対策
目の前の巨大なウサギは間違いなくハナの使役する魔物だろう。まさかドラゴン以外にもこんなバケモノがいるなんて、思いもしなかった。しかし、コイツの存在を知れたことは大きな収穫と言える。メサリアはそう思った。
「……勝てない」
「そうね。私も同意見よ」
しかし逃げるといってもそう簡単にはいかない。ウサギのツノが、バチバチと嫌な音を立て始める。
「私が壁を作るから、アルクさんは先に逃げて」
防御魔法をいくつも多重発動させれば、何度か攻撃を防ぐことができる。時間があれば、アルクの機動性なら安全な場所まで行くことは可能だった。
「……あなたは?」
「私はそのあと『フラッシュ』で隙を作って逃げるわ」
そんな小細工で逃げられるわけがない。メサリアはそう確信していた。
しかし、メサリアはどうしても、自分の身を犠牲にしてでもアルクには逃げてもらわなければならなかった。なぜなら、ダンに無理を言ってアルクについてきてもらうようにお願いしたからだ。
「……無理。逃げ切れない」
「いいから行って!」
ウサギのツノから雷が放たれる。
轟音。
『マジックウォール』を幾重にも張り、なんとか凌ぎきる。それを数回繰り返す。
「『フラッシュ』!」
何度目かの轟音の後、メサリアは言った通り無駄な小細工をして、それから振り返って走り出す。
そこにアルクの姿はない。
ホッとしたのも束の間、お腹に焼けるような痛みを感じる。下を見るとお腹からツノが生えていた。
みるみるHPが減っていき、なくなる。
はずだった
五本の、緑に輝く矢が飛んできて、メサリアにツノを突き刺しているウサギへぶつかった。メサリアとウサギの間に突風が生まれ、メサリアは飛ばされることによってツノから解放される。
「アルクさん……あなた……」
少し離れた木の上で、弓を構えるアルクがいた。
アルクの職業『狙撃手』は絶大な力を持つが、その代わりデメリットも絶大だ。
敵と二十メートル以上離れていないと一切のダメージを与えられない。それが『狙撃手』のデメリット。ただし、今のように矢の効果は発動される。効果によるダメージも無効化されてしまうが。
「マスター!!」
ギルドメンバーも異常に気づいたようで続々と集まってくる。メサリアはウサギの攻撃を『マジックウォール』で防いでいる間に、すぐに北城から離れろと指示を出していた。だが、ギルドメンバーはメサリアを置いて逃げることができなかった。
むしろこれでよかったのかもしれない。これならもう少し戦闘データを集められるだろう。メサリアはそう気持ちを切り替えて、指示を出す。
「全員固まって! ヤツの雷は『マジックウォール』を重ねれば防げるわ!」
陣形はできた。勝機は……もしかしたら……本当に少ない可能性ではあるが、あるかもしれない。メサリアはそう考えていた。
ハナのそばにはいつも『スモールラビット』がいた。つまり目の前の巨大なウサギは、その『スモールラビット』がなんらかの方法で変化していると考えるのが妥当だ。無論これが変化ではなく進化である可能性もある。その場合はおとなしく蹂躙されるしかないだろう。しかし、変化であれば一時的なものであるかもしれない。あらゆるゲーム作品やアニメ、漫画を見れば、時間制限付きの力と言うのは全く珍しい話ではない。
つまりその変化が終わるまで時間を稼げれば、そこに残るのはスモールラビット一匹。魔法を使わないでも倒せる最序盤の雑魚MOBだ。
ウサギが雷を放つ。『マジックウォール』で防ぐ。反撃に魔法を放つ、面攻撃の魔法を増やして確実に削る。アルクの矢がウサギにささる。
繰り返し。
たまに突進攻撃が来るが、巻き込まれるのは精々一人か二人。とても避けられるような速度ではないが、『マジックウォール』を挟むことで大きく速度減衰させられるので被害は最小限に収まっている。
勝てる。
メサリアはそう確信した。
何度目かの反撃、煙が晴れるとウサギの姿はそこにはなかった。
「た、倒した……?」
ギルドメンバーの一人がそう呟く。
そうだろうか? 毎回の反撃で削れるのはせいぜい約一割。ウサギのHPはまだ四割は残っていた。いくら急所に当たろうと、削れるはずがない。
「まだ気を緩めないで! 警戒しなさい!」
勝手に『マジックウォール』を解き始めたメンバーをメサリアが叱責したその時だった。
陣形に影が差す。
すさまじい轟音と共に、全身を雷に包んだウサギが空から降ってきた。ちょうど陣形の真ん中に。
そこからは一瞬だった。踏み潰されて、身体からとめどなく射出される雷で。メサリアのギルドメンバーが為すすべもなく倒れていく。
メサリアが慌てて張った『マジックウォール』はまるで板ガラスのように容易く破壊され、メサリアの心臓にウサギのツノが突き刺さった。
メサリアの霞む視界に、雷の直撃を受けて木から崩れ落ちるアルクが映る。
そしてメサリアのHPがなくなると同時に、刺さっていたウサギのツノが光に包まれ、ウサギの変化が解ける。ぐったりとした『スモールラビット』。どんな攻撃でもいいから、一撃当てれば倒せる。しかし、動ける者は誰一人としてこの場に残っていなかった。
ダンに何て言い訳しようかしら……『スモールラビット』に負けたなんて言ったら、怒るかしら?
メサリアはそんなことを思いながら光に包まれ消えていった。
『城主プレイヤーメサリアを撃破しました。所持金の半分を入手します』
「え? ちょっ? うぇ?」
師匠の勝利を知ったのは、そんなシステムメッセージが届いてからだ。
ドラゴンは翼でバランスをとっているらしく、翼がボロボロな今、ネルちゃんは人化で安静にしていた。私と姫ちゃんはその護衛中。
念話を師匠に繋ぐ。
『師匠! 本当にありがとう! 助かったよ!』
『ああ……ハナ、実は疲れて動けない。助けてくれ』
『お疲れ様!』
少し急ぎで師匠を回収して、北城へと逃げ込む。
城は無事だが、その他は無事ではない。特に城下町の、門近くの建物は酷い有様だった。
『ゴブリンさーん! 生きてる!?』
念話で呼びかける。しばらくして、
『ああ、生きてる。他のゴブリンも何人か犠牲にはなったが、ほとんど無事だ』
ゴブリンさんから念話が入る。
『玉座の部屋に来てくれ』
玉座の部屋に入ると、ゴブリンさんと他のゴブリンたちがいた。
「ごめんゴブリンさん!」
「何がだ?」
「今回の襲撃、多分私を狙ったものだと思うんだ……」
「どういうことだ?」
そういえばゴブリンさんにはおふざけしてばっかりで、しっかりと『裏切り者』の話をしていなかった。今ここでしておこう。
「……まあハナの選択なら文句はない。でも流石に対策を考えた方がいいだろ」
「ああ、それならもう大丈夫。今回のようなことはもう起こらないはずだから」
首を傾げるゴブリンさんを横目に、私は首都の設定画面を開いて二つのものを購入する。
確認のために一度城上町の外へ。
「なんだコイツ?」
「これは門番さん。城門を守ってくれるの」
見た目は骸骨兵。別に門番が人間である必要はないもんね。人間排除を徹底。
「それから……ゴブリンさんこの石を城壁を越えるように投げてみて」
「お、おう」
おお肩強い! 半分冗談だったけどまさか届くとは……ピッチャー向いてるよ! ……知らんけど。
ゴブリンさんの投げた石は城壁の上に侵入する寸前で、透明な壁にぶつかり跳ね返される。この城下町を覆うように、つまりドーム状に展開されている魔法障壁だ。
「すごいな……でもお高いんだろ?」
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「復興の金はどうすんだ?」
どこかの優しい筋肉が手伝ってくれると信じて、私は一度ログアウトすることにした。