。それで竜帝国からわざわざうちまで来たってわけか」
「はい」
「その人と連絡は? 取るのは、難しいのかな?」
「ええ、大陸中を旅しているようですから、なかなか……」
「そうか……」
ペリードさんの眉間に深いシワが刻まれます。
しんみりとした空気。
思いのほか暗い話になってしまったようで申し訳ないです。
ペリードさんが気遣うように口を開きます。
「その、君が良ければ僕も探そうか? 自分でいうのもなんだけど人脈はけっこうあるから、力になれると思うんだ」
いい人ですよね、この人も。
優しいです。親切です。けれど──などと躊躇うことなくわたしは二つ返事で頷きました。
使えるものは使え。
これ師匠の教えです。
◇
「──それじゃあ、そろそろ僕は帰るよ。早くさっきのアイデアを絵に起こさないとね。おいしい昼食をありがとう」
疲労につきメガネが曇りぎみのペリードさんを見送り、いただいたバラを花瓶に飾っているとノルさんが足に激突してきました。痛いです。なんですか。
「珍しいな。お前さんが花を飾るなんて。いつもは俺が摘んできた花とか即ゴミ箱行きなのによ」
だってあなたが摘んでくる花って雑草ですし。
ノルさんはぴょんっとカウンターの上に飛び乗ると、しげしげと観察してはつんつんと前足で花弁をつついています。
どうやらノルさん的には『青いバラ』が珍しいようです。
バラといえば、赤やピンク。あるいは黄色やオレンジなど。
暖色系の色味が多いですから確かに青はあまり見ないかもしれません。
「こちらは竜帝国の北部に咲く『ヴィクトルローズ』と呼ばれる青薔薇です。大変高価なバラでして。この辺では見かけませんけど、苗木があれば室内の温度を調整して花を咲かせることは可能ですのでおそらくペリードさんのお家で栽培したものでしょう」
「ほーん。たしか、竜帝国ってロゼの故郷だっけ。んじゃ、これは懐かしの故郷の花ってわけか」
うんうんとノルさんが頷きます。
いえ、違いますけど。
「わたしは竜帝国の西部。大陸湖と呼ばれる大きな湖があるあたりで育ったので、故郷の花とはちょっと違いますね」
「そうなん? なら、普通にこの花が好きとか?」
「そうですね、好きですよ。なによりわたしにとっては特別な花ですから」
「と、いうと?」
「実はわたしが『氷』の魔女と名乗っているのは、この薔薇に由来するからなのですよ」
「ほほう?」
ノルさんが興味津々といった顔で見上げます。
わたしはくすりと笑ってノルの背中を撫で、
「──では、少し昔の話でもしましょうか」
と、椅子に腰かけ、懐かしい想い出話を語るのでした。




